第31話:地下倉庫がカビ臭いので、水抜きすることにした。〜業務用水中ポンプ(ツルミ製)の威力〜
翌朝。
俺とアリシアは、昨日ホームセンターで爆買いしてきた資材――セメント袋や単管パイプ――を、地下1階の倉庫スペースへと運び込んでいた。
ここは元々、祖父が掘った防空壕のような場所だったが、ダンジョン化したことで空間が拡張され、体育館ほどの広さがある。
ひんやりとしていて、本来なら食品や資材の保管には最適な場所なのだが……。
「……うっ」
階段を降りた瞬間、ムッとした空気が鼻をついた。
「カビ臭いな」
俺は眉をひそめた。
壁のコンクリートが結露して濡れている。以前ここに置いておいた段ボール箱が、湿気を吸ってふにゃふにゃに波打っていた。
「ダメだこりゃ。これじゃセメントが湿気って、使う前に固まっちまう。木材も腐るぞ」
保管環境としては最悪だ。
俺は湿気の発生源である、倉庫の奥へと視線を向けた。
そこには、暗闇に広がる巨大な水面――地底湖があった。
地下水脈から溢れ出た水が溜まり、広大なプールになっているのだ。
「やっぱり、あの水溜まりが原因か。換気が悪いのに水があるから、サウナ状態になってるんだ」
俺が懐中電灯で水面を照らすと、たまちゃんがスマホから警告を発した。
『マスター、あれを「水溜まり」と呼ばないでください。あれは「水龍の聖域」です』
「聖域?」
『はい。数千年かけて地下水脈から濾過された、純度100%の魔力水が溜まっています。深さは測定不能。迂闊に手を出せば、水圧で潰されますよ』
たまちゃんが脅してくるが、俺にとってはただの「湿気の原因」でしかない。
ボウフラが湧いたらどうするんだ。
「水があるなら、抜けばいい」
俺はニヤリと笑った。
「昨日の買い物で、ちょうどいいヤツを買っておいたんだ」
◇
俺は軽トラの荷台から、厳重に梱包された箱を地下へ運び込んだ。
バリバリとガムテープを剥がし、中身を取り出す。
現れたのは、鮮やかなブルーの塗装が施された、無骨な鉄の円筒形機械。
底面には、何かを吸い込むための網状の穴が開いている。
『ツルミポンプ・一般工事排水用(水中ポンプ)』。
建設現場で泥水を汲み上げるために作られた、プロ仕様のタフな奴だ。
「こいつは凄いぞ。砂利や泥が混じった水でも、ガリガリ噛み砕いて吸い上げる。吐出量は毎分200リットル以上だ」
俺が愛おしそうに鉄の塊を撫でていると、横でアリシアが青ざめた顔をしていた。
「(な、なんと醜悪で、頼もしいフォルム……!)」
彼女の目には、そのポンプが別のモノに見えていた。
「(底に巨大な『口』がついている……。あれを水に沈め、湖そのものを飲み干すというのか? 水を喰らう『暴食の鉄獣』……なんて凶悪な兵器だ!)」
◇
「よし、設置するぞ。アリシア、手伝え」
「は、はい! 猛獣の檻を開けるのですね!」
俺たちはポンプの吐出口に、昨日買った『サクションホース(口径50ミリ)』を取り付けた。
中に硬いワイヤーが入った、青くて太いホースだ。
これをホースバンドでガッチリと固定する。
「排水先がないと逆流するからな」
俺たちは重いホースを引きずり、倉庫から階段を上がり、地上の小川(第8話の川)まで配管を引いた。
総延長50メートル。なかなかの重労働だ。
「電源確保よし。漏電ブレーカーよし」
再び地下へ戻る。
俺はポンプ本体にロープを結びつけると、地底湖の縁に立った。
「行くぞ。……投入!」
俺は20キロある鉄の塊を、勢いよく放り投げた。
ドボォォォンッ!!
重々しい水音が響き、波紋が広がる。
青い機体はブクブクと泡を吐きながら、深淵の底へと沈んでいった。
『ああっ……! 聖域に異物が……! 神聖な湖が汚されていくぅぅ!』
たまちゃんが嘆いているが、無視だ。
俺はドラムコード(延長コード)のリールを伸ばし、コンセントを構えた。
「スイッチ、オン」
プラグを差し込む。
バチッ!
瞬間、水底から重低音が響いてきた。
ブゥゥゥゥゥゥン…………
強力なモーターが唸りを上げる音だ。
そして次の瞬間、手元のホースが「ビクンッ!」と生き物のように跳ねた。
ズゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!
ホースの中を、水が猛烈な勢いで駆け抜けていく音。
その振動が床を伝わってくる。
「おー、吸ってる吸ってる。いい吸い込みだ」
地上に繋がったホースの先からは、今頃、凄まじい勢いで濁流が噴き出していることだろう。
(※案の定、下流の村では「今日は神の水の出が良いぞ!」と村人たちが大騒ぎしてツボを持って走っているのだが、それはまた別の話だ)
◇
最初は変化がなかった水面だが、数分もしないうちに異変が現れた。
ゴボォッ……ゴボッ……。
水面に渦が巻き始めたのだ。
岸辺の岩肌が、徐々に露出し始める。
「お、減ってきたな。さすが業務用、吸引力が違うわ」
「す、凄まじい……! 水面が……恐怖して逃げ出そうとしているようです!」
アリシアが後ずさる。
その光景は、湖の底に開いた大穴に、世界中の水が吸い込まれていくようだった。
「これなら数時間で底が見えるな。……暇だし、動画でも撮るか」
俺はスマホを取り出し、三脚に固定した。
この「水抜き」の様子を定点観測して、倍速再生したら面白い動画になりそうだ。
『マスター、また配信するんですか? 今度は何が映るか分かりませんよ?』
「何って、魚とかゴミだろ。……あ、そういえば」
俺はふと思い出した。
テレビでよくやってる、あの番組。
「『池の水ぜんぶ抜く』企画。あれやってみたかったんだよな」
俺はワクワクしながら、水位が下がるのを眺め続けた。
◇
数時間後。
ポンプは一度も詰まることなく稼働し続け、ついに湖の水はあらかた排水された。
露わになった湖底。
そこには、分厚いヘドロの層と、古代の遺跡のような石柱、そして朽ち果てた宝箱が散乱していた。
「うわ、汚ねえ。ヘドロだらけだ」
俺が顔をしかめた、その時だった。
泥の海の中で、何かが巨大なうねりを上げた。
バシャァァァァン!!
泥飛沫が天井まで届く。
現れたのは、青い鱗に覆われた、長い胴体を持つ生物。
全長は50メートル以上あるだろうか。
「グオオオオオオオオッ!!(水は!? 我が寝床の水はどこだァァ!!)」
巨大な怪物が、水のない泥の上で、ビチビチと跳ね回っていた。
「……ん?」
俺は目をこらした。
「なんかデカい魚が跳ねたな。ウナギか? いや、ヒレがあるな」
暗闇の中で、トラックのタイヤほどもある巨大な「目」が、ギョロリとこちらを向いた。
強烈な殺気が放たれる。
だが、陸に上がった魚に何ができるというのか。
「外来種か? アリゲーターガーにしてはデカいな」
俺は冷静に、「駆除対象」かどうかを判断しようとしていた。
まさかそれが、太古より地下を守護する伝説の「水龍」だとは露知らず。
そして、その姿がライブ配信を通じて全世界に放映されていることにも、まだ気づいていなかった。




