第53話:日照権の侵害。〜売電収入が減ったので、勇者を警備員(ガードマン)として雇いました〜
魔王軍の黒騎士団をアスファルトの中に「埋め殺し」にして、道路工事を完了させた直後。
俺、佐伯健人は、空を見上げてブチ切れていた。
「……暗い」
時刻は午後2時。本来なら一番日差しが強い時間帯だ。
だというのに、今の佐伯家の庭は、夕方のように薄暗い。
原因は明白だ。
頭上100メートル付近に、巨大な岩塊――「浮遊城」が停滞しているからだ。
直径数キロメートルはあるだろうか。
禍々しい城塞が、太陽を完全に遮っている。
「ふざけんなよ……!」
俺は震える手でスマホを取り出し、HEMS(家庭用エネルギー管理システム)のアプリを開いた。
表示されたグラフを見て、俺の怒りは頂点に達した。
【現在の発電量:0.1kW】
「やっぱりだ! 発電してねえ!」
屋根に設置したソーラーパネルが、影に入って沈黙している。
今日は快晴の予報だったんだぞ? この時間なら本来、バリバリ発電して売電収入を稼いでいるはずなんだ。
それが、ゼロ。
今月の小遣いが減るじゃないか。
「それに、あんなデカいもんが頭上にあったら、洗濯物も生乾きになるだろ! 部屋干し臭がしたらどう責任とってくれるんだ!」
俺は空を指差して怒鳴った。
「完全に『日照権』の侵害だ! あと、落下物の危険があるから『建築基準法』違反だろ!」
役所(権田さん)にクレームを入れても、あの様子じゃ対応は遅そうだ。
自分の生活環境は、自分で守るしかない。
「撤去(解体)するしかねえな」
俺は決意した。
違法建築は、強制執行あるのみだ。
◇
解体工事を始める前に、現場の安全確保が必要だ。
俺はふと、道路の脇に目をやった。
「ん?」
完成したばかりの黒いアスファルトの上に、一人の男が膝をついている。
金髪の長髪に、ボロボロの鎧。
外国人か?
「……工事現場に見学者が迷い込んだか?」
危ないな。まだアスファルトの熱が冷めきっていないのに。
俺は注意しようと近づいた。
そこで、彼が持っている「ある物」に目が止まった。
「お、なんだあれ。すごく光ってるな」
彼の腰に差さっている剣。
その刀身が、薄暗い中でもハッキリと分かるほど、赤く発光している。
LEDか? ゲーミングPCみたいに七色に光るやつだろうか。
「おい、あんた。危ないから下がっててくれ」
俺が声をかけると、男がハッとして顔を上げた。
整った顔立ちのイケメンだ。
「あ、あなたは……この黒き死の道を作った創造主……!」
男は感極まったように立ち上がり、俺に手を伸ばした。
「私は西の勇者、レオナルド! 世界を救うため、貴殿の助力を乞いに……」
「世界? まあいいけど」
俺は彼の言葉を遮った。
世界の話より、今は現場の話だ。
「あんた、暇か?」
「は?」
勇者がキョトンとする。
「これからデカい重機が入ってくるんだ。この道、一本道で狭いだろ? 『交通誘導(片側交互通行)』の人手が欲しくてな」
俺は彼の剣を指差した。
「その光る棒、誘導灯(赤いやつ)に丁度いいわ。ちょっとバイトしないか? 飯つけるぞ」
「バ、バイト……?」
レオナルドは呆然とした。
人類最後の希望である勇者に、交通整理をしろと言うのか。
だが、次の瞬間、彼の表情が変わった。
「(……そうか。これは『試練』か!)」
彼は勝手に納得した。
創造主(佐伯)は、いきなり力を貸すのではなく、まずは私の覚悟と力量を試そうとしているのだ。
下働きを厭わぬ献身こそが、真の勇者の資質!
「やります! この身尽きるまで、交通の安全を守り抜きましょう!」
「お、いい返事だ。即採用」
◇
俺は軽トラの荷台から、予備の安全装備を取り出した。
「ほら、これ着とけ」
渡したのは、蛍光イエローのメッシュ地に反射材がついた『安全ベスト』と、緑十字のシールが貼られた『ヘルメット』。
あと、赤と白の旗だ。
「これは……!」
レオナルドは震える手でベストを受け取った。
「光を反射し、己の存在を周囲に誇示する『守護の法衣』……! そして、頭部を守る『賢者の兜』か!」
彼は迷いなく、ミスリルの聖鎧の上に、ペラペラの反射ベストを着込んだ。
金髪のイケメン騎士が、工事現場のおっちゃんスタイルに。
シュールすぎるが、本人は大真面目だ。
シャキーン!
聖剣エクスカリバーを抜く。刀身が赤く輝く。
「この聖剣の輝き、民を導く灯火として使いましょう!」
「うん、車に轢かれないようにな」
誘導員も確保した。
これで重機を呼べる。
◇
俺はスマホを取り出し、いつものレンタル建機屋に電話をかけた。
登録名は『キナン(建機リース)』。
「あ、毎度。佐伯です」
『おう、佐伯さん! 道路工事は終わったかい?』
「ええ。で、次なんですけど……空のあれ、邪魔なんで退かそうかと思って」
『空? ああ、あの浮いてる城か! またデカい解体現場だなオイ!』
馴染みの担当者は、俺の無茶ぶりに慣れている。
「高さがいるんだ。100メートル超えのやつ」
『高所作業車じゃ届かねえな』
「『オールテレーンクレーン』の最大クラス、空いてる?」
俺はカタログスペックを思い出しながら注文した。
「そう、1200トン吊りのバケモノみたいなやつ。アタッチメントは『解体用鉄球』で」
『1200トン吊り!? 国内に数台しかねえぞ! ……まあ、あんたなら使いこなすか。手配するよ』
「明日搬入で頼む。誘導員(勇者)立たせとくから」
商談成立。
これで、最強の矛(重機)が手に入る。
◇
一方その頃。
上空100メートル、浮遊城の玉座。
「報告します! 地上部隊(黒騎士団)の反応が……一瞬で消滅しました!」
側近の悲鳴に、魔王はふんぞり返って鼻を鳴らした。
「ええい、狼狽えるな! 陸戦隊など所詮は捨て駒よ」
魔王は下界を見下ろした。
豆粒のような人間(佐伯)が、何か動いているのが見える。
「人間どもは空を飛べぬ。我が城は、奴らの攻撃が届かぬ絶対安全圏にあるのだ」
「ここから一方的に魔法の雨を降らせてやるわ! 絶望するがいい!」
魔王は高笑いした。
だが、彼は知らない。
地上の男が、すでに「高さ」を克服する算段を整えていることを。
◇
俺は、届いたばかりの荷物を開封した。
『マキタ 40Vmax インパクトドライバー(オリーブ色)』。
新しい相棒だ。
バッテリーを装填する。カチッ。
空に向かって構える。
ギュイイイイーン!!
モーターが軽快に唸る。トルクが手に伝わる。
いい音だ。
「待ってろよ、違法建築」
俺は空に浮かぶ城を睨みつけた。
「足場なんか組まねえぞ。下から叩き壊して、更地にしてやる」
明日。
日本の土木技術の粋を集めた鉄の巨人が、この地に降り立つ。




