表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/76

第31話:地下倉庫がカビ臭いので、水抜きすることにした。〜業務用水中ポンプ(ツルミ製)の威力〜

 翌朝。

 俺とアリシアは、昨日ホームセンターで爆買いしてきた資材――セメント袋や単管パイプ――を、地下1階の倉庫スペースへと運び込んでいた。


 ここは元々、祖父が掘った防空壕のような場所だったが、ダンジョン化したことで空間が拡張され、体育館ほどの広さがある。

 ひんやりとしていて、本来なら食品や資材の保管には最適な場所なのだが……。


「……うっ」


 階段を降りた瞬間、ムッとした空気が鼻をついた。


「カビ臭いな」


 俺は眉をひそめた。

 壁のコンクリートが結露して濡れている。以前ここに置いておいた段ボール箱が、湿気を吸ってふにゃふにゃに波打っていた。


「ダメだこりゃ。これじゃセメントが湿気って、使う前に固まっちまう。木材も腐るぞ」


 保管環境としては最悪だ。

 俺は湿気の発生源である、倉庫の奥へと視線を向けた。


 そこには、暗闇に広がる巨大な水面――地底湖があった。

 地下水脈から溢れ出た水が溜まり、広大なプールになっているのだ。


「やっぱり、あの水溜まりが原因か。換気が悪いのに水があるから、サウナ状態になってるんだ」


 俺が懐中電灯で水面を照らすと、たまちゃんがスマホから警告を発した。


『マスター、あれを「水溜まり」と呼ばないでください。あれは「水龍の聖域サンクチュアリ」です』

「聖域?」

『はい。数千年かけて地下水脈から濾過された、純度100%の魔力水が溜まっています。深さは測定不能。迂闊に手を出せば、水圧で潰されますよ』


 たまちゃんが脅してくるが、俺にとってはただの「湿気の原因」でしかない。

 ボウフラが湧いたらどうするんだ。


「水があるなら、抜けばいい」


 俺はニヤリと笑った。


「昨日の買い物で、ちょうどいいヤツを買っておいたんだ」


          ◇


 俺は軽トラの荷台から、厳重に梱包された箱を地下へ運び込んだ。

 バリバリとガムテープを剥がし、中身を取り出す。


 現れたのは、鮮やかなブルーの塗装が施された、無骨な鉄の円筒形機械。

 底面には、何かを吸い込むための網状の穴が開いている。


 『ツルミポンプ・一般工事排水用(水中ポンプ)』。


 建設現場で泥水を汲み上げるために作られた、プロ仕様のタフな奴だ。


「こいつは凄いぞ。砂利や泥が混じった水でも、ガリガリ噛み砕いて吸い上げる。吐出量は毎分200リットル以上だ」


 俺が愛おしそうに鉄の塊を撫でていると、横でアリシアが青ざめた顔をしていた。


「(な、なんと醜悪で、頼もしいフォルム……!)」


 彼女の目には、そのポンプが別のモノに見えていた。


「(底に巨大な『口』がついている……。あれを水に沈め、湖そのものを飲み干すというのか? 水を喰らう『暴食の鉄獣アイアン・ビースト』……なんて凶悪な兵器だ!)」


          ◇


「よし、設置するぞ。アリシア、手伝え」

「は、はい! 猛獣の檻を開けるのですね!」


 俺たちはポンプの吐出口に、昨日買った『サクションホース(口径50ミリ)』を取り付けた。

 中に硬いワイヤーが入った、青くて太いホースだ。

 これをホースバンドでガッチリと固定する。


「排水先がないと逆流するからな」


 俺たちは重いホースを引きずり、倉庫から階段を上がり、地上の小川(第8話の川)まで配管を引いた。

 総延長50メートル。なかなかの重労働だ。


「電源確保よし。漏電ブレーカーよし」


 再び地下へ戻る。

 俺はポンプ本体にロープを結びつけると、地底湖の縁に立った。


「行くぞ。……投入!」


 俺は20キロある鉄の塊を、勢いよく放り投げた。


 ドボォォォンッ!!


 重々しい水音が響き、波紋が広がる。

 青い機体はブクブクと泡を吐きながら、深淵の底へと沈んでいった。


『ああっ……! 聖域に異物が……! 神聖な湖が汚されていくぅぅ!』


 たまちゃんが嘆いているが、無視だ。

 俺はドラムコード(延長コード)のリールを伸ばし、コンセントを構えた。


「スイッチ、オン」


 プラグを差し込む。


 バチッ!


 瞬間、水底から重低音が響いてきた。


 ブゥゥゥゥゥゥン…………


 強力なモーターが唸りを上げる音だ。

 そして次の瞬間、手元のホースが「ビクンッ!」と生き物のように跳ねた。


 ズゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!


 ホースの中を、水が猛烈な勢いで駆け抜けていく音。

 その振動が床を伝わってくる。


「おー、吸ってる吸ってる。いい吸い込みだ」


 地上に繋がったホースの先からは、今頃、凄まじい勢いで濁流が噴き出していることだろう。

 (※案の定、下流の村では「今日は神の水の出が良いぞ!」と村人たちが大騒ぎしてツボを持って走っているのだが、それはまた別の話だ)


          ◇


 最初は変化がなかった水面だが、数分もしないうちに異変が現れた。


 ゴボォッ……ゴボッ……。


 水面に渦が巻き始めたのだ。

 岸辺の岩肌が、徐々に露出し始める。


「お、減ってきたな。さすが業務用、吸引力が違うわ」

「す、凄まじい……! 水面が……恐怖して逃げ出そうとしているようです!」


 アリシアが後ずさる。

 その光景は、湖の底に開いた大穴に、世界中の水が吸い込まれていくようだった。


「これなら数時間で底が見えるな。……暇だし、動画でも撮るか」


 俺はスマホを取り出し、三脚に固定した。

 この「水抜き」の様子を定点観測して、倍速再生したら面白い動画になりそうだ。


『マスター、また配信するんですか? 今度は何が映るか分かりませんよ?』

「何って、魚とかゴミだろ。……あ、そういえば」


 俺はふと思い出した。

 テレビでよくやってる、あの番組。


「『池の水ぜんぶ抜く』企画。あれやってみたかったんだよな」


 俺はワクワクしながら、水位が下がるのを眺め続けた。


          ◇


 数時間後。

 ポンプは一度も詰まることなく稼働し続け、ついに湖の水はあらかた排水された。


 露わになった湖底。

 そこには、分厚いヘドロの層と、古代の遺跡のような石柱、そして朽ち果てた宝箱ゴミが散乱していた。


「うわ、汚ねえ。ヘドロだらけだ」


 俺が顔をしかめた、その時だった。


 泥の海の中で、何かが巨大なうねりを上げた。


 バシャァァァァン!!


 泥飛沫が天井まで届く。

 現れたのは、青い鱗に覆われた、長い胴体を持つ生物。

 全長は50メートル以上あるだろうか。


「グオオオオオオオオッ!!(水は!? 我が寝床の水はどこだァァ!!)」


 巨大な怪物が、水のない泥の上で、ビチビチと跳ね回っていた。


「……ん?」


 俺は目をこらした。


「なんかデカい魚が跳ねたな。ウナギか? いや、ヒレがあるな」


 暗闇の中で、トラックのタイヤほどもある巨大な「目」が、ギョロリとこちらを向いた。

 強烈な殺気が放たれる。


 だが、陸に上がった魚に何ができるというのか。


「外来種か? アリゲーターガーにしてはデカいな」


 俺は冷静に、「駆除対象」かどうかを判断しようとしていた。

 まさかそれが、太古より地下を守護する伝説の「水龍リヴァイアサン」だとは露知らず。


 そして、その姿がライブ配信を通じて全世界に放映されていることにも、まだ気づいていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ