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第40話:冬の足音と新たな問題。〜鍋が美味い季節だが、灯油代が気になる〜

 地下農園(LEDプラント)の稼働から数日後。

 佐伯家は、ある深刻な問題に直面していた。


「……採れすぎる」


 俺は台所の床に積み上がった野菜の山を見て、呆然と呟いた。

 紫色の光を24時間浴び続けた野菜たちは、俺の予想を遥かに超えるスピードで成長し続けている。

 メルカリで売り、村に配り、毎日三食サラダを食べても、消費が生産に追いつかない。


「腐らせるのは農家の恥だ。……食って減らすしかない」


 外は木枯らしが吹く冬の夕暮れ。

 冷えた体を温めつつ、大量の野菜を一気に消費できる料理。

 答えは一つだ。


「今日は『鍋』にするぞ。野菜マシマシの寄せ鍋だ」


          ◇


 俺は庭にU字溝を並べ、その上に『半切りドラム缶』をセットした。

 普通の土鍋では入り切らないからだ。

 ドラム缶の下で炭火を焚き、出汁を張る。


「よし、作戦開始だ」


 俺はトングをカチカチと鳴らし、食材の山に向き合った。

 その背中を見つめるアリシアとマギさんの視線は、戦場に赴く指揮官を見るように熱い。


「まずは、火の通りにくい根菜からだ。人参、大根、投入!」


 ドボドボドボ……。

 大量の根菜がスープの海に沈む。


「葉物はまだ待て。煮込みすぎると食感が死ぬ」


 俺が白菜の投入を制止すると、アリシアが感嘆の声を漏らした。


「なるほど……! 防御力の高い重装歩兵(根菜)を先陣させ、打たれ弱い軽歩兵(葉物)を温存する……! 完璧な用兵術です、社長!」

「煮崩れ防止だよ」


 グツグツと煮立ち始めると、灰色のアクが浮いてくる。

 俺はすかさずお玉を振るい、サッ、サッとアクをすくい取った。


よどみが出た瞬間に浄化しておる……! 鍋の純度を保つための結界維持作業か!」


 マギさんが震える。

 ただの鍋奉行なのだが、彼女たちには高度な魔術儀式に見えるらしい。


「よし、肉と葉物投入! 蓋をして待機!」


          ◇


 数十分後。

 完成した鍋を小分けにし、俺たちは居間へと移動した。

 さすがに外で食べるには寒すぎる。


 居間の真ん中には、人類を堕落させる魔性の家具――『コタツ』が鎮座している。


「あ~……極楽……」


 下半身をコタツの熱源に委ね、上半身には熱々の鍋。

 冷たいビール(俺)とコーラ(アリシアたち)で乾杯する。

 頭寒足熱ならぬ、頭熱足熱。冬の最強コンボだ。


「はふっ、はふっ……! 美味しいです!」


 アリシアが白菜を頬張る。


「野菜の甘味がスープに溶け出して……体の中から温まります!」

「ふごふご。このスープ、飲めば飲むほど魔力が回復するのじゃが……今夜は眠れんかもしれんのう」


 マギさんも満足そうだ。

 ふと足元を見ると、コタツ布団がモコモコと動いている。

 めくってみると、ポチが頭だけコタツに突っ込んで爆睡していた。


「お前、酸欠になるぞ」

「くぅ〜ん……(ここが天国か……)」


 野生を完全に喪失した神獣の姿がそこにあった。

 時々、俺が煮えた豚肉を差し入れると、器用に口だけでキャッチして咀嚼する。


「締めはうどんだぞ」

「う、うどんですか!? 炭水化物の波状攻撃……幸せです!」


 窓の外では冷たい風が吹き荒れているが、家の中は湯気と笑い声で満たされていた。

 まさに、スローライフの極み。


 ――だが。

 その幸せな時間は、無機質な電子音によって破られた。


 ピーーーッ! ピーーーッ!

 【給油】


 部屋を暖めていた石油ファンヒーターが、悲痛な警告音を発して停止した。


「……あ」


 俺の手が止まる。

 一瞬で室内の空気が凍りついた(物理的にも精神的にも)。


「マジかよ。このタイミングで切れんのかよ」


 俺は絶望した。

 コタツから出るのが億劫なこの状況で。

 外にあるポリタンクから、灯油を入れに行かなければならない。

 これほどの苦行が他にあるだろうか。


「寒い中、手動ポンプでシュコシュコやるの、面倒くさいなぁ……」


 その時、遠くから哀愁を帯びたメロディが聞こえてきた。


 ♪ゆ〜きやこんこん、あられやこんこん……


「ッ!? 敵襲の合図ですか!? なんと悲しげな旋律……」


 アリシアが箸を構えて警戒する。


「灯油の巡回販売車だ。……最近、高いんだよな」


 俺は重い腰を上げ、空になったタンクを持って玄関へ向かった。


          ◇


 数分後。

 給油を終えて戻ってきた俺の手は、独特の油臭さを放っていた。


「くさっ。灯油の臭いって中々取れないんだよな」

「クンクン……。これは『燃える水』の臭気……。高度な錬金術の代償ですか」


 俺は冷え切った手をコタツに突っ込みながら、真剣に考えた。


「この家、築80年だから隙間風がひどいんだよな。断熱材も入ってないし」

「窓ガラスも結露してビショビショじゃな」


 マギさんが濡れた窓を指差す。


「光熱費もバカにならん。電気代も上がってるし、灯油は重いし高い」


 このままでは、冬を越すだけで貯金が削られていく。

 もっと根本的な解決策はないか。

 タダで、無限に使えて、家全体を暖められるような熱源が。


 俺は視線を落とした。

 畳の下。床の下。地面の下。

 そして、さらにその奥深く。


「……あるじゃん」


 俺はニヤリと笑った。


「地下深くに、最高の熱源が」


 地下1階の農園があれだけ暖かいのだ。

 もっと深く、ダンジョンの最下層あたりまで行けば、そこには――。


「『地熱マグマ』があるはずだ」


 俺の呟きに、たまちゃんが画面の中で青ざめた。


『マ、マスター? まさかとは思いますが……』

「あれをパイプで引いてくれば、全室床暖房にできる。給湯もタダだ。風呂も沸かし放題だぞ」


 名案だ。

 地球のエネルギーを直結する。究極のエコシステムだ。


『あのですね! あそこは「灼熱地獄ムスペルヘイム」ですよ!? 気温100度超えです! 生身で行ったら蒸し焼きになって、骨も残りませんよ!』

「大丈夫だ」


 俺はスマホで検索を始めた。

 行き先は、隣町のショッピングモールにある『あの店』だ。


「日本の作業着をナメるなよ。明日は買い出しだ」


 俺は力強く宣言した。


「『過酷な環境で働く人のためのワークマン』に行くぞ」


 寒さを凌ぐために、灼熱地獄へ挑む。

 矛盾しているようで合理的な、佐伯工務店の新たなプロジェクトが始まろうとしていた。

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