第49話:世界が日本の片田舎に注目する。〜勇者もスパイも魔王も、みんな俺の家を目指してる〜
マグマ温泉の完成から数日後。
佐伯家の朝は、これまでにないほど平和だった。
「ふぅ……。今日も味噌汁が美味い」
俺はコタツに入りながら、巨大ダイコンと油揚げの味噌汁を啜った。
地下50階層からの床暖房システム(地熱循環パイプ)のおかげで、ボロ家だった実家は常春の快適空間に生まれ変わっている。
外は雪がちらついているが、Tシャツ一枚でも過ごせる暖かさだ。
「はい、社長。ご飯のおかわりです」
「うむ、苦しゅうない」
ジャージ姿のアリシアが、炊きたての白米をよそってくれる。
向かいでは、若返り状態(美魔女モード)のマギさんが漬物をポリポリとかじり、足元ではポチが丸くなって寝息を立てている。
「平和だなあ。温泉もあるし、食い物も困らない」
「はい。ここは地上の楽園です」
「外の世界では何やらキナ臭い動きがあるようじゃが……ここには関係あるまい」
マギさんがのんきに言った。
俺も同感だ。世界情勢なんてニュースの中の出来事だ。
「さて、と」
俺はスマホを取り出し、通販アプリ『Amazon』を開いた。
「お、新型のインパクトドライバーがセール中だ。40Vmax……トルクが違うな」
以前から欲しかった工具だ。
最近、政府からの助成金(500万)とメルカリの売上、さらに動画の広告収入が入ったおかげで、懐は温かい。
「ポチっとくか。明日届くし」
俺は「注文を確定する」ボタンをタップした。
明日には新しい玩具が届く。それを使って、納屋の棚でも作ろうか。
そんなささやかなDIY計画を立てていた俺は、知る由もなかった。
今まさに、世界の裏側で、俺(KENTO)を中心とした巨大な包囲網が完成しつつあることを。
◇
某国、地下数百メートルにある極秘シェルター。
巨大な円卓を囲んで、ホログラムモニターが並んでいる。
緊急開催された、世界主要各国の首脳、魔術ギルド長、諜報機関トップによる合同会議だ。
「……単刀直入に言おう。世界の特異点が見つかった」
議長が重々しく口を開いた。
「まず、アメリカからの報告だ」
CIA長官が立ち上がる。
「我が国のトップエージェント『サイファー』が、極東の島国で遭遇した『規格外の防衛システム』……。彼が持ち帰ったデータによると、その拠点は物理・魔術の両面で鉄壁の要塞と化している」
次に、魔術師協会の代表。
「ネット市場に流出している『神話級魔石』の出品者『KENTO』……。彼の供給する魔石ひとつで、小国のエネルギー需要が賄えるレベルだ。その在庫は底が見えない」
すべての情報が、一点を指し示していた。
モニターの地図に、赤いピンが刺さる。
『日本・賽の河原市・山間部』。
「全ての特異点はここに集約される。ここに、世界を救う『神』か、あるいは滅ぼす『魔王』が住んでいる」
会議室がどよめく中、日本政府代表として参加していた権田係長だけは、無言で胃薬を飲み込んでいた。
「(……バレたか。時間の問題だとは思っていたが……)」
彼は深く目を閉じた。
もう隠し通せない。世界が、佐伯健人に干渉し始める。
◇
その頃。
ガリア大陸の港に、一隻の船が停泊していた。
甲板に立つのは、黄金の髪をなびかせた勇者、レオナルド。
彼の手には、例の「コーヒー牛乳の空き瓶」が握られている。
中に海水を少し入れると、瓶の中の気泡が、まるでコンパスのように一定方向を指し示していた。
「……東だ」
レオナルドは確信に満ちた目で水平線を見つめた。
「聖杯が導いている。東の果て、黄金の国へ続くと言われているダンジョンの奥」
彼の背後には、わずかに生き残った兵士たちが続いている。
「魔王軍の総攻撃が近いと聞く。世界を救うには、この聖遺物の主……賢者『K』に助力を乞うしかない!」
「出航せよ! 目指すはダンジョン・ジパングだ!」
勇者は旅立った。
佐伯家の「交通誘導員」になる未来が待っているとも知らずに。
◇
一方、異世界側(ダンジョンの向こう側)。
崩壊した魔王城の玉座の間。
漆黒の鎧を纏った巨人が、玉座の肘掛けを握り潰していた。
魔族の頂点に立つ者、魔王である。
「……報告は真か?」
地を這うような低い声に、側近の悪魔が震え上がる。
「は、はい! 地球侵略の先遣隊である『イフリート』と『リヴァイアサン』の生体反応が……完全に消失しました!」
「何だと? あれは我が軍の二大巨頭だぞ? 人間ごときに後れを取るはずが……」
「そ、それが……現地の映像を入手しました。これをご覧ください」
側近が水晶玉に映像を映し出す。
それは、佐伯が配信した動画のアーカイブだった。
――映し出されたのは、泥まみれになり、鉄の爪で吊り上げられる水龍の姿。
そして、「泥抜きして食うか」という男の声。
魔王の全身から、どす黒い殺気が噴き出した。
「おのれ……人間……ッ!!」
魔王にとって、彼らはただの部下ではない。
数千年の時を共に過ごし、手塩にかけて育てた可愛いペット(眷属)なのだ。
それを、あろうことか「掃除」し、「食材」にしたというのか。
「許さぬ……! 断じて許さぬぞ!!」
魔王が立ち上がった。
その怒りに呼応して、城全体が激しく揺れる。
「全軍に通達せよ! 目標はダンジョン・ジパングの奥だ! ゲートを最大展開し、総攻撃を仕掛けろ!」
「その『現場監督』とかいう男を八つ裂きにし、我が眷属の無念を晴らすのだ!!」
魔界全土に、進軍のラッパが鳴り響いた。
◇
翌日。
佐伯家。
「……あれ?」
昼食後。
俺はスマホの画面を見て首を傾げた。
昨日注文したインパクトドライバーの配送状況を確認していたのだが――。
【配送遅延】
「遅れてる? おかしいな。プライム会員なのに」
いつもなら「配達中」になっている時間だ。
ふと、窓の外を見る。
「ん……?」
空がおかしい。
さっきまで晴れていたはずなのに、空全体が紫色に淀んでいる。
雲が渦を巻き、不気味な雷光が走っている。
『マスター……』
たまちゃんの声が震えている。
『空間位相がズレています。世界規模の「ゲート」が開こうとしています! これは……次元の壁が崩壊する前兆です!』
「なんだ? 天気悪いな。台風か?」
俺は能天気に空を見上げた。
スマホの電波表示が「圏外」になる。
「ちっ、電波も悪くなった。Wi-Fiが繋がらねえ」
「配送遅れると困るんだよな。週末のDIYの予定が狂う」
世界中がパニックに陥り、魔王軍の大艦隊が空を埋め尽くそうとしているその時。
俺が気にしていたのは、「荷物が届かないこと」と「ネットが遅いこと」だけだった。
ゴゴゴゴゴゴゴ…………
裏山の上空に、ひときわ巨大な「穴」が開き始める。
それは、世界危機へと突入する合図だった。




