第29話:業務用水中ポンプを買いに来ただけなのに、伝説の武器商人だと勘違いされた。
巨大ホームセンター『スーパービバホーム』。
その中でも、一般客があまり足を踏み入れないディープなエリアがある。
「資材館」だ。
天井まで積み上げられた材木、漂う接着剤とオイルの匂い、そして飛び交うフォークリフト。
ここはプロの職人たちが戦うための武器庫である。
「うおぉ……。空気が違います、社長」
アリシアがごくりと喉を鳴らした。
彼女は周囲をキョロキョロと見回し、陳列された鉄パイプや巨大な工具に圧倒されている。
「ここにある鉄塊(資材)の一つ一つから、職人たちの魂を感じます……。ここは王立兵器廠ですか?」
「似たようなもんだな。さて、今日のメインディッシュを探すか」
俺は迷わず、店舗の奥深くにある「配管・ポンプコーナー」へと向かった。
◇
棚には、大小様々なポンプが並んでいる。
お風呂の残り湯を洗濯機に移すような家庭用から、井戸用、そして工事現場用まで。
「地下倉庫の水抜きだ。家庭用じゃ日が暮れる」
俺は腕組みをしてスペック表を睨んだ。
相手は地底湖だ。水量は未知数。しかも、長年放置されていたから泥やヘドロも溜まっているだろう。
「普通のポンプじゃ泥で詰まるな。……となると、泥水も吸える『サンドポンプ』か、異物通過径の大きい『汚物用水中ポンプ』か」
俺は青い塗装が施された、無骨な鉄の円筒を手に取った。
ずっしりと重い。20キロはあるだろうか。
「揚程(水を持ち上げる高さ)は20メートルは欲しい。吐出量は毎分200リットル……。こいつならいけるか?」
俺が真剣な顔で鉄の塊を撫で回している横で、アリシアが震え上がっていた。
「(あ、あの無骨な鉄の筒……。底に巨大な『口』がついている……!)」
「(あれを水に沈め、根こそぎ飲み干すというのか? 湖を干上がらせ、水棲生物を死滅させる『渇きの魔獣』……なんて凶悪な兵器だ!)」
◇
「お客さん、現場(仕事)用かい?」
声をかけられた。
振り返ると、作業着を着た白髪の店員(爺さん)が立っていた。
目つきが鋭い。ただのパートではない。現場を知っている「元・職人」の目だ。
「ええ。ちょっと地下の溜まり水を抜きたくて」
「深さは?」
「水面まで5メートル、底までは未知数ですが、揚程20メートルは見ておきたいですね。泥も混じります」
「ほう……」
爺さんはニヤリと笑った。
「分かってるね。なら、その家庭用じゃパワー不足だ。こっちにしな」
爺さんが指差したのは、棚の一番下。
業務用のオーラを放つ、さらにゴツイ青いポンプだった。
「『ツルミ(鶴見製作所)のLBTシリーズ』だ。インペラ(羽根車)が鋳物じゃなくてウレタンゴムだから、砂利を噛んでも摩耗しにくい。最強だぞ」
「ツルミか……! 名機ですね」
俺は頷いた。土木工事の現場で「ツルミのポンプ」と言えば、絶対の信頼性を誇るブランドだ。
「ただし、こいつは三相200Vだ。電源はいけるか?」
「発電機持ってるんで大丈夫です」
「よし、なら決まりだ」
俺と店員の間で、専門用語が飛び交う。
だが、この会話を少し離れた場所で盗み聞きしている者たちがいた。
◇
資材の影に隠れた、スーツ姿の男たち。
彼らは、世界中の闇オークションで噂になっている「出品者KENTO」の正体を探るバイヤーや、各国の情報屋だ。
「この辺りのホームセンターに、異常な魔導具を買い漁る男が現れる」というタレコミを聞きつけ、張り込んでいたのだ。
「おい、聞いたか? 『ヨウテイ(揚程)20メートル』……水を天まで逆流させる気か?」
「『インペラ』……『ウレタンゴム』……。聞いたことのない素材だ。最新の軍事技術か?」
「『ツルミ』……東洋の水神の名か? 神の名を冠する兵器を、あんな軽々しく……!」
彼らは戦慄した。
そして、佐伯の姿を見てさらに確信を深める。
「見ろ、あの服装。使い古された作業着、首に巻いたタオル……。あまりに自然すぎる」
「ああ。現地の土木業者に完璧に偽装している。相当な手練れのエージェントだぞ」
佐伯がただの「ガチの土木好き」であるという可能性は、彼らの頭にはなかった。
◇
「じゃあ、そのポンプ2台ください」
「まいど。ホースはどうする?」
「『サクションホース(吸水用)』を。口径50ミリで」
俺は棚に巻かれている、太くて硬い青色のホースを指差した。
普通のペラペラなホースだと、ポンプの吸引力に負けて潰れてしまう。中に硬いワイヤーが入ったサクションホースが必要だ。
「長さは?」
「50メートルください」
「50!? ……在庫あるかな。裏見てくるよ」
店員が倉庫へ走る。
俺はついでに、配管用の塩ビパイプや継手(エルボ、チーズ)も箱買いでカートに放り込んだ。
「(配管魔法の媒体まで……! 地下水脈を完全に支配する気だ!)」
アリシアが青ざめている横で、俺はレジに向かった。
総額、数十万円。
だが、今の俺には政府からの「謎の助成金」が入ったデビットカードがある。
「一括で」
ピッ。
支払いは一瞬で完了した。
「(資金力が底なしだ……! やはり国家プロジェクトか!?)」
棚の影のバイヤーたちが、メモ帳に「KENTO:資金潤沢」と書き込んだ。
◇
買い物を終え、俺は店員と一緒に荷物を駐車場へ運んだ。
ポンプに、ドラム巻きの巨大なホース。軽トラの荷台が埋まっていく。
「助かりました。これで現場が進みます」
「いい現場にな。ご安全に」
「ご安全に」
俺たちは短く挨拶を交わした。職人同士に通じる、心地よい連帯感だ。
俺が荷台のロープを締めていると、背後から足音が近づいてきた。
さっき棚の影にいたスーツの男の一人だ。
意を決したように、俺に声をかけようとする。
「Excuse me... Are you KENTO?(すみません、あなたがケントですか?)」
その瞬間。
荷台のカートに乗せられていたポチが、動いた。
グルルッ……!!
喉の奥から絞り出すような、低く、重い唸り声。
それはただの犬の威嚇ではない。
「食物連鎖の頂点」に立つ捕食者が、獲物に対して放つ死の宣告。
『……去れ。主の邪魔をするな』
男の脳内に、直接響くような殺気。
男は呼吸を忘れ、金縛りにあったように硬直した。
「ひっ……! あ、あの犬……目が……笑ってない……!」
男はガタガタと震え、後ずさりして逃げ出した。
「ん? なんか言ったか?」
ロープを結び終えた俺が振り返ると、そこには誰もいなかった。
「誰もいねえな。……ポチ、腹減って唸ったのか? 帰ったら飯にするからな」
「わんっ!(不審者は追い払ったぞ!)」
俺は運転席に乗り込み、エンジンをかけた。
キュルル……キィィィン!!
ジェット機のような排気音を残し、魔改造軽トラは走り去った。
残されたバイヤーたちは、呆然とその後ろ姿を見送るしかなかった。
「接触不可能……。ガードが堅すぎる」
「あの犬……ただの番犬じゃない。地獄の魔獣だ……」
◇
帰りの車内。
俺はハンドルを握りながら、上機嫌だった。
「よし、最強のポンプが手に入った。これで地下の水を一滴残らず抜いてやる」
「水抜き……。地下に潜む魔物ごと、干上がらせる作戦ですね!」
「まあ、カビ対策だけどな」
俺たちの帰りを待つ地下倉庫。
その奥深く、暗い水面の底で、巨大な影が動く気配があった。
ゴボリ……
水龍。
古代からそこに棲む、伝説のヌシ。
彼はまだ知らない。
明日、黄色と黒の重機と、青いポンプによって、安住の地(寝床)を強制退去させられる運命にあることを。




