第38話:余った野菜をメルカリと村へ。〜「聖なる根菜」として高値取引〜
翌朝。
佐伯家の庭には、未だに甘辛い出汁の香りが漂っていた。
ドラム缶の中には、昨晩の宴で食べきれなかったおでんが、まだ半分近く残っている。
「さすがに作りすぎたな……」
俺は腕組みをして唸った。
大根があと2本、丸々残っているのも問題だ。冷蔵庫には絶対に入らない。
「腐らせるのは農家の恥だ。……配るか」
俺は軽トラの荷台に、冷めたおでん入りのドラム缶を(蓋をしてロープで固定し)積み込んだ。
ついでに、生の大根も1本積んでおく。
「ポチ、乗れ。つまみ食いするなよ」
「わんっ!(警護は任せろ!)」
俺は下山を開始した。
向かうは、麓の村だ。
◇
麓の村の集会所。
軽トラを停めると、作業着姿の村人たちが集まってきた。
「こんにちはー。佐伯です」
「おお! 佐伯様じゃ!」
村長が駆け寄ってくる。
……ん?
なんか、村の人たち、やけに元気じゃないか?
以前、俺が洗った長靴の泥水(聖水)を飲んで若返ったとは聞いていたが、それにしてはガタイが良い。
80歳を超えているはずの爺さんが、60キロの米俵を両脇に抱えて小走りで運んでいる。
「……元気だなあ」
俺は感心した。
やはり農業は足腰が鍛えられるのだろう。健康長寿の秘訣だ。
「昨日の煮物が余ったんで、よかったら食べてください。味が染みてますよ」
「なんと! 佐伯様からの炊き出しじゃ!」
「ありがたや……! タッパーを持って集合じゃ!」
村人たちが、以前俺があげた100均のタッパー(彼らにとっての聖遺物)を大事そうに抱えて並び始めた。
俺はお玉で、飴色になった大根や卵を配っていく。
「さあ、食ってくれ。精がつくぞ」
村人の一人が、配られたばかりの大根を頬張った。
「はふっ……。う、美味い!!」
「なんと濃厚な……! 体の芯から熱くなるわい!」
その直後だった。
バリバリバリッ!!
服が弾け飛ぶ音がした。
大根を食べた青年の作業着が、内側から膨れ上がった筋肉によって悲鳴を上げたのだ。
「うおおおおっ! 力が……力が溢れて止まらん!!」
青年が近くにあった鍬を握りしめる。
軽く地面を耕そうと振り下ろした瞬間――。
ズドオォォォン!!
爆音と共に、地面が深さ1メートルほどえぐれ、土砂が噴き上がった。
「……すごいパワーだな。最近の若いもんは」
俺は目を丸くした。
どうやらこの村の人たちは、日頃の農作業でインナーマッスルが極まっているらしい。
(※実際は、聖水と巨大野菜の相乗効果で、村人全員が身体能力強化状態になっているだけだ)
後にこの村は、「日本一握力が強い村」としてテレビ取材を受け、オリンピック選手を多数輩出することになるのだが、それはまた別の話だ。
◇
村へのお裾分けを終え、俺は実家に戻った。
ドラム缶は空になったが、まだ手付かずの巨大大根が1本残っている。
「こいつはどうするか……。村の人たちも満腹そうだったしな」
俺はスマホを取り出した。
以前、魔石を売ったフリマアプリ『メルカリ(仮)』。
最近は野菜の出品も流行っていると聞く。
「売るか。捨てるよりマシだ」
だが、このままではデカすぎて送れない。送料だけで赤字になる。
「カット野菜にするか」
俺はチェーンソーで大根をサイコロ状 (といってもレンガサイズ)にカットし、ジップロックに詰め込んだ。
それを専用の箱『宅急便コンパクト』にパズルのように詰める。
「よし、出品だ」
【商品名】
【訳あり】巨大大根 カット済み詰め合わせ
【商品説明】
家庭菜園で育ちすぎたのでカットしました。
形は悪いですが、味はいいです。おでんや煮物にどうぞ。
肥料をたっぷり使ったので、元気が出ると思います。
【価格】
1,500円(送料込み)
「こんなもんか。スーパーで買うよりは高いが、レア物ってことで」
ポチッと出品。
まあ、野菜だし、魔石ほど瞬殺されることはないだろう。
◇
京都、祇園。
創業100年を誇る老舗料亭『華月』。
その調理場で、板長のゲン(65)はスマホを睨みつけていた。
「……ない。どこにもない」
彼は嘆いていた。
最近の野菜は、形ばかり整って「力強さ」がない。
土の香り、噛み締めた時の滋味、そういった野生味が失われている。
「わしが求めているのは、魂を揺さぶるような根菜なんや……」
気晴らしに、若手の弟子に教わったフリマアプリを眺めていた、その時だった。
新着一覧に、異質なサムネイルが流れてきた。
「……ん?」
ジップロックに詰められた、白い塊。
素人が撮ったであろう、飾り気のない写真。
だが、ゲンの目は釘付けになった。
「なんだ、この大根は……」
写真越しでも分かる。
この瑞々しさ。断面の繊維の密度。
そして何より、白磁のように発光しているかのような艶。
「『訳あり』……? 『育ちすぎた』だと……?」
料理人の直感が告げている。
これは、ただの巨大野菜ではない。
生産者が持て余すほどの、規格外の生命力を持った「怪物」だと。
「……賭けてみるか」
ゲンは震える指で、購入ボタンを押した。
◇
数日後。
料亭『華月』に、宅急便コンパクトが届いた。
「親方、届きましたよ。ネットで買った野菜なんて、大丈夫なんですか?」
弟子が怪訝そうに箱を渡す。
ゲンは無言で箱を開封した。
カッ……!
箱を開けた瞬間、調理場の空気が変わった。
濃厚な土の香りと、甘い芳香が漂う。
「こ、これは……!」
袋から取り出した大根のブロックは、宝石のように輝いていた。
ゲンは愛用の柳刃包丁を手に取った。
まな板に置き、刃を入れる。
スッ……
「!? 抵抗がない……!」
驚愕した。
これほどの厚みがあるのに、まるで豆腐のように刃が吸い込まれていく。
それでいて、身崩れしないしっかりとした繊維感がある。
ゲンは薄く切った一片を、生のまま口に運んだ。
シャクッ。
「…………ッ!!」
言葉を失った。
噛んだ瞬間、口の中に溢れるジュース。
梨のような爽やかな甘みと、大根特有のほろ苦さが、絶妙なバランスで駆け抜ける。
「あ、ありえん……!」
ゲンは膝から崩れ落ちた。
「出汁などいらん! これだけで料理として完成しておる! 調味料を使うことすら、この素材への冒涜に思える……!」
「お、親方!?」
「わしの料理人生50年……今日、覆されたわ……」
老舗の板長が、涙を流して大根を拝んでいる。
弟子たちは顔を見合わせた。
その夜。『華月』の常連客たちは、突き出しに出された「大根の煮物(味付けは水のみ)」を食べて絶句し、その噂は瞬く間にグルメ界を席巻することになる。
◇
ピロリン♪
佐伯のスマホに通知が届いた。
【良い評価がつきました】
コメント:『生産者様に敬意を表します。この大根は神の領域です。ぜひ定期購入させてください。言い値で買います』
「お、高評価だ。プロの料理人かな?」
佐伯は満足げに頷いた。
自分の作った野菜が認められるのは嬉しいものだ。
「野菜作り、楽しいな。もっと大量に作りたいけど、地上の畑はいっぱいだしなぁ……」
需要はある。生産能力を上げたい。
だが、土地には限りがある。
佐伯は視線を落とし、足元の地面を見つめた。
「……そうだ」
名案が浮かんだ。
「この下。水抜きした『地下倉庫(元・地底湖)』。あそこなら広大なスペースがある」
『えっ? 地下で農業ですか? 太陽の光が届きませんよ?』
たまちゃんが首を傾げる。
だが、佐伯はニヤリと笑った。
「太陽がなけりゃ、作ればいいんだよ。電気の力でな」
佐伯はPCを開き、Amazonで検索をかけた。
キーワードは『植物育成ライト LED 業務用』。
「地下を『植物工場』に改装する。これで季節関係なく量産できるぞ」
異世界のダンジョンに、怪しい紫色の光が灯る時が近づいていた。




