第37話:巨大野菜の味と、身体強化。〜サラダ(おでん)を食べただけでレベルアップ〜
庭の洗い場に、ズシンと横たわる白い巨塔。
先ほどユンボで収穫した、全長3メートルの巨大大根だ。
「さて、捌くか。さすがにこの太さじゃ、出刃包丁もノコギリも通らん」
俺は納屋から、昨日メンテナンスしておいた『アレ』を持ってきた。
エンジン式チェーンソー。
ただし、今回は刃とガイドバーを新品に交換し、潤滑オイルも「食品機械用(植物油)」に入れ替えてある。衛生面もバッチリだ。
「いっくぞー」
俺はスターターロープを引いた。
ブイイイイイイイィィィン!!!!
静かな夕暮れに、けたたましい爆音が響く。
俺は回転する刃を、大根の胴体に押し当てた。
ズバババババババッ!!!!
木を切る時とは違う、瑞々しい破砕音が響く。
刃が食い込んだ瞬間、切断面から大量の水分が噴き出した。
「うおっ、汁がすごい!」
プシャアァァッ!
まるで水道管が破裂したかのような勢いで、透明な大根の汁が飛び散る。
夕日に反射して、庭に綺麗な虹が架かった。
「聖なる巨木が……虹を撒き散らしながら輪切りにされていく……!」
「なんと濃密なマナ水じゃ! これを浴びるだけで肌が若返りそうじゃわい」
アリシアとマギさんが、降り注ぐ大根汁(聖水)を浴びてうっとりしている。
俺は気にせず、厚さ10センチの輪切りを量産していった。
◇
次は煮込みだ。
当然、普通の鍋には入らない。
「こいつを使うか」
俺が用意したのは、BBQ用に買っておいた『半切りドラム缶』だ。
綺麗に洗って、U字溝で作った即席カマドの上にセットする。
「水は井戸水。出汁は……この前の残りを冷凍しといたやつだ」
ドボドボと注ぎ込んだのは、先日に作った「水龍の蒲焼き」の時に出たアラで取った濃厚スープ。
そこに昆布と鰹節、そして市販の『おでんの素』を投入する。
隠し味はオイスターソースだ。
「具材は、大根と……こいつも入れるか」
同じく巨大化してしまったコンニャク(スライムではない、芋から作ったやつ)と、巨大ゆで卵(コッコトリスという魔物の卵)も放り込む。
グツグツグツ……。
数時間後。
ドラム缶からは、暴力的なまでに食欲をそそる香りが立ち上っていた。
大根は透き通るような飴色に染まり、箸……いや、トングで掴むと崩れそうなほど柔らかくなっている。
「よし、完成だ。今日は庭で食うぞ」
◇
俺たちはドラム缶を囲んで、テーブルについた。
熱々のおでんを取り分ける。
「辛子をつけて食うのが通だぞ。ほら」
俺はアリシアの皿に、風呂桶サイズの大根を乗せた。
「い、いただきます……!」
アリシアが割り箸で大根を割る。
スッ……。
抵抗がない。まるで豆腐のように滑らかに切れた。
湯気と共に、黄金色の出汁がジュワッと溢れ出す。
ハフッ、ハフッ……。
彼女が熱い塊を口に放り込む。
「んんっ!? ……あ、甘いっ!!」
アリシアが目を見開いた。
「噛む必要がありません! 舌の上でトロトロに溶けていきます! 大地の甘みと、水龍のコクが、口の中で爆発しています!」
「味染みてるな。成功だ」
俺も一切れ頬張る。
うん、美味い。肥料が効きすぎたせいか、野菜の味がめちゃくちゃ濃い。
その時だった。
ドクンッ!!
アリシアの体が、ビクンと跳ねた。
ジャージ越しでも分かるほど、全身の筋肉が脈打っている。
「な、なんです!? 体の奥から……灼熱の力が湧いてきます! 抑えきれません!」
「落ち着け。栄養がありすぎるだけだ」
アリシアが次の具を取ろうとして、割り箸に力を入れた瞬間。
バキィッ!!
「あ」
割り箸が粉砕された。
それだけではない。持っていた茶碗にも、ピキピキとヒビが入っていく。
「握力が……制御できません! 指先が万力になったようです!」
「おいおい、食器を壊すなよ。ゴリラか」
どうやらSTR(筋力)がカンストしたらしい。
恐るべき8-8-8肥料の効果だ。
◇
一方、向かいのマギさん(老婆姿)も、ハフハフと大根を食べていた。
「ふごふご……。柔らかいのぉ。歯がなくても食えるわい」
彼女は皿に残ったスープまで、ズズーッと飲み干した。
「ぷはぁ。……おお? なんだか体が熱いのう」
ボムッ!!
突然、マギさんの体から白い湯気(魔力光)が噴き出した。
「わっ、婆ちゃん大丈夫か!?」
俺が覗き込むと、光の中から一人の女性が現れた。
シワだらけだった肌は白磁のように輝き、曲がっていた腰はスラリと伸び、白髪は艶やかな金髪に変わっている。
見た目年齢、20代。
とんでもない絶世の美女エルフだ。
「……誰?」
「おお……! 魔力回路が完全修復された! 細胞が活性化しておる!」
美女が、鈴を転がすような美声で叫んだ。
「主よ! これがわしの全盛期の姿じゃ! どうじゃ、惚れ直したか?」
「へー、昔は美人だったんだな。加工アプリ(詐欺写真)みたいだ」
「感想が薄い!」
マギさんが頬を膨らませる。
どうやら、高濃度のマナと栄養を摂取したことで、一時的に若返った(アンチエイジング)らしい。
まあ、消化されれば元に戻るだろう。
「ポチはどうだ?」
「わんっ!(おかわり!)」
ポチは大根を丸呑みにしていた。
一瞬、体が巨大化しかけたが、俺が頭を撫でると「へへっ」と舌を出して元の柴犬に戻った。
毛並みがプラチナのように輝いている。トリミング直後より綺麗だ。
「俺は……なんともないな」
俺も大根を食べてみたが、普通に美味しいだけだ。
多少、肩こりが治った気がする程度か。
『マスターは既にステータスがオーバーフロー(測定不能)してますから、誤差の範囲ですね』
たまちゃんが画面の隅で冷静に分析していた。
「まあ、食物繊維たっぷりだからな。明日は快便間違いなしだ」
◇
食後。
俺たちは満腹で動けなくなっていた。
だが、問題が一つ。
目の前のドラム缶には、まだ8割近くのおでんが残っている。
さらに、収穫した巨大大根はあと2本残っているのだ。
「作りすぎたな……。これじゃ明日も明後日もおでんだぞ」
「私は構いません! 毎日でも!」
「わしもじゃ! このまま若さを保ちたい!」
二人は乗り気だが、さすがに飽きる。
冷蔵庫にも入らないし、腐らせるのは農家(家庭菜園)の恥だ。
「配るか」
俺は閃いた。
「下流の村の人たちに、お裾分けしてこよう。前に野菜もらったし、そのお返しだ」
「なるほど。神の恵みを下々の者へ……慈悲深いです、社長」




