第45話:大地の蓋(グランド・シール)。〜速乾性セメントは、魔法障壁よりも硬い〜
だが、俺の仕事はまだ終わらない。
俺はすかさず、愛用の『トンボ(T字型の均し道具)』と『金鏝』を手に取り、まだ柔らかいコンクリートの海へと飛び出した。
「固まる前に均すぞ! 表面がボコボコだとつまづくからな!」
サッ、サッ、サッ。
手際よくトンボを引き、表面を平らに整えていく。
さらにコテを振るい、表面を鏡のように仕上げていく。
「こっちは少し低くして……水勾配をとっておかないと、水たまりができるな」
世界の危機を救った直後だというのに、俺が気にしているのは「仕上がりの美しさ」と「水はけ」だけだった。
「(……信じられん)」
その様子を見ていたマギ婆さんが、杖を取り落とした。
「大地の怒りを封じた直後に……まるで庭の土いじりでもするかのように、封印の表面を整えている……。これが『余裕』というものか……」
◇
「ふぅ。こんなもんだろ」
俺が一通り均し終えた頃、源さんが撤収作業を始めていた。
ブームを畳み、ホッパーに残ったコンクリを洗い流す。
「いい汗かいたな。しかし佐伯ちゃん、こんな山奥の地下で何を埋めたんだ? 温泉か?」
「まあ、そんなとこです。ちょっと湯量が多すぎて」
「ハッ、相変わらずスケールがデカいな!」
源さんはニカッと笑い、タオルで首筋を拭った。
マグマが煮えたぎる灼熱の地下空洞だというのに、「ちょっと暑い現場」くらいにしか思っていないらしい。
日本の職人はタフだ。
「じゃあな、伝票回しとくぞ! ご安全に!」
「ご安全に!」
ブロロロロロ……
ミキサー車とポンプ車が、重厚な排気音を残して去っていく。
その背中を見送りながら、アリシアが感嘆の息を漏らした。
「あの鉄の巨獣使いたち……。名も名乗らず、報酬も求めず(※請求書は来ます)、世界を救って去っていくとは……」
「東の国の職人は、皆あのような英雄なのですか……?」
「ただの生コン屋だよ」
◇
源さんたちが去った後、現場には広大なコンクリートの平原が残された。
急結剤の効果と、地熱による加熱乾燥で、コンクリは既にカチカチに硬化していた。
パキパキパキ……
乾燥収縮する音が響く。
だが、その様子が少しおかしい。
「……ん? なんか光ってないか?」
灰色のコンクリートの表面に、幾何学模様のような赤い光が浮き出ては消えている。
マギさんが鑑定の魔眼を開いた。
「なんと……! 『火竜の血』の魔力を吸って固まったことで、この岩盤自体が変質しておる!」
「変質?」
「うむ。これはただの石ではない。『人造竜鱗』じゃ。核攻撃魔法を撃ち込んでも傷一つ付かんぞ」
どうやら、マグマとセメントが化学反応(錬金術反応)を起こして、ファンタジー金属並みの強度を持つ物質に変わってしまったらしい。
アダマンタイト級のコンクリートだ。
「まあ、頑丈なのはいいことだ。基礎がしっかりしてれば家も建つ」
俺は安全靴の踵で、地面をコンコンと踏みしめた。
ビクともしない。完璧な施工だ。
◇
その頃。
地上の、東京・内閣府の一室。
「報告します! 賽の河原市の地下震源、エネルギー反応が完全に消失しました!」
オペレーターの声が響く。
権田係長は、モニターに表示された平坦なグラフを見て、深く息を吐いた。
「……また、やったか」
彼は胃薬の袋を握りしめた。
「地球の激怒を……物理的に『蓋』をして黙らせたのか。佐伯健人……」
世界中の観測機関でも、同様の動揺が走っていた。
『日本の地下で発生していた異常エネルギーが、未知の超高密度物質によって遮断された』
『誰かが、地球のコアに絆創膏を貼ったようだ……』
彼らはまだ知らない。
その「絆創膏」の上で、これからさらにふざけた計画が始まろうとしていることを。
◇
地下50階層。
俺は、完成したコンクリートの床に座り込んでいた。
「ふぅ……」
手を床につく。
……温かい。
いや、熱いくらいだ。
直下のマグマの熱が、コンクリートを通して伝わってくる。
「……これ、いいな」
俺の脳裏に、あるアイデアが閃いた。
平らで、頑丈で、清潔な床。
そして、下からじんわりと温めてくれる熱源。
「『岩盤浴』状態になってるな。ここに寝転がれば、腰痛も治りそうだ」
そして、俺は部屋の隅を見た。
コンクリで埋める際、あらかじめ逃がしておいた一本の鉄パイプが突き出ている。
バルブをひねると、チョロチョロと適温のお湯が出てきた。
「源泉の確保もよし。湯量調整も完璧だ」
条件は揃った。
広大なスペース。最高の熱源。そして温泉。
ここでやるべきことは、一つしかない。
「よし、方針決定だ」
俺は立ち上がり、アリシアたちに宣言した。
「ここを、佐伯家専用の『大浴場』にする」
「よ、浴場ですか? この灼熱の地獄で?」
「ああ。最高の『露天風呂』を作ってやるよ」
俺は周囲を見渡した。
手頃な大きさの岩がいくつも転がっている。
「アリシア、そこの岩を集めてくれ。風情のある岩風呂を組むぞ」
「は、はい! 岩運びならお任せください!」
アリシアがジャージの袖をまくり上げる。
ふと足元を見ると、ポチが既に温かいコンクリの上で、ヘソ天になって寝ていた。
「クゥ〜ン……(極楽……)」
どうやら、ここが快適な場所であることは、野生の勘が証明しているようだ。
「よし、着工だ。今日中に一番風呂に入るぞ!」




