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第50話:物流が止まった。〜俺の電動工具が届かないので、魔王軍を道路舗装の一部にします〜

 太平洋上。

 荒れ狂う波を切り裂き、一隻の軍船が東へと進んでいた。

 ガリア大陸の生き残り、勇者レオナルドを乗せた船だ。


「……勇者様。本当にこの方角で合っているのですか?」

「ああ、間違いない」


 甲板の最前列で、レオナルドは手の中にある「聖杯」を見つめていた。

 そう、例の『コーヒー牛乳の空き瓶』だ。


 彼は瓶の中に海水を少し入れていた。

 すると不思議なことに、水面の気泡が磁石に引かれるように、常に一定の方角――「東」を指し示し続けているのだ。


「聖遺物が導いている。この先にこそ、世界を救う賢者『K』がいるはずだ」


 レオナルドは水平線を睨み据えた。

 空は紫色に淀み、世界各地に「地獄のゲート」が開いたという凶報が無線に入ってきている。


「急がねば……。人類が滅びる前に、ダンジョン・ジパングへ!」


          ◇


 一方、日本の佐伯家。

 リビングのテレビからは、悲痛な叫び声が流れていた。


『緊急放送です! 現在、ニューヨーク、パリ、ロンドンなど、世界主要都市の上空に巨大な亀裂が出現! 正体不明の怪物が降りてきています!』

『東京湾にもクラーケンが出現! 自衛隊が応戦中ですが、通常兵器が通用しません! 繰り返します、避難を……!』


 画面には、燃え上がる街と、逃げ惑う人々の映像が映し出されている。

 まさにこの世の終わりだ。


 プルルルルッ!

 テーブルの上のスマホが震えた。

 発信者は『権田係長(内閣府)』。


「はい、もしもし」

『佐伯さん!! テレビ見てますか!? 世界が終わります!』


 受話器の向こうで、絶叫している。


『米軍が核の使用を検討しています! そんなことをすれば地球環境が……! 頼みます、あなたの力でなんとか……!』

「あー、大変そうですね」


 俺はみかんの皮を剥きながら答えた。


「でも俺、今は冬休み中なんで。こっちは平和ですよ。温泉入って寝ます」

『そ、そんな……! 不可侵条約を結んでしまったのが仇になったか……!』


 プツッ。

 俺は知らない人から来たイタズラ電話と思われる通話を切った。

 世界平和? 知ったことか。俺はただ、静かに暮らしたいだけなんだ。


 その時だった。


 ピンポン♪


 スマホに、別のアプリからの通知が届いた。

 通販サイト『Amazon』からだ。

 昨日注文した「新型インパクトドライバー」の配送状況通知だろう。


「お、やっと発送されたか?」


 俺はウキウキしながら画面を見た。

 だが、そこに表示されていた文字は、俺の期待を裏切るものだった。


 【配送遅延のお知らせ】

 【ステータス:配送センターへ持ち帰り(理由:紛争・不可抗力)】


「…………は?」


 俺の思考が停止した。

 詳細を見る。

 『世界情勢の悪化に伴い、物流網が寸断されました。お届け予定日:未定』


「……ふざけんなよ」


 ドス黒い感情が、腹の底から湧き上がってきた。


「明日届くから、週末のDIYの予定組んでたのに。インパクトがないと棚が作れないだろ!」

「プライム会員だぞ!? 年会費払ってるんだぞ!?」


 俺は立ち上がった。

 許せない。

 世界征服だか何だか知らないが、善良な市民の「荷物」を止めることの罪深さを、このテロリストどもは分かっていない。


『マ、マスター……? 目が据わってますよ?』


 たまちゃんが怯えているが、俺の耳には入らない。


「誰だよ。俺の物流ライフラインを止めてんのは」


          ◇


 俺は窓を開け、眼下を見下ろした。

 裏山の入り口――実家へと続く一本道。

 そこが、黒い影で埋め尽くされていた。


 ドカドカドカドカッ!!


 数千のひづめの音が、地響きとなって伝わってくる。

 黒い鎧に身を包んだ騎馬隊。

 魔王軍の先遣隊、「黒騎士団」だ。


「進めぇぇぇ! この丘を制圧し、橋頭堡きょうとうほとする!」

「人間どもを蹂躙せよ!」


 彼らは我が物顔で、俺の私道を駆け上がってくる。

 その馬の足元を見て、俺の中で何かが切れた。


 バシャッ! グチャッ!


 俺が苦労して敷き詰めた「魔石の砂利(簡易舗装)」が、無数の馬蹄によって蹴散らされ、泥と混ざってグチャグチャになっているではないか。


「……あーあ」


 俺は低く呻いた。


「あいつら、道路を耕してやがる」

「あれじゃあ、配送トラック(クロネコ)がスタックして登ってこれないだろ」


 俺の中で、全ての点と線が繋がった。

 荷物が届かない理由。それは戦争のせいではない。

 「うちの前の道路状況が悪いから」だ(※違います)。


「物流を回復させるには、道を直すしかない」


 俺は決意した。

 砂利道では脆すぎる。

 重量級のトラックが来てもビクともしない、恒久的な道路が必要だ。


「たま、建機屋に電話だ」

『は、はい!』

「『アスファルトフィニッシャー』と『ロードローラー』を予約しろ。今すぐだ」


 たまちゃんが絶句する。


『ええっ!? この戦争の最中に道路工事ですか!? 魔王軍が攻めてきてるんですよ!?』

「戦争? 知るか」


 俺は作業着の上着を羽織った。


「俺は荷物を待ってるんだ」


          ◇


 俺は玄関で安全靴を履き、靴紐をきつく締めた。

 ヘルメットを被り、「安全第一」のシールを指差呼称する。


「よし」


 ガチャリ。

 ドアを開ける。

 外は、この世の終わりのような光景だった。

 空は紫色に淀み、巨大なゲートからは次々と魔物が吐き出されている。

 眼下には、山を埋め尽くす黒い軍勢。


 だが、俺の目には、それらは「敵」には映らなかった。


「邪魔なゴミが散らかってるな」


 俺は冷徹に言い放った。


「まとめて舗装(埋め立て)してやる。道路の基礎(路盤材)になれ」


 魔王軍よ、震えて眠れ。

 配送遅延にブチ切れたDIYオタクが、重機に乗ってやってくる。

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