第44話:緊急工事(スタンピード阻止)。〜噴火口にコンクリートを流し込め!〜
シュゴオオオオオオオッ!!!!
地下50階層は、ジェットエンジンの噴射口のようになっていた。
ボーリングの穴から、真っ赤なマグマと高圧の蒸気が、天井を突き破らんばかりの勢いで吹き上げている。
ズズズズ……メリメリッ……!
地面の亀裂が広がる。
このままでは、この広大な地下空間全体がマグマで満たされ、崩落し、その余波で地上の実家ごと吹き飛ぶのは時間の問題だ。
『マスター! マナ圧が臨界点を超えました! 崩壊まであと10分……いえ、5分です!』
たまちゃんの悲鳴が響く。
だが、俺はフェイスシールドの奥で、冷静に時間を計算していた。
「5分か。コンクリが固まるギリギリのラインだな」
俺は揺れる地面で踏ん張りながら、入り口の方角を睨んだ。
間に合うか?
いや、あの人は――日本の職人は、時間を守る。
その時だった。
轟音渦巻く洞窟内に、異質な重低音が響いてきた。
ブロロロロロ……プシュッ!
ディーゼルエンジンの唸りと、エアブレーキの排気音。
ダンジョンの入り口から、巨大な車両が2台、砂煙を上げて突っ込んできた。
背中に巨大なドラムを背負った『10tミキサー車』。
そして、長いアームを折りたたんだ『コンクリートポンプ車』だ。
俺が舗装し、拡張しておいた通路のおかげで、大型車両が深層まで乗り入れることができたのだ。
過去のDIYが、今この瞬間に繋がった。
「よう佐伯ちゃん! 待たせたな!」
運転席から降りてきたのは、ヘルメットにニッカポッカ姿の強面おじさん。
地元の解体業者兼、生コン屋の社長、源さんだ。
「悪いね源さん。急な仕事で」
「へっ、構わねえよ。ちょうど余り物(残コン)の処分に困ってたんだ」
源さんは、目の前で噴き上がるマグマの柱を見上げ、タオルで汗を拭った。
「しかし、変な現場だなオイ! 真夏みてぇに暑いぞ! ここ、温泉の源泉か?」
「まあ、そんなとこです。ちょっと湯量が多すぎて」
「派手に漏らしたな! よし、穴埋めだな? 任せとけ!」
源さんは「地獄の釜の蓋が開いた」ような光景を見ても動じない。
さすが、数々の修羅場(工期ギリギリの現場)を潜り抜けてきた職人だ。
◇
「ポンプ車、セット!」
源さんの号令で、若い衆がきびきびと動く。
ポンプ車が、車体から4本のアウトリガー(安定脚)を張り出し、地面にガッチリと踏ん張る。
ウィィィィン……。
油圧の音と共に、折りたたまれていた長いブーム(輸送管)が鎌首をもたげた。
その先端が、正確に噴火口の真上へと伸びていく。
その様子を、安全地帯に避難していたアリシアが呆然と見上げていた。
「鉄の巨象……!? あの長い鼻から、何を吐き出す気ですか!?」
「見ろ、後ろの車と結合したぞ!」
マギ婆さんが指差す。
ミキサー車のドラムが回転し、後部のシュート(滑り台)から、ポンプ車のホッパー(受け口)へと、ドロドロの生コンクリートが流し込まれ始めたのだ。
「別の獣から『泥の餌』を貰っている……!? 共生関係にある魔獣か!」
◇
「配置よし! ブーム伸長よし! 打設開始!」
俺が合図を送る。
源さんがポンプ車の操作盤でレバーを倒した。
「いっけぇぇぇぇ!!」
ドボドボドボドボッ!!!!
ポンプ車の先端から、灰色の濁流――コンクリートが、猛烈な勢いで噴火口へ叩きつけられた。
マグマの赤と、コンクリの灰色が激突する。
ジュワァァァァァァァッ!!!!
凄まじい水蒸気爆発。
視界が白く染まり、湿った熱気が洞窟内に充満する。
「押し返されるなよ! 圧力に負けるな!」
俺は叫んだ。
下から突き上げるマグマの圧力は凄まじい。
ただ流し込むだけでは、コンクリが固まる前に吹き飛ばされてしまう。
『マスター! ダメです! マグマの熱量が高すぎて、コンクリートが瞬時に溶解しています! 物理で蓋をする前に溶かされます!』
たまちゃんの悲鳴。
やはり、ただのセメントでは「火竜の血」は止められないか。
「想定内だ。……化学の力を使う」
俺は懐から、一袋の粉末を取り出した。
これを待っていた。
アイテム:『急結剤(止水用)』。
トンネル工事などで、湧水を一瞬で固めるために使われる魔法の粉だ。
これを混ぜれば、コンクリートは数秒で硬化を開始する。
「源さん! 添加するぞ! 撹拌頼む!」
「おうよ!」
俺はホッパーの中に、急結剤を一気に投入した。
ポンプがそれを吸い込み、ブームの中へ送り込む。
◇
変化は劇的だった。
噴火口に落下したコンクリートが、空気に触れた瞬間に変質する。
ドロドロの液体から、ゴツゴツとした「岩」へ。
ボコッ……ガチッ……!
硬化したコンクリが、後から来るコンクリと噛み合い、物理的な「栓」となって穴を塞ぎにかかる。
マグマが押し上げようとするが、上から降り注ぐ質量の塊がそれを許さない。
「大地の怒りを……泥で押し戻しておる……!?」
マギ婆さんが震える手で杖を握りしめていた。
「なんという質量……! なんという暴力……! 星の脈動さえも、人の知恵でねじ伏せるというのか!」
「いける! あと少しだ!」
俺は叫んだ。
穴は9割方塞がった。あとは隙間を埋め尽くすだけだ。
「源さん、全弾流し込め! ミキサー空にしろ!」
「おりゃあ! 在庫処分だ持っていけぇ!!」
ミキサー車がドラムの回転を最大にする。
残っていた全ての生コンが、怒涛の勢いで吐き出された。
ドバアァァァァァッ!!
最後の大量投下。
それが、決定打となった。
ゴゴゴ……ゴ……ゴ……
腹に響いていた地鳴りが、次第に小さくなっていく。
赤く輝いていた噴火口が、完全に灰色の岩盤に覆い隠された。
蒸気の噴出が止まる。
シーン……。
静寂が戻った。
残ったのは、エンジンのアイドリング音と、固まりゆくコンクリートが発する「パキパキ」という乾燥音だけ。
「……止まったか?」
俺は恐る恐る近づいた。
マグマの赤色は消え、そこには広大な「コンクリートの平原」が出来上がっていた。
「よし……。打設完了」
俺はヘルメットの汗を拭い、大きく息を吐いた。
勝った。物理で地球に勝った。
「さて、と」
俺はまだ温かいコンクリートの上を歩き、足裏に伝わる感触を確かめた。
下にはマグマが封印されている。
その熱がコンクリを通して伝わり、床暖房のようにポカポカと温かい。
「……これ、いいな」
俺の脳裏に、あるアイデアが閃いた。
平らで、頑丈で、熱源がある場所。
ここでやるべきことは一つしかない。
「源さん、帰る前にもう一仕事頼めるか? あそこの岩を使って『露天風呂』を組みたいんだが」
世界の危機を救った直後、俺の頭の中はすでに「一番風呂」のことでいっぱいだった。




