第52話:ロードローラーだッ!〜騎士団が『道路の模様』になった件〜
ドッドッドッドッドッドッ……!!
4トン級コンバインドローラーの鉄輪が、激しい振動を始めた。
地面が震え、アスファルトの湯気が揺らぐ。
「ひ、ひぃぃぃぃッ!?」
騎士団長は絶叫した。
彼の足は、160度の高熱アスファルトに膝まで飲み込まれ、完全に自由を奪われている。
そこへ、巨大な鉄の円筒が、轟音と共に迫ってくるのだ。
「く、来るな! その鉄の丸太をこっちに向けるなぁぁ!!」
「合材を撒いたら、冷える前に踏み固める。基本だぞ」
運転席の俺は、事務的にシフトレバーを倒した。
舗装工事は時間との勝負だ。アスファルトが冷えて固まってしまえば、綺麗な平面が出せなくなる。
「平らになれよー」
俺はアクセルを踏み込んだ。
◇
ズズズズズ……
鉄のローラーが、騎士団の最前列を飲み込んだ。
「あ、あああ……! 鎧が……身体がぁぁぁ!!」
メキョッ……バリバリバリ……
嫌な音がした。
だが、俺の耳には防音イヤーマフ(騒音対策)があるため、「小枝を踏んだかな?」くらいにしか聞こえない。
ローラーが通過していく。
本来ならミンチになるところだが、彼らは魔王軍の精鋭であり、頑丈な魔鉄の鎧を着込んでいる。
その結果――。
「ぺ、ぺちゃんこだぁぁ……」
彼らはまるでギャグ漫画のように「ペラペラ」になり、アスファルトの中に埋め込まれた。
即死はしていない。だが、二次元の存在となって路面と一体化している。
「ん、ちょっと段差があったな」
俺はバックミラーを見て、首を傾げた。
まだ完全に平らになっていない箇所がある。施工不良は許されない。
「もう一往復するか」
俺はギアをバックに入れた。
ピー、ピー、ピー(バックブザー音)。
「やめろぉぉ! もう平らだ! 十分平らだぁぁ!」
「来るなぁぁ! 戻ってくるなぁぁ!」
地面から悲痛な叫びが聞こえた気がしたが、振動のせいだろう。
俺は念入りに、何度も何度も往復して転圧を繰り返した。
「転圧だッ!」
◇
数分後。
そこには、見事な一本道が完成していた。
湯気を上げる、真っ黒で平滑なアスファルト舗装。
水勾配も完璧だ。雨水がたまらないよう、緩やかな傾斜がついている。
そして何より特徴的なのは、その「デザイン」だ。
「うん、いい転圧だ。密度が高い」
俺はローラーから降りて、路面を確認した。
黒いアスファルトの中に、銀色の金属片がキラキラと散りばめられている。
よく見ると、苦悶の表情を浮かべた兜や、ひしゃげた剣が、モザイクアートのように埋まっているのだ。
「鎧の破片が『骨材(砕石)』になって、強度が上がったな。滑り止めにもなるし、夜間はライトを反射して綺麗だろ」
『マスター……』
スマホのたまちゃんが、画面の端で青ざめている。
『これ、「怨念のロード」ですよ? 呪いの装備が生きたまま舗装材になってますけど? 通るたびに呻き声が聞こえそうなんですけど?』
「気のせいだ。さあ、これで物流は確保したぞ」
俺が腰に手を当てて満足していると、その時だった。
ブゥゥゥン!
麓の方から、エンジンの音が近づいてきた。
完成したばかりの道路を、猛スピードで駆け上がってくる一台のトラック。
緑と黄色のロゴマーク。
クロネコヤマトだ。
◇
キキーッ!
トラックは俺の目の前で鮮やかに停車した。
運転席から、爽やかなお兄さんが飛び出してくる。
「佐伯さーん! お荷物です!」
「おお、来てくれたか!」
俺は感動した。
世界中で戦争が起き、空が紫色に染まっているこの状況下で。
彼らは荷物を届けてくれたのだ。
「いやー、道が綺麗になってて助かりましたわ! さっきまでそこで戦争してたみたいで通行止めだったんですけど、なんか道が開けたんで突っ切ってきました!」
ドライバーのお兄さんは、タイヤについた「何か(魔物の体液)」を気にすることもなく、爽やかに笑った。
道路に埋まっている人の顔(騎士団)を見ても、「趣味の悪いアート舗装ですね」くらいにしか思っていないようだ。
さすが日本の物流。メンタルが強靭すぎる。
「はい、ハンコここに願いします」
「ご苦労さん」
俺は受け取った箱を撫で回した。
『マキタ 40Vmax インパクトドライバー(オリーブ色)』。
これだ。これを待っていたんだ。
「やっと届いた。これで棚が作れる」
俺は至福の溜息をついた。
世界平和? 知るか。俺のDIYライフが守られればそれでいい。
◇
配送トラックが去った直後、入れ違いに一人の男がダンジョンから出てきた。
ボロボロの鎧に、金髪の長髪。
空き瓶を拾った勇者、レオナルドだ。
彼は息を切らせて坂を登りきり、そして――絶句した。
「な、なんだこの道は……!?」
彼の目の前には、地平線まで続くかのような黒き道。
そこには、無数の魔族たちが、鎧ごと平面にされ、永遠の封印を施されている。
路面から漏れ出る魔力と怨念が、陽炎のように揺らめいていた。
「侵略者たちの魂を、黒い石の中に封じ込めているというのか……!」
「彼らを踏みつけて歩けと……? ここは『冥府への参道』か……!」
レオナルドはその場に膝をついた。
東の賢者『K』。その力は、想像を遥かに超えている。
敵を生かしたまま建材にするなど、慈悲深いのか残虐なのか分からない。
「お、あんた誰だ?」
俺は勇者に気づいて声をかけた。
「また迷子か? 工事中だから足元気をつけてな。まだアスファルトが熱いから」
「ッ!? (この男が……魔王軍を道路に変えた創造主か……!)」
レオナルドは震える声で答えた。
「は、はい……。心して、踏ませていただきます……!」
◇
とりあえず荷物も届いたし、家に入って開封の儀を行うか。
そう思った矢先だった。
フッ……。
辺りが急に暗くなった。
夕方にはまだ早い。
「ん? 曇ったか?」
俺は空を見上げた。
そして、眉をひそめた。
頭上に、巨大な影があった。
雲ではない。
巨大な岩塊の上に築かれた、禍々しい城塞――「浮遊城」だ。
魔王軍の本陣が、俺の家の真上に停滞しているのだ。
「…………あーっ!!」
俺は叫んだ。
そして慌ててスマホを取り出し、HEMS(電力管理)アプリを開く。
【現在の発電量:0.0kW】
「ふざけんな! ソーラーパネルが陰ってるじゃねえか!」
俺の怒りのボルテージが、再び跳ね上がった。
屋根に設置した太陽光パネルが、浮遊城の影に入って発電を停止している。
これでは売電収入が激減だ。今月の小遣いが減ってしまう。
「それに、あんなデカいのが頭上にあったら、洗濯物も乾かねえし、落下物の危険があるだろ!」
俺は空を指差して怒鳴った。
「完全に『日照権』の侵害だ! あと『建築基準法』違反だ!」
「役所に言っても対応遅そうだし……」
俺は届いたばかりのインパクトドライバーを握りしめた。
「自分で撤去するか」
地上の道路は直した。次は空だ。
だが、あんな高い場所にはユンボも届かない。
「高いところの作業だな。……足場を組むのは面倒だ」
「よし、『クレーン』を呼ぼう」
俺は再び、建機レンタル屋の番号を呼び出した。
世界最大級の重機が、日本の田舎道を走ってくる。




