第33話:泥抜きしたら、伝説の蒲焼きができた。〜実家の井戸水(聖水)で臭み消し〜
地下倉庫の水抜きによって捕獲された、全長50メートルの巨大生物(水龍リヴァイアサン)。
ユンボで吊り下げられたそれは、泥まみれで暴れていた。
「さて、コイツをどうするかだが……」
俺は庭を見渡した。
このサイズの魚(?)を入れる容器なんて、一般家庭にはない。
タライじゃ小さすぎるし、風呂場に入れたら家が壊れる。
「作るか。即席の生簀を」
俺は納屋から資材を引っ張り出した。
以前、ビバホームで大量買いしておいた『単管パイプ』と『ブルーシート(#3000・厚手)』だ。
カン、カン、カン!
手際よくパイプを組み、クランプで固定して巨大な四角い枠を作る。
その内側にブルーシートを二重に張り巡らせれば、簡易プールの完成だ。
「よし。とりあえずここに入ってろ」
俺はユンボのアームを操作し、観念してダラリと垂れ下がった巨体を、プールの中へドボンと落とした。
「グオオッ……(狭い! 尾が曲がらぬ! 屈辱だ!)」
水龍が窮屈そうに身をよじる。
その様子を見たアリシアが、ゴクリと唾を飲んだ。
「『青き結界の牢獄』……! 物理的にも魔術的にも空間を遮断する、最強の封印布! これでは空間転移でも逃げられませんね」
「ブルーシートだからな。水漏れはしないはずだ」
◇
「次は水張りだ。泥を吐かせなきゃ食えたもんじゃない」
川魚やウナギは、綺麗な水で数日飼って泥を抜くのが基本だ。
俺は庭にある井戸の蛇口にホースを繋いだ。
「水は実家の井戸水でいいか。地下水脈から引いてるから冷たくて美味いんだよな、これ」
蛇口をひねる。
ホースの先から、透明な水が勢いよくプールへ注がれる。
ジュワァァァァ…………
水が龍の体に触れた瞬間、焼け石に水をかけたような音がした。
「グアァァァッ!? あ、熱い!? ……いや、違う!」
水龍が身悶えする。
佐伯家の井戸水。それは、ダンジョンの深層で濾過され、高濃度のマナを含んだ「超高純度聖水」そのものだった。
長年、澱んだ地底湖のヘドロの中で暮らしていた龍にとって、その清浄さは劇薬に近い。
『痛い……いや、気持ちいい……? 我が鱗の隙間に入り込んだ穢れが……魂の毒素が、洗い流されていく……!』
龍の体表から、ドス黒い汚れが溶け出し、水が瞬く間に濁っていく。
俺はポンプを使って水を循環させ、常に新鮮な井戸水を注ぎ続けた。
――そして、三日後。
「お、随分と綺麗になったな」
俺はプールを覗き込んで感心した。
あれだけドス黒かった龍の鱗が、今は透き通るような「黄金色」に輝いている。
目つきも、以前のような凶悪さは消え、どこか解脱したような穏やかな表情(?)になっていた。
『……あぁ、我は生まれ変わった。もう泥には戻りたくない。この清らかな水の中で、ただ食材として昇華されたい……』
完全に成仏する準備ができているようだ。
「よし、泥抜き完了。……食うぞ」
◇
調理開始。
俺は庭にコンパネ(合板)を敷き、そこを「まな板」にした。
その上に、大人しくなった黄金の龍を横たえる。
「包丁じゃ刃が通らんな。鱗が硬すぎる」
出刃包丁を当ててみたが、カチンと弾かれた。
まあ、予想通りだ。
「これを使うか」
俺が取り出したのは、愛用の『エンジンチェーンソー』。
ただし、今回は調理用だ。チェーンオイルは、ホームセンターで買った「食品機械用オイル(植物性)」に入れ替えてある。
「まずは目打ちだ」
ウナギを捌くには、頭をまな板に固定しなければならない。
俺は『単管パイプ用の鉄杭(60センチ)』と、大ハンマーを用意した。
「じっとしてろよ」
龍の眉間に杭を当て、ハンマーを振り下ろす。
ガォン!!
一撃で杭が地面まで貫通し、巨体が固定された。
龍は「感謝……」と言い残して絶命した(ように見えた)。
「よし。背開きにするぞ」
俺はチェーンソーのスターターを引いた。
ブイイイイイィィン!!
爆音が鳴り響く。
「いっくぞー」
俺は回転する刃を、龍の背中に押し当てた。
ギャリギャリギャリギャリッ!!!!
肉を断つ音とは思えない、豪快な切断音が響く。
だが、切れ味は抜群だ。
硬い鱗ごと、身がスパッと切り開かれていく。
「おー、いい脂が乗ってる。霜降りだ」
チェーンソーを走らせるたびに、美しい白身が現れる。
その様子を見ていたアリシアが、呆然と呟いた。
「見事な剣筋……! 龍の硬い皮を、皮一枚残して切り分けるとは! これは解体ではない、芸術です!」
◇
解体が終わったら、次は焼きだ。
普通のコンロには乗らないので、庭にU字溝(側溝のコンクリ)を並べて、即席のBBQコンロを作った。
燃料は、以前イフリートからドロップした「消えない炭」だ。火力が違う。
「まずは白焼きにする」
巨大な切り身を網に乗せる。
ジュウウウゥゥ……!
脂が炭に落ちて、香ばしい煙が立ち上る。
「一度蒸してから、タレをつけて焼く。関東風だな」
蒸し器がないので、アルミホイルで包んで蒸し焼きにした後、いよいよ仕上げだ。
俺はバケツに入った「秘伝のタレ」を用意した。
醤油、みりん、酒、砂糖を煮詰めた、日本人なら抗えない魔性の液体だ。
俺は塗装用のローラーハケをタレに浸し、肉の表面にたっぷりと塗りたくった。
「そらよッ!」
タレのついた肉を、再び炭火の上へ。
ジュワァァァァァッ!!!!
瞬間、爆発的な香りが庭中に――いや、山全体に拡散した。
醤油と砂糖が焦げる、あの甘辛く、香ばしい匂い。
理性を消し飛ばす、食欲の暴力。
「わんわんわん!!(我慢できない! よこせ!)」
ポチが鎖を引きちぎらんばかりに暴れている。
たまちゃんも画面の中でヨダレを垂らしている。
『この匂いは……精神干渉魔法です……! 嗅ぐだけで脳が幸福感で満たされていく……!』
「よし、焼き上がりだ!」
俺は焼き上がった黄金色の蒲焼きを、炊きたてのご飯(丼ぶり)の上に乗せた。
特大うな丼の完成だ。
「山椒を振って……いただきます」
◇
俺たちは縁側に並んで座り、丼にかぶりついた。
「はむっ……」
アリシアが一口食べた瞬間、動きを止めた。
「!! ……んんっ……!」
目を見開き、震えている。
「表面はパリッと香ばしく、身は雪のようにふわふわと溶ける……! 泥臭さは微塵もない!」
「そしてこの濃厚な黒いタレ……! 脂の甘味と絡み合って……ご飯が! ご飯が止まりません!」
彼女は猛烈な勢いでかきこみ始めた。
食べた瞬間、彼女の全身がカッと発光する。
水龍の生命力を直接取り込んだことで、魔力回路が拡張され、肌がピカピカに輝き出したのだ。
「うん、美味い。やっぱり天然物は脂がしつこくなくて良いな」
俺も満足げに箸を進めた。
労働(水抜き)の後の飯は最高だ。精がつく。
午後の作業も捗りそうだ。
――その時だった。
風に乗って流れる蒲焼きの匂い。
それに釣られて、裏山の入り口に人影が現れた。
ボロボロのローブを纏った、小柄な老婆だ。
杖をつき、ふらふらと歩いてくる。
「くんくん……」
老婆は鼻を動かした。
「なんと芳醇な『生命の香り』じゃ……。この匂いを辿れば……わしの尽きかけた寿命も延びるかもしれん……」
彼女こそ、異世界最高峰の知識を持つ大賢者――その成れの果てである。
だが、今の俺には「お腹を空かせた徘徊老人」にしか見えなかった。




