第54話:世界最大級のクレーン車、納車される。〜勇者が聖剣で『バックオーライ』を叫ぶ〜
翌朝。
朝霧が立ち込める佐伯家の裏山に、重低音が響き渡っていた。
ブロロロロロロ…………
腹の底を揺らすようなディーゼルエンジンの震動。
麓の県道から、巨大なトレーラーの車列が、一本道をゆっくりと登ってくる。
「来たな」
俺は玄関先でコーヒーを飲みながら、その到着を待っていた。
先頭を走るのは、誘導車。
その後ろに続くのは、タイヤの数が異常に多い、化け物じみた重機だ。
『オールテレーンクレーン(1200トン吊り級)』。
世界最大級の移動式クレーンだ。
あまりに巨大すぎるため、公道を走る際はブーム(腕)やウエイト(重り)を分解し、複数のトレーラーで運搬して、現地で組み立てる必要がある。
まさに、大名行列だ。
「さあ、仕事だぞレオナルド」
「はっ! 任されよ!」
俺の声に応え、道路の真ん中に一人の男が仁王立ちした。
金髪碧眼の勇者レオナルド。
伝説のミスリル鎧の上に、蛍光イエローの『反射ベスト』を着込み、頭には『ヘルメット』。
そして右手には、赤く輝く聖剣エクスカリバー。
彼は、迫りくる鉄の車列に向かって、高らかに叫んだ。
「止まれェェェいッ!!」
◇
キキーッ!
先頭のトラックがブレーキを踏んだ。
「うおっ、眩しっ!?」
運転手が目を覆う。
朝霧の中で、赤く発光する聖剣が誘導灯のように輝いている。
「なんだあの外人? 誘導員か? ……すげえ気合入ってんな」
レオナルドは聖剣を振りかざした。
「鉄の獣たちよ! ここは神域(現場)の入り口である! 我が剣に従い、右翼(右)へ旋回せよ!」
ブォン! ブォン!
聖剣が空を切り、残像を残す。
キレッキレの誘導だ。
「オーライ! オーライ!」
トラックがバックで敷地内に入ってくる。
巨大な車体を、狭いスペースに駐車させる難所だ。
「まだだ! まだ下がれる! 我が結界(車止め)まであと3メートル!」
レオナルドは聖剣を突き出し、叫んだ。
「オーライ(All Light:全ての光よ)ッ!!」
詠唱のような発音だった。
そして、タイヤが停止位置に来た瞬間、彼は剣を地面に突き刺した。
「停止ィィィィッ!!!!」
ズドン!!
アスファルトに剣が突き刺さる。
プシュウゥゥ……。
トラックが完璧な位置で停止した。
「……すげえな。あんな熱い誘導、初めて見たわ」
運転手が引きつった笑いを浮かべて降りてきた。
俺はレオナルドに缶コーヒーを投げ渡した。
「ナイス誘導。声がデカくて助かる」
「ありがたき幸せ! この『誘導』という儀式……敵の動きを支配する戦術眼に通じます!」
本人は大真面目だ。
まあ、事故らなければなんでもいい。
◇
資材が搬入されたら、次は「組み立て」だ。
これが男の子のロマンをくすぐる。
本体となる車両は、タイヤが9軸――つまり18個もついている。ムカデのようだ。
そこに、別のトラックで運ばれてきた巨大なブームや、カウンターウェイト(バランスを取る重り)を、補助クレーンを使って組み付けていく。
ガシャン!!
ギュイイイイーン!!
金属同士が噛み合う重厚な音。ボルトを締めるインパクトレンチの音。
徐々にその全貌が現れてくる。
「おおお……!」
庭の隅で見ていたアリシアとマギ婆さんが、震え上がっていた。
「鉄の巨人の手足が……接合されていく!」
「これは『ゴーレム錬成』の儀式か!? 複数の鉄塊が合体して、一つの巨大な神になると言うのか!」
数時間後。
佐伯家の庭に、黄色い塗装の巨神が完成した。
その大きさは、家屋を見下ろすほど。
「よし、次は設置だ」
クレーンは足場が命だ。
どんなに力持ちでも、地面が柔ければ転倒してしまう。
特に今回は、100メートル上空の城を解体するのだ。反動は凄まじい。
「アウトリガー、展開」
俺は操作盤を叩いた。
車体の四隅から、極太の油圧脚が張り出す。
まるで蜘蛛の足のように地面へと伸び、車体を持ち上げる。
ミシミシ……!!
数百トンの自重が、4点の脚に集中する。
普通の地面なら、ズブズブと沈んでしまう重量だ。
だが――。
「……よし。沈まない」
アウトリガーが踏みしめているのは、第52話で俺が作った「魔石アスファルト舗装」だ。
魔王軍の鎧を骨材として混ぜ込み、ロードローラーで極限まで締め固めた最強の地盤。
黒い路面の中で、鎧の破片がキラリと光り、巨大な圧力を涼しい顔で受け止めている。
「いい地盤改良だったな。かつての敵が土台になって俺を支えてくれるとは、皮肉なもんだ」
俺は地面をポンと叩いた。
「これなら、フルパワーで旋回してもビクともしないぞ」
◇
準備は整った。
俺はメインブームを起立させた。
グオオオオオオオ…………
油圧シリンダーが伸び、黄色い腕が天を突く。
50メートル……80メートル……100メートル。
その先端は、空に浮かぶ浮遊城と同じ高さにまで到達した。
そして、フックの先には、解体用の特殊アタッチメントが吊るされている。
直径2メートルを超える、鋼鉄の塊。
『解体用鉄球』。重量20トン。
シンプルにして最強の、物理破壊兵器だ。
「あれは……『バベルの塔』か!?」
「人間が、天に届く槍を手に入れた……!」
アリシアたちが空を見上げて絶句する。
そして、驚いているのは彼女たちだけではない。
◇
上空100メートル。魔王城。
テラスで見張りをしていた魔族が、悲鳴を上げた。
「へ、陛下! ご報告します! ち、地上から!」
「なんだ? 矢でも飛んできたか?」
玉座でふんぞり返っていた魔王が、気だるげに立ち上がる。
しかし、下界を見下ろした瞬間、その目が点になった。
「な……なんだあれは!?」
目の前に、巨大な「黄色い鉄の塔」がそびえ立っていた。
ついさっきまで何もなかった場所に、城と同じ高さの構造物が現れている。
「人間ごときが……! あの一瞬で、天に届く塔を建造したというのか!?」
魔王は戦慄した。
魔法ではない。圧倒的な「技術」と「質量」の気配。
その塔の先端にぶら下がる、黒い鉄球が、不気味に揺れている。
「まさか……あれで攻撃する気か!? 届くはずがない! ここは絶対安全圏だぞ!」
◇
地上。
俺はヘルメットの顎紐を締め直し、クレーンの操縦席へと登った。
シートに座り、レバーを握る。
モニターには、上空の城がドアップで映し出されている。
「眺めがいいな。城の中まで丸見えだ」
テラスで慌てふためく魔族たちの姿が見える。
俺はマイクのスイッチを入れた。たまちゃん経由で、地上のスピーカーに繋がっている。
『レオナルド、聞こえるか?』
『はっ! 感度良好です、創造主殿!』
『作業を開始する。破片が落ちてくるから、半径200メートルは立ち入り禁止だ。誰も入れるなよ』
『御意! このラインより内側、蟻一匹通しません!』
勇者が聖剣を掲げ、結界を張る。
安全確保よし。
俺は右手のレバーに指をかけた。
油圧が唸る。
空中の鉄球が、ゆっくりと、しかし確実に殺意を持って揺れ始める。
「さあ、違法建築の撤去(解体)だ」
俺は静かに宣言した。
「日当たり良好にしてやるよ」




