第42話:炎の悪魔 VS エンジンブロワ。〜風速80mの暴風で、炎ごときが消えるか〜
地下50階層。
視界を埋め尽くすのは、ドロドロに溶けたマグマの赤と、立ち昇る黒煙。
気温120度を超える灼熱地獄の中心で、俺は巨大な炎の塊と対峙していた。
「グオオオオオ……! 我が眠りを妨げる矮小な存在よ……」
マグマの川から立ち上がったのは、全長10メートル近い炎の巨人――イフリートだ。
揺らめく炎で構成された身体が、さらに周囲の温度を引き上げていく。
「あー、暑い。ただでさえ暑いのに、暖房強めるなよ」
俺はフェイスシールド越しに顔をしかめた。
こちらは地熱発電(床暖房)のパイプを引きに来ただけだ。
工事の邪魔をするなら、退いてもらうしかない。
「灰になれッ! 人間!」
イフリートが腕を振り上げる。
その掌に、太陽のような高密度の火球が生成される。
「主殿! 避けてください! あれは『地獄の業火』! ミスリルさえ一瞬で蒸発させる神の炎です!」
後方でアリシアが悲鳴を上げる。
だが、俺は動かなかった。
後ろには、これから設置するボーリングマシンや資材が置いてある。避ければ機材が溶けてしまう。
「(まあ、日本のJIS規格を信じるか)」
俺は足を踏ん張り、身構えた。
ゴオオオオオオオッ!!!!
イフリートが火球を投げつけた。
視界が真っ白に染まる。
爆風と熱波が、俺の身体を飲み込んだ。
◇
数秒後。
炎の嵐が晴れると、そこには――。
「……ふぅ。ちょっと汗ばむな」
銀色に輝く作業着姿の俺が、無傷で立っていた。
ワークマンで買った『裏アルミ遮熱ブルゾン(2900円)』が、キラキラと光を反射している。
「な、なんだと!?」
イフリートが目を見開いた(ように見えた)。
「我が業火の直撃を受けて無傷……だと!? その銀の鎧、まさか神話級のアーティファクトか!?」
「ポリエステルだよ。アルミ蒸着プリントが輻射熱を9割カットしてくれたみたいだな」
さすがプロ仕様。溶接の火花程度なら余裕で弾く性能は伊達じゃない。
フェイスシールドのおかげで顔も無事だ。
「さて、こちらの番だな」
俺は背負っていた機械のスターターロープを握った。
ホームセンターの園芸コーナーで買ってきた、強力な清掃用具。
『背負い式エンジンブロワ(排気量60cc・プロ仕様)』。
本来は、庭の落ち葉や、積もった雪を吹き飛ばして掃除するための道具だ。
だが、今の俺には「対・炎属性」の最強兵器に見える。
「熱いのは苦手でな。冷やさせてもらうぞ」
俺はスターターを勢いよく引いた。
キュルッ……ブオオオオオオオオオオン!!!!
けたたましい2ストロークエンジンの排気音が、地下空洞に響き渡る。
マギ婆さんが、杖を構えながら驚愕の声を上げた。
「な、なんという駆動音じゃ! あの背中の箱に、嵐の精霊王を封じ込めておるのか!?」
「掃除機だよ(逆だけど)」
俺は右手に持った太いノズルを、イフリートに向けた。
スロットルレバーに指をかける。
「お前、体積の9割がガス(炎)だろ?」
炎が燃え続けるには、熱と酸素、そして燃料がその場に留まる必要がある。
ならば、その条件を物理的に吹き飛ばせばどうなるか。
「風速80メートルだ。飛んでけ」
俺はトリガーを全開まで引き絞った。
バゴオオオオオオオオオッ!!!!
ノズルの先端から、可視化できるほどの圧縮空気が噴射された。
台風の最大瞬間風速をも超える、指向性を持った暴風。
「な、なにッ……!?」
イフリートが防御の魔法陣を展開しようとする。
だが、展開された瞬間の魔力構成式(魔法陣)そのものが、風圧でバラバラに吹き散らされた。
「ぐあぁぁぁぁッ!? 魔法が……霧散する!?」
「換気だ換気! 隅々まで風を通すぞ!」
俺はノズルを左右に振った。
暴風がイフリートの身体を直撃する。
ボッ……シュウウウ……!!
炎で構成された巨体が、物理的に「剥がされて」いく。
ろうそくの火を吹き消すように、あるいは焚き火の灰を吹き飛ばすように。
イフリートの身体が、空間から千切れて後方へと吹き飛んでいく。
「炎が! 我が肉体がちぎれるぅぅぅ!!」
「しつこい汚れ(炎)だな。もっと近づくか」
俺は前進しながら風を当て続けた。
圧倒的な風圧の前では、高熱など意味を成さない。熱気ごと彼方へ追いやられるだけだ。
「や、やめろ! 消える! 我が命の灯火がぁぁぁ!」
「そこ、埃溜まってるぞー」
ブオオオオオッ!!
最後の一押し。
イフリートの頭部だった炎が、プツンと吹き消された。
◇
シーン……。
エンジンのアイドリング音だけが残る。
目の前にいたはずの炎の巨人は、跡形もなく消滅していた。
「よし、鎮火完了。火の用心だぞ」
俺はエンジンを切り、ブロワを下ろした。
地面を見ると、イフリートがいた場所に、こぶし大の黒い塊が転がっていた。
「ん? なんか落ちたな」
俺は火ばさみでそれを拾い上げた。
まだ熱を持っている黒い石。いや、炭か?
『鑑定します……。それは「イフリートの心臓」。最高純度の火属性魔石であり、一度火をつければ数百年は消えることなく燃え続ける、伝説の炭です』
たまちゃんの解説を聞いて、俺はポンと手を打った。
「なるほど、いい炭か。備長炭より火持ちが良さそうだな。持って帰って、次回のBBQで使おう」
『(伝説の魔獣の心臓が……ただの燃料に……)』
俺は炭を金属製のバケツに放り込んだ。
さて、邪魔者は排除した。
ここからが本番だ。
「現場確保よし。測量始めるぞ」
俺はポチを呼んだ。
耐熱靴(犬用)を履かせたポチが、トテトテとやってくる。
「ポチ、ここらで一番『熱い場所』を探してくれ。温泉が出そうなポイントだ」
「わんっ!(任せろ!)」
ポチは地面に鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぎながら歩き回る。
そして、ある一点で足を止めた。
「わんわん!(ここだ! ここから大地の血の匂いがする!)」
ポチが前足でここ掘れワンワンをする。
「でかした。そこだな」
俺はその場所に印(墨出し)をつけた。
マグマの岸辺から少し離れた、岩盤の上だ。
「よし、機材搬入だ。『ボーリングマシン(掘削機)』をセットしろ!」
アリシアとザガンが、軽トラから分解された掘削機を運んでくる。
三脚を立て、長いドリルロッドを垂直にセットする。
俺は水平器を当てて、ドリルの角度を慎重に調整した。
「垂直が出てないと、途中でロッドが折れるからな。……よし、水平よし」
俺は発電機のスイッチを入れた。
ドッドッドッ……とエンジンが回り出す。
「掘るぞ。目指せ源泉掛け流し」
俺はレバーを握った。
ドリルの先端が、硬い岩盤に食い込んでいく。
だが、俺は知らなかった。
ポチが嗅ぎ当てたその場所が、単なる水脈ではなく、この星のエネルギーが循環する「龍脈(ドラゴンの動脈)」そのものであることを。
そして、そこを掘り抜くことが、世界を揺るがす大災害のトリガーになることを。




