第36話:野菜が育ちすぎたので、重機で収穫した。〜大根を引き抜くユンボの勇姿〜
目の前には、空を覆うほどの巨大な葉。
その根元には、太さがドラム缶ほどもある大根の頭(首)が、地面から突き出している。
「……無理だろこれ」
俺は腕組みをして、巨大野菜を見上げた。
先ほど俺の腕力(それなりに自信あり)で引っ張ってみたが、ビクともしなかった。岩盤に埋まっているかのようだ。
「社長、私が試してもよろしいでしょうか?」
ジャージ姿のアリシアが進み出る。
彼女は昨晩、水龍の蒲焼きを食べてステータスが大幅に強化されているはずだ。
「ああ、頼む。ギックリ腰には気をつけろよ」
「御意! ……ふんっ!」
アリシアが大根の太い茎を抱え込み、腰を落とした。
全身の筋肉が躍動し、ジャージがパツパツに張り詰める。
「ぬんっ!! ……ぐ、ぐぐぐぐっ!」
地面がメリメリと音を立てる。
だが、大根は抜けない。それどころか、周囲の地面ごと持ち上がりそうな勢いだ。
「はぁ、はぁ……! だ、ダメです! 抜けません!」
アリシアが肩で息をして手を離した。
「根が……地球そのものと繋がっているようです! これは植物ではありません、大地の楔です!」
「楔かよ。厄介な育ち方しやがって」
マギさんが杖で地面を突きながら解説する。
「根が地脈に食い込んでおるのじゃ。マナを吸い尽くすまで、この地から離れぬつもりじゃろう」
「寄生植物か。……まあ、そうなるよな。魔法と化学肥料の過剰摂取だもんな」
人力では不可能。
ならば、答えは一つだ。
「よし、機械の出番だ」
俺は納屋へと向かった。
◇
キャタタタタタタ……
ドッドッドッドッ……
重厚な走行音と、ディーゼルエンジンの鼓動が庭に響く。
俺が乗ってきたのは、第1話でダンジョンコアを掘り起こした相棒、『小型ユンボ(3トンクラス)』だ。
黄色いボディに、黒いアーム。
農作業にはオーバースペックに見えるが、相手がドラム缶サイズなら丁度いい。
「出た……! 社長の愛馬『鉄の爪』!」
アリシアが戦慄する。
「まさか、農作業に攻城兵器を投入するとは……! 城門を破壊する気ですか!?」
「大根抜くだけだよ」
俺はユンボを大根の近くに停め、運転席から降りた。
手には、緑色の丈夫なベルトを持っている。
『ナイロンスリング(吊りベルト)』だ。
「玉掛けするぞ」
俺は大根の葉の付け根、くびれている部分にスリングを回し、ギュッと締め付けた。
その端を、ユンボのバケットフックに引っ掛ける。
「よし、玉掛け完了。二人とも離れてろよ。引っこ抜けた時、土が飛ぶからな」
安全確認(指差呼称)をして、俺は再び運転席に座った。
レバーを握る。
「上げるぞー。ピーッ(合図)」
◇
ブーム操作レバーを、ゆっくりと手前に引く。
油圧シリンダーが伸び、アームが持ち上がる。
スリングがピンと張り詰めた。
ミシミシ……メリメリメリ……!
地面に亀裂が走り、不穏な音が響く。
だが、まだ抜けない。
「おっと」
ユンボの車体後部が、フワリと浮き上がった。
大根の抵抗力が、機体の重量バランス(カウンターウェイト)を超えそうになっているのだ。
「粘るな。根っこが深い。……出力上げるか」
俺はアクセルダイヤルを回し、エンジンの回転数を上げた。
ブオオオオオオオン!!!!
排気ガスが吹き上がる。
油圧のパワーが最大になる。
「抜けろッ!」
俺は機体の踏ん張りを信じて、レバーを倒し込んだ。
その時だった。
キィィィィィィィィィィィィィッ!!!!
耳をつんざくような、甲高い音が響き渡った。
根と土が擦れる音か? それとも根が切れる音か?
黒板を爪で引っ掻いたような、不快な高周波音だ。
「ひぃぃぃっ!?」
マギさんが顔色を変えて耳を塞ぎ、地面に伏せた。
「『マンドラゴラの悲鳴』じゃ! 聞いた者は死ぬぞ! 耳を塞げぇぇ!」
「えっ、死ぬんですか!?」
アリシアも慌てて耳を塞ぐ。
「ん? なんか変な音したな。ベルトが擦れたか?」
運転席の中にいる俺には、エンジンの音であまりよく聞こえなかった。
気にせずアームを引き上げる。
ズズズ……ボフンッ!!
ついに、大根が観念した。
大量の土砂と共に、白い巨体が宙に舞う。
「よし、収穫!」
◇
ユンボのアームの先に、それはぶら下がっていた。
全長3メートル。
真っ白で、ツヤツヤとした肌。
そして、なぜか淡い光を放っている。
「デカいなー。これ一本で冬越せるぞ」
俺は満足げに頷いた。
一方、地面に伏せていた二人が、恐る恐る顔を上げる。
「し、死んでない……? マンドラゴラの即死攻撃を耐えきったのか……?」
「社長の覇気が、死の呪いを無効化したのです……! さすが魔王……!」
二人はフラフラと立ち上がり、吊り上げられた大根を見上げた。
「こ、これが大根……? 神殿の柱ではありませんか?」
「とんでもないマナ濃度じゃ。これを食えば、死人も生き返るぞ……」
マギさんがゴクリと喉を鳴らす。
確かに、美味そうだ。
肥料と魔法をたっぷり吸って育った大根。味も期待できる。
「さて、どうやって食うかだな」
俺はユンボを旋回させ、大根を吊ったまま、庭の洗い場(流し台)まで移動した。
ズシン、と下ろす。
まな板代わりのコンパネからはみ出している。
「包丁じゃ切れないしな」
俺は納屋に戻り、昨日使ったばかりの『アレ』を手に取った。
しっかりと洗って、食品用オイルを差しておいた相棒だ。
「おでんにするか」
俺はエンジンチェーンソーのスターターを引いた。
ブイイイイイィィン!!
爆音が響く。
アリシアが目を輝かせた。
「またあの『魔剣』の出番ですね! 今度は食材の解体ですか!」
「輪切りにして煮込むぞ。今日は大鍋大会だ」
巨大野菜で作るおでん。
それが食べた者の身体能力を著しく向上させ、マギさんを一時的に全盛期の姿(美女)に戻すことになるのだが――それはまた、煮込み終わってからの話だ。




