第32話:動画配信『池の水を全部抜く』。〜映り込んだ「ヌシ」がデカすぎる〜
地下倉庫に響く、重低音。
ブゥゥゥン……ズゴゴゴゴゴ……
業務用ポンプ『ツルミ』の威力は絶大だった。
設置から数時間。あれだけ満々と水を湛えていた地底湖の水位は、みるみるうちに下がっていった。
「暇だな」
俺はパイプ椅子に座り、コーヒーを啜りながらその様子を眺めていた。
水抜きというのは、待つのが仕事だ。
だが、ただ待っているのも退屈だ。
「そうだ、たま。せっかくだし配信でもするか?」
『えっ、ライブ配信ですか? いいですね! この歴史的瞬間の記録係、お任せください!』
たまちゃんが画面の中で張り切る。
俺は『マキタ 充電式スタンドライト』を設置し、暗い地下空間を煌々と照らし出した。
スマホを三脚に固定する。
タイトルは……そうだな、あの番組のパロディでいいか。
【DIY】地下の池の水ぜんぶ抜いてみた(ライブ配信)
タグ:#排水 #掃除 #巨大生物?
「よし、配信開始」
俺はスタートボタンをタップした。
◇
『あ、どうも。現場監督です』
俺はカメラに向かって軽く手を上げた。顔はいつものタオル巻きスタイルだ。
『今日はですね、家の地下倉庫が湿気てしょうがないんで、原因になってる池の水を抜いてます』
カメラをパンして、水面を映す。
水位が下がり、今まで見えなかった湖底が露わになりつつあった。
そこは、泥の海だった。
分厚いヘドロの中に、何やら人工物のような残骸が埋まっている。
古代の石柱や、朽ち果てた木箱、錆びついた剣のようなもの。
『うわ、汚いですねー。ゴミだらけです』
俺は顔をしかめた。
『あそこに見える金色の箱……宝箱ですかね? 誰ですか、こんな所に不法投棄したのは。マナーが悪いですね』
コメント欄が、少しずつ流れ始めた。
前回の動画の影響で、通知を受け取った視聴者が集まってきているのだ。
『うおっ、ライブ来た!』
『今度は水抜きかよw テレ東かよw』
『セット凝りすぎだろ。あの柱、ギリシャ建築? 質感リアルだなー』
『不法投棄された宝箱ワロタ。中身金貨とか入ってそう』
視聴者は、これを「凝ったセットのエンタメ動画」だと思って楽しんでいるようだ。
まあ、それでいい。
◇
さらに一時間が経過した。
水はほとんど抜けきり、底には膝下くらいの深さの泥水が残るのみとなった。
『そろそろ底ですね。魚とかいるかな……』
俺がカメラを持って、泥の岸辺に近づいた、その時だった。
バシャバシャバシャッ!!!!
泥の海が、激しく波打った。
小さな波ではない。津波のような泥飛沫が上がり、天井の鍾乳石を濡らす。
『うおっ!?』
俺はとっさに身構えた。
泥の中から、巨大な「影」がのたうち回っている。
長い胴体。青く光る鱗。背中には鋭いヒレ。
全長は……50メートルはあるだろうか。
「グオオオオオオオオッ!!!!」
洞窟内に、鼓膜を震わせる咆哮が響き渡った。
伝説の海竜、「リヴァイアサン」だ。
本来なら深海を優雅に泳ぐはずの王者が、水のない泥沼で、ビチビチと無様に跳ね回っている。
「……なんか出たな」
俺は冷静にコメントした。
「デカいですね。ウナギか? ナマズか? 外来種っぽい顔してますね」
◇
その映像が流れた瞬間、コメント欄が爆発した。
『!?!?!?』
『は? デカすぎんだろwww』
『これCG? それともアニマトロニクス(ロボット)?』
『動きがヌルヌルすぎる。最新の物理演算エンジンか?』
『ウナギにしてはヒレがあるぞw リュウグウノツカイか?』
一般視聴者が盛り上がる一方で、世界の裏側でこの配信を見ていた「本職」の人々は、顔面蒼白になっていた。
『(震え声)……あれはリヴァイアサンだ。水属性の頂点に立つ魔獣だ……』
『水がないから窒息しかけてる……。神を……泥まみれにして晒し者にしているのか……!?』
『この配信者、自分が何を撮影しているのか分かっているのか!?』
◇
リヴァイアサンはパニック状態だった。
『水は!? 我が聖域の水はどこだ!? なぜ泥しかない!?』
『息が……エラが乾く……! 貴様か! そこにいる人間、貴様が水を奪ったのか!』
暗闇の中で、トラックのタイヤほどもある巨大な目が、ギョロリと俺を睨んだ。
殺気と共に、口から高圧の泥水を吐き出してくる。
ブシュァァァッ!!
「うわっ、汚ねえ! 泥を吐くな!」
俺はとっさに近くの重機に飛び乗った。
地下での作業用に持ってきておいた、『小型ユンボ(3tクラス)』だ。
泥ブレスがフロントガラスに当たるが、強化ガラス(と俺のスキル)の前では、ただの汚れに過ぎない。
「暴れると危ないな。捕まえるか」
俺はエンジンを吹かした。
グオオオン!
アームを操作し、先端のバケット(ハサミ仕様)を開く。
『なんだその鉄の爪は!? 我に触れようなどと……ギャッ!?』
俺は暴れる龍の動きを見切り、その首根っこ(エラの後ろあたり)を、バケットとアームでガッチリと挟み込んだ。
ガシィッ!!
「よし、確保」
そのままブームを上げる。
全長50メートルの巨大魚が、空中に吊り上げられた。
ダラダラと泥が滴り落ちる。
『離せ! 離さぬか下等生物! 我は水龍ぞ!』
龍が空中で身をよじるが、油圧の力で固定されたアームはビクともしない。
「はい、捕獲しましたー」
俺はカメラに向かって、吊り下げた獲物を見せた。
画面いっぱいに映る、泥だらけの巨大生物。
「結構肉付きがいいですね。でも、このままじゃ泥臭くて食えそうにないな……」
俺は顎に手を当てて考えた。
川魚やウナギは、綺麗な水で数日飼って、体内の泥を吐かせるのが基本だ。
「とりあえず、実家の井戸水で数日飼って『泥抜き』しますか。ウナギと一緒で」
俺はユンボを操作し、龍を吊り下げたまま出口へと向かった。
「じゃ、作業に戻るんで切ります。高評価とチャンネル登録よろしく」
プツン。
配信が終了した。
◇
嵐が去った後のような静寂が、ネット上に広がっていた。
『……今の、なんだったんだ?』
『最後、食うって言った?』
『「ウナギと一緒で」じゃねーよwww サイズ感www』
『来週の動画、絶対バズるぞ。料理回か?』
世界中の視聴者が、次回の動画を固唾を飲んで待つことになった。
伝説の魔獣が、ただの「食材」として処理される光景を。
そして俺は、庭にブルーシートで即席の生簀を作り、そこに井戸水を張り始めた。
これから始まるのが、世界最高級の食材を生み出す「神の調理」だとは、まだ気づいていなかった。




