第57話:魔将軍、解体作業員になる。〜お前、玉掛けの資格持ってるか?〜
黒煙の中から、一人の男が這い出してきた。
身長2メートルを超える巨漢。
全身を禍々しい深紅の鎧で覆い、背中にはボロボロのマント。
魔王軍四天王の一角、「焦熱のザガン」だ。
「おのれ人間……! よくも我が城を……ゴミのように……!」
ザガンは満身創痍で立ち上がると、血走った目で俺を睨みつけた。
殺意がすごい。
「お、生きてたか」
俺はバールを肩に担ぎ、気さくに声をかけた。
「元気そうだな。ヘルメット被らないと危ないぞ」
「き、貴様ぁぁぁ!!」
ザガンが激昂した。
「この期に及んで、我を愚弄するか! ここで灰になれ!」
彼は掌を突き出し、魔法を放とうとした。
俺に放った、地獄の業火だ。
「燃え尽きろ!」
……ボッ。
しかし、指先から出たのは、ライターの種火のような小さな炎だけだった。
動力炉を失った城の崩壊に巻き込まれ、さらに墜落のダメージで、彼の魔力は枯渇していたのだ。
「な、なぜだ……!? 火が出ん……!」
「なんだ、タバコの火が欲しいのか?」
俺はポケットを探った。
「悪いな、ここは現場だから禁煙なんだ。休憩所まで我慢しろ」
「タバコではない! 攻撃魔法だ!」
ザガンが拳を振り上げて殴りかかろうとする。
だが、その拳が届くことはなかった。
グルルルルル…………
地を這うような唸り声。
俺の背後から、ポチ(柴犬)が音もなく歩み出ていた。
「ひっ!?」
ザガンの動きが凍りつく。
彼の目には、柴犬の背後に揺らめく「巨大な漆黒の狼の幻影」がはっきりと見えていた。
『……動くな、下郎』
ポチの念話が、ザガンの脳内に直接響く。
『主は今、人手不足でお困りだ。その無駄にデカい図体……役に立てろ』
『さもなくば、食うぞ』
カッ!
ポチの目が赤く発光した。
魔王軍幹部としての本能が、絶対的な「死」を悟る。
「(ヒィッ!? フェンリルだと!? 魔王様でも手懐けられなかった災害魔獣が、なぜこんなところに!?)」
ザガンの膝がガクガクと震え、そのまま崩れ落ちた。
見事な土下座だ。
「は、働かせていただきます……!」
「お、やる気あるな。感心感心」
俺はポチのファインプレー(威嚇)には気づかず、ザガンの殊勝な態度に頷いた。
「じゃあ、瓦礫の撤去を手伝ってくれ。日当は弾むぞ」
◇
「まずは着替えだ。安全第一だからな」
俺は軽トラの荷台から、予備の安全装備一式を取り出した。
「ほら、これ着けろ」
渡したのは、『フルハーネス型安全帯』と、白い『ヘルメット』。
高所作業で墜落を防ぐための、全身ベルトだ。
「こ、これは……?」
「安全帯だ。足滑らせても死なないようにな」
ザガンは言われるがままに装着した。
結果――。
禍々しい深紅の魔鎧の上に、蛍光オレンジのベルトが食い込み、背中には命綱のフックがぶら下がっている。
頭には、マジックで『新人』と書かれた白いヘルメット。
「くっ……! なんという屈辱……! これは『隷属の首輪』よりもキツイ拘束具……!」
鎧の装飾がベルトに干渉して、ボンレスハムのように締め付けられている。
ダサい。圧倒的にダサい。
魔将軍の威厳は、完全に消失した。
「フックは腰高以上にかけるんだぞ。基本だ」
「は、はい……」
◇
作業開始。
俺はクレーンを操作し、ザガンには瓦礫にワイヤーを掛ける「玉掛け」作業を任せた。
「オーライ、地切りよし! 合図頼むぞ!」
「はっ!」
ザガンが巨大なオリハルコンの柱にワイヤーを回す。
普通なら重機を使わないと動かせない重量だが、彼は魔族の怪力で「んぬぅッ!」と持ち上げ、隙間にワイヤーを通した。
「(こいつ、いい筋してるな。人間重機だ)」
俺は感心した。
だが、仕事には厳しいのが現場監督だ。
「おいザガン! ワイヤーが緩んでるぞ! 重心を考えろ!」
「も、申し訳ありません!」
「声が小さい! 合図はハッキリ!」
「はいっ!! 巻き上げ願いまーす!!」
魔将軍の野太い声が、採石場にこだまする。
スパルタ教育の甲斐あって、彼はまたたく間に優秀な「手元作業員」へと成長していった。
巨大な瓦礫の山が、見る見るうちに片付いていく。
分別された金属スクラップが、整然と並べられていく様は壮観だ。
「ふぅ。いいペースだ」
夕方。
俺はクレーンのエンジンを切り、地上に降りた。
汗だくになったザガンが、ヘルメットを取って息を切らせている。
「よくやったな。期待以上の働きだ」
俺はクーラーボックスから、冷えた缶コーヒーを取り出して投げ渡した。
「ほら、あがりだ」
「こ、これは……『黒き聖水』……!」
ザガンは震える手でプルトップを開け、一気に飲み干した。
労働の後の糖分が、疲労した体に染み渡る。
「うまい……! 魔力が……回復していく……!」
「今日はこれで上がりだ。家で焼肉でも食うか」
「や、焼肉……!? 肉を……所望してもよいのですか!?」
ザガンが涙目になる。
どうやら魔王軍はブラック企業だったらしい。福利厚生でここまで感動されるとは。
「ああ、給料分は働いたからな。行くぞ」
俺たちは軽トラに乗り込もうとした。
平和な一日の終わり。
――その時だった。
ズシン……ズシン……
地面の底から、不気味な振動が伝わってきた。
先程までの解体作業の振動ではない。
もっと深く、重く、憎悪に満ちた震え。
「……ん?」
俺は足を止めた。
裏山のさらに奥。ダンジョンの最深部――あの大穴から、どす黒い闇が噴水のように吹き上がっている。
『……おのれ、人間……』
空気が震えるほどの重低音ボイス。
『我が城を落とし……我が忠臣を奴隷にし……』
『挙句の果てに、解体工事の騒音で安眠を妨げるとは……許さぬぞ……!』
ザガンが顔面蒼白になって震え上がる。
「へ、陛下……!? 魔王様が……御自ら出てこられるッ!」
ラスボスの降臨だ。
世界を絶望に染める、真の闇。
だが、俺の感想は一つだった。
「あーあ。せっかく片付いたのに」
俺は耳の穴を小指でほじった。
「また騒音かよ。文句があるなら直接来い」
俺はポケットからスマホを取り出し、建機屋の番号を呼び出した。
「『シールドマシン(トンネル掘削機)』で、そのうるさい口(と腹)に風穴を開けてやる」




