第30話:帰還、そして新たな計画へ。〜次は地下の水抜きだ〜
ホームセンターの駐車場。
俺の前には、カート3台分に山積みされた資材があった。
業務用ポンプ2台、極太ホース50メートル、セメント袋、単管パイプ、その他諸々。
「……これ、全部乗るか?」
俺は腕組みをして、愛車(軽トラ)と荷物を見比べた。
体積的に、荷台の容量を遥かにオーバーしている。
「まあ、テトリスだな」
俺は作業用手袋をはめ直した。
まず、重くて平らなセメント袋を底に敷き詰める。重心を低くするためだ。
その上にポンプの箱を置き、隙間にパイプやバールを差し込んでいく。
最後に、かさばるホースのドラムを一番上に乗せる。
結果。
荷台の煽り(あおり)の高さを倍以上超える、資材の塔が完成した。
「よし、ロープ掛けだ」
俺はトラックロープを取り出し、フックにかけた。
手首を返して輪を作り、ギュッと締め上げる。
運送業界の基本スキル、『南京結び(輸送結び)』だ。
これさえできれば、どんな荷物もガッチリ固定できる。
「完了。崩落の心配なし」
見た目は完全に過積載の違法車両だが、タイヤを確認すると――。
「うん、沈んでない」
タイヤは円形を保っている。
風の魔石による常時浮遊効果が、1トン近い重量を相殺しているのだ。
「山が……動いています。この鉄の馬車は、城塞を背負って走る気ですか……?」
アリシアが戦慄している横で、俺は運転席に乗り込んだ。
「帰るぞ。暗くなってきた」
◇
夜の県道。
LEDヘッドライトが闇を切り裂く中、俺たちは帰路についた。
キィィィィン……
ジェット機のような音が響く。
荷物が重い分、車体が地面に押し付けられ、逆に直進安定性が増している気がする。
「重さを感じないな。燃費も悪くない。いい買い物だった」
対向車線を走っていた地元の軽自動車が、すれ違いざまにギョッとした顔をしていた。
彼らの目には、荷台に聳え立つ資材の山と、その頂上で風を受けて仁王立ちする犬が、光るタイヤで爆走していく姿が映ったはずだ。
明日の噂話になるかもしれない。
「ふぅ。着いた着いた」
山道を駆け上がり、実家に到着する頃には、すっかり夜も更けていた。
俺たちは手分けして資材を納屋と倉庫へ搬入した。
「お疲れさん。風呂沸いてるから、入っていいぞ」
「ありがとうございます、社長! 汗を流してまいります!」
アリシアがジャージとタオルを持って脱衣所へ消えていく。
俺はリビングのソファに腰を下ろした。
「さて、と」
俺はポケットから、買ってきたばかりの小箱を取り出した。
『急速充電器(GaN採用・PD100W対応)』。
たまちゃんへの約束の品だ。
「ほら、たま。新しい餌だぞ」
コンセントに充電器を差し、太いケーブルをスマホに接続する。
その瞬間。
バチチチッ!!
スマホの画面が、かつてない輝きを放った。
『ああっ……! すごいですマスター! 奔流です! 極太の魔力(電流)が、私のコアを直接叩いていますぅぅ!』
画面の中で、たまちゃんのアバターが恍惚の表情を浮かべて震えている。
『これまでの充電が「点滴」だとしたら、これは「滝行」です! 回路の隅々まで一瞬で満たされていくぅ……♡ 100Wきもちいいぃぃ!』
「うるさいな。ショートするなよ」
俺は苦笑いした。
まあ、これだけ喜んでくれるなら6000円の価値はあったか。
ふと足元を見ると、ポチが期待に満ちた目で見上げている。
尻尾が床をバンバン叩いている。
「わんっ!(俺のは!? 俺の土産は!?)」
「分かってるよ。お前もホームセンターで大人しくしてたからな」
俺はレジ袋から、銀色のパッケージを取り出した。
ペットコーナーの王様、『ドギーマン 紗・プレーン』。
厳選された鶏ささみを使い、絹のような口当たりを実現した高級オヤツだ。
「ほらよ」
封を切って差し出す。
ポチは目を輝かせて飛びついた。
「ハグッ! ムグムグ……!」
『こ、この柔らかさ……! 噛むほどに溢れる肉汁(グリセリン等)! 以前食わせてもらった「唐揚げの皮」も良かったが、この「紗」こそ至高の宝肉!』
ポチは目を細め、至福の咀嚼音を響かせている。
神話級魔獣としての威厳は、完全にドギーマンに敗北していた。
◇
全員への配給を終え、俺は一息ついた。
だが、仕事はまだ残っている。
買ってきたセメントやポンプの置き場所だ。
「納屋は一杯だし……地下倉庫(ダンジョン浅層)に置くか」
俺は懐中電灯を持って、地下への階段を降りた。
元々防空壕だった場所が、ダンジョン化によって拡張されたスペースだ。
広さは十分あるのだが――。
「うっ……」
降りた瞬間、ムッとした空気が鼻をついた。
カビ臭い。
壁や床が結露して濡れている。以前置いておいた段ボール箱が、ふやけてグズグズになっていた。
「湿気がひどいな。これじゃセメントが湿気って固まっちまう」
俺は奥を見た。
倉庫の突き当たり、洞窟が続いている先に、暗い水面が見える。
巨大な「地底湖」だ。
ここから常に湿った空気が流れてきているのが原因だ。
「あの水溜まり、どうにかしないとな。ボウフラも湧きそうだし」
俺は買ってきたばかりの、青い業務用ポンプを見下ろした。
毎分200リットルを吸い上げるバケモノだ。
「……抜くか。全部」
俺は何気なく呟いた。
某テレビ番組のノリで。
『え?』
充電を終えたたまちゃんが、素っ頓狂な声を上げた。
『あの地底湖をですか? あれ、琵琶湖……とまでは言いませんが、ダム湖くらいの水量はありますよ? しかもあそこは「水龍」の聖域で……』
「水があるなら抜けるだろ。ポンプ2台あるし」
俺は決めた。
湿気は家の敵だ。徹底的に排除する。
「明日は早起きして、配管作業だ」
俺はポンプを運び込みながら、明日の工程を頭の中で組み立てた。
◇
一方、その頃。
地下倉庫のさらに奥深く。
光の届かない地底湖の底で、巨大な影が蠢いていた。
ゴボリ……
水面から泡が昇る。
暗闇の中で、トラックほどもある巨大な「目」が、ギョロリと開いた。
『……何者だ。我が聖域に土足で踏み入ろうとする気配は……』
水龍。
太古の昔からこの地下水脈を支配する、伝説のヌシ。
彼はまだ知らない。
明日、自分の寝床(水)が、日本の土木機械によって根こそぎ奪われる運命にあることを。
そして、その後に待ち受ける運命が、「泥抜き」と「蒲焼き」であることを。




