表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/76

第32話:動画配信『池の水を全部抜く』。〜映り込んだ「ヌシ」がデカすぎる〜

 地下倉庫に響く、重低音。

 ブゥゥゥン……ズゴゴゴゴゴ……


 業務用ポンプ『ツルミ』の威力は絶大だった。

 設置から数時間。あれだけ満々と水を湛えていた地底湖の水位は、みるみるうちに下がっていった。


「暇だな」


 俺はパイプ椅子に座り、コーヒーを啜りながらその様子を眺めていた。

 水抜きというのは、待つのが仕事だ。

 だが、ただ待っているのも退屈だ。


「そうだ、たま。せっかくだし配信でもするか?」

『えっ、ライブ配信ですか? いいですね! この歴史的瞬間の記録係、お任せください!』


 たまちゃんが画面の中で張り切る。

 俺は『マキタ 充電式スタンドライト』を設置し、暗い地下空間を煌々と照らし出した。

 スマホを三脚に固定する。


 タイトルは……そうだな、あの番組のパロディでいいか。


 【DIY】地下の池の水ぜんぶ抜いてみた(ライブ配信)


 タグ:#排水 #掃除 #巨大生物?


「よし、配信開始」


 俺はスタートボタンをタップした。


          ◇


『あ、どうも。現場監督です』


 俺はカメラに向かって軽く手を上げた。顔はいつものタオル巻きスタイルだ。


『今日はですね、家の地下倉庫が湿気てしょうがないんで、原因になってる池の水を抜いてます』


 カメラをパンして、水面を映す。

 水位が下がり、今まで見えなかった湖底が露わになりつつあった。


 そこは、泥の海だった。

 分厚いヘドロの中に、何やら人工物のような残骸が埋まっている。

 古代の石柱や、朽ち果てた木箱、錆びついた剣のようなもの。


『うわ、汚いですねー。ゴミだらけです』


 俺は顔をしかめた。


『あそこに見える金色の箱……宝箱ですかね? 誰ですか、こんな所に不法投棄したのは。マナーが悪いですね』


 コメント欄が、少しずつ流れ始めた。

 前回の動画の影響で、通知を受け取った視聴者が集まってきているのだ。


『うおっ、ライブ来た!』

『今度は水抜きかよw テレ東かよw』

『セット凝りすぎだろ。あの柱、ギリシャ建築? 質感リアルだなー』

『不法投棄された宝箱ワロタ。中身金貨とか入ってそう』


 視聴者は、これを「凝ったセットのエンタメ動画」だと思って楽しんでいるようだ。

 まあ、それでいい。


          ◇


 さらに一時間が経過した。

 水はほとんど抜けきり、底には膝下くらいの深さの泥水が残るのみとなった。


『そろそろ底ですね。魚とかいるかな……』


 俺がカメラを持って、泥の岸辺に近づいた、その時だった。


 バシャバシャバシャッ!!!!


 泥の海が、激しく波打った。

 小さな波ではない。津波のような泥飛沫が上がり、天井の鍾乳石を濡らす。


『うおっ!?』


 俺はとっさに身構えた。

 泥の中から、巨大な「影」がのたうち回っている。


 長い胴体。青く光る鱗。背中には鋭いヒレ。

 全長は……50メートルはあるだろうか。


「グオオオオオオオオッ!!!!」


 洞窟内に、鼓膜を震わせる咆哮が響き渡った。

 伝説の海竜、「リヴァイアサン」だ。

 本来なら深海を優雅に泳ぐはずの王者が、水のない泥沼で、ビチビチと無様に跳ね回っている。


「……なんか出たな」


 俺は冷静にコメントした。


「デカいですね。ウナギか? ナマズか? 外来種っぽい顔してますね」


          ◇


 その映像が流れた瞬間、コメント欄が爆発した。


『!?!?!?』

『は? デカすぎんだろwww』

『これCG? それともアニマトロニクス(ロボット)?』

『動きがヌルヌルすぎる。最新の物理演算エンジンか?』

『ウナギにしてはヒレがあるぞw リュウグウノツカイか?』


 一般視聴者が盛り上がる一方で、世界の裏側でこの配信を見ていた「本職」の人々は、顔面蒼白になっていた。


『(震え声)……あれはリヴァイアサンだ。水属性の頂点に立つ魔獣だ……』

『水がないから窒息しかけてる……。神を……泥まみれにして晒し者にしているのか……!?』

『この配信者、自分が何を撮影しているのか分かっているのか!?』


          ◇


 リヴァイアサンはパニック状態だった。


『水は!? 我が聖域の水はどこだ!? なぜ泥しかない!?』

『息が……エラが乾く……! 貴様か! そこにいる人間、貴様が水を奪ったのか!』


 暗闇の中で、トラックのタイヤほどもある巨大な目が、ギョロリと俺を睨んだ。

 殺気と共に、口から高圧の泥水を吐き出してくる。


 ブシュァァァッ!!


「うわっ、汚ねえ! 泥を吐くな!」


 俺はとっさに近くの重機に飛び乗った。

 地下での作業用に持ってきておいた、『小型ユンボ(3tクラス)』だ。

 泥ブレスがフロントガラスに当たるが、強化ガラス(と俺のスキル)の前では、ただの汚れに過ぎない。


「暴れると危ないな。捕まえるか」


 俺はエンジンを吹かした。

 グオオオン!

 アームを操作し、先端のバケット(ハサミ仕様)を開く。


『なんだその鉄の爪は!? 我に触れようなどと……ギャッ!?』


 俺は暴れる龍の動きを見切り、その首根っこ(エラの後ろあたり)を、バケットとアームでガッチリと挟み込んだ。


 ガシィッ!!


「よし、確保」


 そのままブームを上げる。

 全長50メートルの巨大魚が、空中に吊り上げられた。

 ダラダラと泥が滴り落ちる。


『離せ! 離さぬか下等生物! 我は水龍ぞ!』


 龍が空中で身をよじるが、油圧の力で固定されたアームはビクともしない。


「はい、捕獲しましたー」


 俺はカメラに向かって、吊り下げた獲物を見せた。

 画面いっぱいに映る、泥だらけの巨大生物。


「結構肉付きがいいですね。でも、このままじゃ泥臭くて食えそうにないな……」


 俺は顎に手を当てて考えた。

 川魚やウナギは、綺麗な水で数日飼って、体内の泥を吐かせるのが基本だ。


「とりあえず、実家の井戸水で数日飼って『泥抜き』しますか。ウナギと一緒で」


 俺はユンボを操作し、龍を吊り下げたまま出口へと向かった。


「じゃ、作業に戻るんで切ります。高評価とチャンネル登録よろしく」


 プツン。

 配信が終了した。


          ◇


 嵐が去った後のような静寂が、ネット上に広がっていた。


『……今の、なんだったんだ?』

『最後、食うって言った?』

『「ウナギと一緒で」じゃねーよwww サイズ感www』

『来週の動画、絶対バズるぞ。料理回か?』


 世界中の視聴者が、次回の動画を固唾を飲んで待つことになった。

 伝説の魔獣が、ただの「食材」として処理される光景を。


 そして俺は、庭にブルーシートで即席の生簀いけすを作り、そこに井戸水を張り始めた。

 これから始まるのが、世界最高級の食材を生み出す「神の調理」だとは、まだ気づいていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ