第59話:魔王の演説がうるさいので、シールドマシンで『栓』をした。〜近所迷惑な重低音スピーカー〜
裏山の奥、ダンジョンの入り口から噴き上がった黒い瘴気は、瞬く間に空を覆い尽くした。
太陽が隠され、世界が夜のような闇に沈む。
ズズズズズズ……!!
大気を震わせる圧迫感と共に、大穴の中から「それ」は現れた。
闇そのものが凝縮したかのような、巨大な人型。
まだ上半身しか出ていないというのに、その高さは優に50メートルを超えている。
魔王(真体)。
世界を絶望に染める、災厄の権化だ。
「あ、あ……陛下……!」
安全帯をつけた魔将軍ザガンが、ガタガタと震えて土下座する。
勇者レオナルドでさえ、聖剣を取り落として膝をついた。
「剣が……握れない……。これが生物としての『格』の違い……根源的恐怖か……!」
「うぅ……空気が重いです……息が……」
アリシアが顔面蒼白で胸を押さえる。
魔王が放つ「強制畏怖」のオーラは、生物の生存本能を直接犯し、抵抗する気力を根こそぎ奪い去っていた。
◇
そんな絶望的な状況下で。
俺、佐伯健人は、シールドマシンのコクピットで顔をしかめていた。
『……我は終焉なり……』
魔王が口を開いた。
いや、口から声が出ているのではない。
空間そのものがスピーカーになったかのように、重低音が全身を叩く。
『愚かな人間どもよ……。希望を捨て、絶望を抱いて死ね……』
ビリビリビリビリッ!!
コクピットの強化ガラスが共振し、計器類が揺れる。
俺の耳がキーンと鳴った。
「うっわ、うるせえ」
俺は耳を押さえた。
「なんだ今の? ウーハー効かせすぎだろ。ライブハウスのスピーカーの前に立った時よりひどいぞ」
『マスター! あれは「絶望の言霊」です! 聞くだけで精神が崩壊します!』
たまちゃんが警告してくるが、俺にはただの騒音にしか聞こえない。
「近所迷惑もいいとこだ。鼓膜破れるわ」
俺は座席の後ろから、愛用の保護具を取り出した。
まずは、オレンジ色のウレタン製『耳栓』。
指で細くひねり、耳の穴にねじ込む。中で膨らんで密着するのを待つ。
「よし」
さらにその上から、射撃競技などでも使われる『防音イヤーマフ』を装着する。
二重の防音対策だ。
スッ……。
世界から音が消えた。
魔王が何か喚いているようだが、俺には「モゴモゴ」というくぐもった振動しか伝わってこない。
「よし、静かになった。これで作業に集中できる」
俺は計器を確認した。
油圧正常。カッター回転数正常。ジャッキ推力スタンバイOK。
「KY(危険予知)活動よし。……作業開始」
俺はアクセルレバーを倒した。
◇
一方、魔王の視点。
『……ん?』
世界中に絶望を振りまき、恐怖を味わっていた魔王は、足元に違和感を覚えた。
何かが近づいてくる。
黄色い、円筒形の鉄塊。
地面を削りながら、ゆっくりと、しかし一切の躊躇なく、自分に向かって直進してくる「虫」のような物体。
『なんだあれは……? 我の覇気を受けて、なぜ動ける?』
魔王は困惑した。
人間など、自分の姿を見ただけで発狂するはずだ。
なのに、あの鉄塊の中にいる人間からは、恐怖はおろか、殺気すら感じられない。
ただ淡々と、「そこを通るから退け」という無機質な意志だけが伝わってくる。
『不愉快だ。潰れろ』
魔王は腕を振り上げた。
だが、その手が振り下ろされるよりも早く、鉄塊の先端――回転する円盤が、魔王の腹部に接触した。
ギャリギャリギャリギャリギャリッ!!!!
火花が散った。
魔王が常に展開している『多重次元結界』と、シールドマシンの『超硬合金ビット』が激突した音だ。
『ぬうっ!?』
魔王は驚いた。
弾き飛ばされると思っていた鉄塊が、止まらない。
それどころか、結界の表面をガリガリと削りながら、さらに奥へ、奥へと食い込んでくる。
◇
コクピットの俺は、手に伝わる振動で地質(相手の硬さ)を分析していた。
「硬いな。岩盤等級Aクラスか」
普通の土砂なら豆腐のように進むのだが、さすがに魔王の腹(結界)は硬い。
だが、削れない硬さではない。
「ジャッキ推力、最大。カッター回転数、20%アップ」
俺は冷静にダイヤルを回した。
シールドマシンの真骨頂は、スピードではない。「トルク(回転力)」と「推力(押す力)」だ。
背後にあるジャッキが地面を蹴り、数千トンの力で本体を前進させる。
ジョリ……ジョリ……ゴリゴリゴリ……
魔王の絶対防御が、やすりをかけられたように削り取られていく。
派手な爆発も、閃光もない。
ただひたすらに、物理的に、結界が薄皮を剥ぐように摩耗していく。
『な、なんだこの回転は……!? 魔法ではない……純粋な物理回転だと!?』
魔王の顔が歪んだ。
痛くはない。結界があるからだ。
だが、不快だ。
自分の腹に、異物がゆっくりと、ねじ込まれてくる感覚。
生理的な嫌悪感と、得体の知れない「何か」に対する恐怖。
『や、やめろ! その不快な音を止めろ! 入ってくるな!』
魔王は両手でマシンを押し返そうとした。
だが、止まらない。
山をくり抜くために作られた機械が、生物の腕力ごときで止まるはずがない。
「押し返してくるなよ。危ないだろ」
俺は構わず推力を維持した。
マシンは、ジリジリと魔王の腹にめり込んでいく。
◇
「ぐ、うぅぅ……!?」
魔王の巨体が、後ずさりした。
地上へ出ようとしていた体が、逆に大穴の中へと押し戻されていく。
『貴様ぁぁ! 人間風情が……神を押し返すだとぉぉ!?』
魔王の絶叫が響くが、俺は耳栓をしているので聞こえない。
ただ、モニターに映る魔王の口の動きと、必死な形相から、何か文句を言っているのは分かった。
「腹にガスが溜まってんだろ。顔色が悪いぞ」
俺は独りごちた。
トンネル工事において、ガス抜きは重要だ。
溜まった毒素や熱気は、風穴を開けて排出してやらなければならない。
「風通しを良くしてやるよ」
俺は最後のレバーに手をかけた。
カッターフェイスが、結界の最深部に到達する。
「貫通まで、あと5メートル」
魔王の腹に、直径10メートルの綺麗なトンネルが開通するまで、あと数秒。




