第41話:冬の電気代が高いので、地熱発電(床暖房)を考える。〜目標:地下50階層、マグマエリア〜
12月某日。
佐伯家の朝は、絶望から始まった。
「……さむっ」
布団から出た瞬間、冷気が肌を刺す。
室温は一桁。吐く息が白い。
築80年の日本家屋は、夏は涼しいが冬は地獄だ。断熱材なんてハイカラなものは壁に入っていないし、サッシは隙間だらけだ。
俺は震えながらリビングへ向かった。
そこには、異様な光景が広がっていた。
「…………」
「…………」
「くぅ〜ん……」
居間の真ん中に鎮座するコタツ。
そこから、金髪の頭と、老婆の頭、そして茶色い犬の頭だけが生えている。
完全なる『コタツムリ』状態だ。
「おはよう。お前ら、起きないのか?」
「……主殿。おはようございます……」
アリシアが虚ろな目で答える。
「トイレに行きたいのですが……コタツの外は極寒の雪山(冬のリビング)です。勇気が出ません……」
「わしの老体には堪える……。春までこのまま冬眠させてくれ……」
マギさんに至っては、既に生命活動を最小限に抑えているようだ。
最強の騎士と大賢者、そして神獣が、日本の冬に完全敗北している。
「だらしないなぁ。ほら、朝飯だぞ」
俺はファンヒーターの温度設定を上げながら、テーブルの上の封筒に目を留めた。
今月の電気代と灯油代の請求書だ。
「……げっ」
金額を見て、俺の目玉が飛び出そうになった。
「さんまんえん……!?」
高い。高すぎる。
地下農園のLED電気代に加え、24時間フル稼働の暖房費。
政府からの助成金があるとはいえ、ランニングコストがこれでは、貯金が削られていく一方だ。
「このままじゃ破産だ。……抜本的な対策が必要だな」
俺は腕組みをして考えた。
家全体をリフォームして断熱材を入れる? 金がかかりすぎる。
もっと、タダで、強力で、無限に使える熱源はないか。
俺の視線は、自然と床下――地下深くへと向けられた。
「……あるじゃん」
俺はニヤリと笑った。
「『地熱』だ」
地下1階であれだけ暖かいのだ。
もっと深く、ダンジョンの最深部まで行けば、そこには煮えたぎるマグマがあるはずだ。
その熱をパイプで地上まで引いてくれば、全室床暖房はおろか、露天風呂だって沸かし放題だ。
『マスター、本気ですか?』
充電器に繋がれたスマホから、たまちゃんが呆れ声を出す。
『推定地下50階層。そこは「灼熱地獄」ですよ? 気温100度超え、放射熱は鉄すら溶かします。生身で行ったら蒸し焼きの刑です』
「だろうな。普通の服じゃ無理だ」
Tシャツに作業着では、近づくだけで着火するだろう。
だが、現代日本には、そんな過酷な環境で戦うプロフェッショナルのための店がある。
「買い出しに行くぞ。『あの店』へ」
俺は軽トラのキーを掴んだ。
◇
俺たちがやってきたのは、隣町のショッピングモールの一角。
黄色と黒の看板が目印の店。
『WORKMAN Plus』。
かつては職人御用達の店だったが、最近は高機能かつオシャレなウェアで一般層にも人気の聖地だ。
「ここが……防具屋ですか?」
アリシアが店内を見渡して目を丸くする。
「鉄の鎧がありません。布の服ばかりです。これで魔物の爪牙や、極限環境に耐えられるのですか?」
「そんじょそこらの鎧より高性能だぞ」
俺は冬物アウターのコーナーへ向かった。
目指すは、過酷な寒さや熱から体を守る機能性ウェアだ。
「あった。これだ」
俺が手に取ったのは、銀色に輝く裏地を持つブルゾン。
『裏アルミ遮熱・防寒ブルゾン』だ。
魔法瓶と同じ原理で、体温を逃さず、外からの熱気(あるいは冷気)を反射する。
「こいつを着れば、輻射熱をシャットアウトできる。溶接工や炉前作業員も使ってるプロ仕様だ」
俺は値札を見た。
【税込 2,900円】。
「安い。さすがワークマン」
「なっ……!?」
値札を見たアリシアが絶句した。
「に、二千九百……金貨3枚にも満たない!? 駄菓子のような値段ではありませんか!」
彼女はブルゾンの袖を震える手で触った。
「信じられん……。この銀色の繊維、ドラゴンのブレスすら弾くという伝説の『ミスリル織り』に酷似しています。それが、こんな捨て値で……!?」
「大量生産だからな」
さらに俺は、顔を守るための『溶接用フェイスシールド(遮光・遮熱)』と、『耐熱革手袋』、そして溶けたアスファルトの上でも歩ける『舗装用安全靴』をカゴに入れた。
「あとは、熱気を吹き飛ばすための送風機だな」
工具コーナーで『エンジンブロワ(強力送風機)』も購入。
総額数万円。これで灼熱地獄へのパスポートが手に入るなら安いもんだ。
◇
帰宅後。
俺は早速、買ってきた装備に着替えた。
銀色の遮熱ブルゾンとズボン。
足元は厚底の安全靴。
顔にはフェイスシールド。
手には分厚い革手袋。
「……宇宙飛行士か、溶鉱炉の作業員だな」
鏡に映った自分を見て苦笑する。
だが、動きやすい。ストレッチ素材のおかげで関節の曲げ伸ばしもスムーズだ。
「完璧です、社長! その銀色の輝き……まさに『対炎界・決戦兵装』!」
アリシアが目を輝かせている。彼女にも一着買ってやったので、お揃いのシルバー作業員ルックだ。
「よし、行くぞ。目指すは地下50階層だ」
俺たちは地下への階段を降りた。
地下1階。
紫色の怪しい光に満ちたLED農園を通過する。
ここは20度前後。快適だ。
地下10階層。
階段を降りるにつれて、空気が重くなる。
気温30度。まだ平気だ。
地下30階層。
気温50度。普通の人間なら脱水症状を起こすレベル。
だが、ワークマンの遮熱ウェアのおかげで、内部はサウナ程度に保たれている。
「すごい……。外は灼熱なのに、服の中は汗ばむ程度です」
「水分補給忘れるなよ」
そして、地下50階層。
階段の先、視界が開けた。
ゴボォッ……ジュワァァァ……
そこは、地獄だった。
巨大な地下空洞を、ドロドロに溶けた赤黒い液体――マグマの川が流れている。
天井からは熱で溶けた岩が鍾乳石のように垂れ下がり、地面は赤熱して陽炎が揺らめいている。
『警告。外気温120度突破。酸素濃度低下。致死的環境です』
たまちゃんのアラートが鳴る。
だが、俺はフェイスシールド越しにその光景を見渡し、平然と言った。
「あー、あったかいな。ここなら暖房いらずだ」
俺は安全靴で、赤熱した地面を踏みしめた。
靴底のゴムが焦げる匂いがするが、断熱材のおかげで足裏は熱くない。
「よし、測量開始だ。どこからパイプを引くか……」
俺がマグマの岸辺に近づこうとした、その時だった。
ズバァァァッ!!
マグマの川が爆発し、巨大な炎の柱が立ち昇った。
炎は人の形を成し、巨人の姿へと変わっていく。
「グオオオオオ……! 我が眠りを妨げる矮小な存在よ……」
燃え盛る身体を持つ、炎の精霊。
このエリアの番人だ。
「灰になれッ!」
イフリートが腕を振り上げ、地獄の業火を投げつけようとする。
「……あー、邪魔だな」
俺は背負っていた『エンジンブロワ』のスターターを握った。
作業の邪魔をするなら、退いてもらうしかない。
「換気が悪いからな。ちょっと風通しを良くしてやるよ」




