第28話:公道へ、しかし速すぎた。〜県道3車線は軽トラには狭すぎる〜
キィィィィン……
山道を抜け、視界がパッと開けた。
眼下には、のどかな田園風景を貫くアスファルトの帯――県道14号線が伸びている。
「ふぅ、下界だ」
俺はシフトを5速に入れ、巡航モードに入った。
荷台には推定2トンの丸太。助手席には魂が抜けかけた女騎士。
だが、魔改造軽トラ『スーパーキャリイ(仮)』は、重さを微塵も感じさせず、滑るように県道へ合流した。
「やっぱ公道(舗装路)は走りやすいな。路面がフラットで静かだ」
『マスター! スピードメーターを見てください! ここ一般道ですよ!?』
たまちゃんが画面の中で警告灯を点滅させている。
「大丈夫だ。流れに乗るのが安全運転のコツだ」
俺はアクセルをパーシャル(一定)に保った。
前方に、一台のスポーツカーが走っているのが見えた。
低い車高に、派手なリアウイング。シルビアだ。
「お、地元の走り屋か? いい音させてるな」
俺は純粋に感心しながら、車間距離を詰めた。
◇
一方、先行するシルビアのドライバー、ケンジ(22)はバックミラーを二度見していた。
「……あァ?」
彼の愛車は、吸排気系をいじった自慢のマシンだ。
この辺りの峠では敵なしを自負している。
そのバックミラーに、白い影が急速に迫ってきていた。
「なんだありゃ……軽トラ? しかも、荷台に丸太満載してやがる」
農家の爺さんが山仕事の帰りか。
ケンジは鼻で笑った。
「危ねぇな。過積載でフラフラしてんじゃねえよ」
彼はアクセルを踏み込んだ。
一気に引き離して、視界から消してやる。
シルビアが加速する。
だが。
「……は?」
離れない。
それどころか、白い軽トラはピッタリと背後に張り付いたまま、さらに距離を詰めてくる。
煽られている? いや、違う。
向こうは余裕で流しているのに、こっちが遅すぎて詰まっているような感覚。
「ふざけんな! 俺のシルビアが、農道のポルシェごときに!」
ケンジはムキになってアクセルを床まで踏み抜いた。
前方は、緩やかなワインディング(カーブの連続)区間に入る。
「ここでちぎってやる!」
◇
「お、前の車、急いだか?」
俺は前走車が加速したのを見て、少し困惑した。
急いでいるなら道を譲ってくれればいいのに。
「まあいい。こっちは買い出しで急いでるんだ。お先に失礼するか」
俺はウインカーを出さずに(※田舎道なので)、追い抜きにかかった。
だが、道幅が狭い。
しかも目の前は、右に大きく回り込むカーブだ。
「しゃ、社長! カーブです! 減速しないと!」
意識を取り戻したアリシアが絶叫する。
俺は冷静にハンドルを握り直した。
「ブレーキ踏んだら回転数が落ちる。……このまま行くぞ」
「正気ですかぁぁぁ!?」
俺はステアリングを右に切った。
それも、常識では考えられない角度で。
ガガガガッ!
タイヤが鳴く音ではない。
車体の右側面が、道路脇のコンクリート壁(法面)に接触しそうになる音だ。
「遠心力? 関係ないね」
風の魔石による強力なダウンフォースと、俺のドライビングテクニックが融合する。
俺はタイヤのサイドウォールを、道路脇の「側溝の壁」に引っ掛けた。
「インベタの、さらにインだ」
ギュルルルルルッ!!!!
車体が斜めに傾く。
片輪走行に近い状態で、軽トラは壁を蹴るようにしてカーブをクリアした。
物理法則を無視した、直角コーナリング。
「ひいいぃぃぃ! 壁を! 壁を走っていますぅぅ!」
『風だ! 我はついに重力から解き放たれた!』
アリシアの悲鳴と、荷台のポチ(風圧で顔が変形中)の歓喜の声が交差する。
◇
「な、なにィィッ!?」
ケンジは我が目を疑った。
アウト・イン・アウトのライン取りでカーブを曲がろうとした彼のイン側を、白い稲妻が駆け抜けていったのだ。
「溝落とし!? いや、壁走りだと!?」
しかも、荷台には山盛りの丸太。
その頂上には、気持ちよさそうに風を受ける柴犬。
「バカな……! 物理演算がバグってやがる……!」
ヒュンッ!
軽トラは一瞬でシルビアを抜き去り、次のカーブの向こうへと消えていった。
後に残されたのは、ジェットエンジンのような残響音と、呆然とする走り屋だけ。
「……俺、もう車いじりやめよ」
彼は静かにハザードを点けて路肩に停車した。
◇
峠を抜け、俺は速度を落とした。
前方に、警察の検問が見えたからだ。
「おっと、ネズミ捕りか。安全運転でよかった」
俺は涼しい顔で、警察官の手招きに従って停車した。
ウィーンと窓を開ける。
「こんにちはー。ご苦労様です」
「はい、こんにちは。……えーと、運転手さん」
若い警察官が、引きつった顔で軽トラを見回している。
「まず、スピード。計測器のエラーかもしれませんが、今、戦闘機みたいな速度が出てましたよ?」
「まさか。リミッター付きの軽トラですよ?」
「あと、その積載物。明らかに最大積載量を超えてますが、車高が下がってないのはなぜですか?」
「サスを強化してますから」
「そして……助手席の方」
警察官の視線が、アリシアに向けられる。
魂が抜けて白目を剥き、ジャージ姿でガクガク震えている金髪の外国人女性。
「……事件性、あります?」
「ただの乗り物酔いです」
俺は免許証を提示し、爽やかに微笑んだ。
警察官はしばらく俺と車を交互に見ていたが、やがて深くため息をついた。
「……まあ、事故は起きてないし、タイヤも車検対応(に見える魔法)だし……。行っていいです。安全運転でお願いしますね」
「はい、ご安全に!」
どうやら、あまりに不可解すぎて「見なかったこと」にされたらしい。
日本の警察は柔軟で助かる。
◇
そこから数分。
俺たちは無事に、隣町の巨大ホームセンター『スーパービバホーム』に到着した。
「着いたぞ、アリシア。生きてるか?」
「は、はい……。三途の川が見えましたが、戻ってきました……」
アリシアがよろよろと車から降りる。
ポチは元気いっぱいに荷台から飛び降りた。
「わんっ!(楽しかった! また頼む!)」
「お前はタフだなあ」
俺はポチを撫でてやりながら、巨大な店舗を見上げた。
「さて、と。今日はガッツリ買い込むぞ。地下倉庫の水抜き用ポンプに、補修用のセメント、あと単管パイプも欲しいな」
俺たちが悠々と買い物を楽しもうとしている頃。
ネットの掲示板では、あるスレッドが爆速で消費されていた。
【特定班】例の動画の投稿者、場所特定したったwww
458 :名無しの特定班
おい、今のツイッター見たか?
県道14号線で、丸太積んだ軽トラがシルビアぶち抜いたって動画。
459 :名無しさん
見た見たw
合成だろあれ。あんな挙動する軽トラあってたまるか。
460 :名無しさん
いや、待て。
あの軽トラ、動画『実家の裏山整地してみた』に一瞬映り込んでたやつと、ナンバー以外の特徴が一致するぞ。
泥除けの赤色とか、へこみ具合とか。
461 :名無しの特定班
マジかよ。
ってことは、投稿者「現場監督(KENTO)」の拠点は、県道14号沿いの山間部ってことか?
462 :名無しさん
絞り込めてきたな……。
Googleマップの衛星写真だと、あの辺り一帯だけ「雲」がかかってて見えないんだよな。
怪しすぎる。
俺の正体が、じわじわと、しかし確実に世界にバレ始めていた。
だが今の俺にとって重要なのは、ビバホームの資材館で、いかに効率よく買い物を済ませるか、それだけだった。




