第27話:最大積載量:∞(無限)。〜重力を仕事放棄させる方法〜
キィィィィィィィン!!!!
ジェット機のような高周波音が、山道にこだまする。
俺の愛車、スズキ・キャリイは、白い閃光となって獣道を駆け上がっていた。
「おー、速い速い。トルクが太いな。EV(電気自動車)並みの加速だ」
俺は冷静にタコメーターを見ながら、シフトアップした。
2速から3速、そして4速へ。
アクセルを床まで踏む必要はない。ほんの少し爪先で撫でるだけで、背中がシートにめり込むほどの加速Gが襲ってくる。
「あ、あ、あ、あ……(白目)」
助手席のアリシアは、魂が半分口から出ていた。
両手でアシストグリップ(天井の取っ手)を握りしめ、足を踏ん張っている。
シートベルトが、鎧を脱いだ無防備な胸に食い込んでいるが、それを気にする余裕すらないようだ。
「しゃ、社長……! 景色が……景色が線になっています……!」
「目が慣れてないだけだ。遠くを見ろ」
速度計の針は、とっくにメーターを振り切っている。
だが、車体は驚くほど安定していた。
ガタガタという振動がない。まるで、氷の上を滑っているような……いや、地面から数ミリ浮いているかのような浮遊感がある。
「足回りがしっかりしてるから怖くないな」
俺は缶コーヒーを片手に、ハンドルを握った。
◇
目の前に、直角に近いヘアピンカーブが迫る。
下り坂の急カーブ。この速度で突っ込めば、普通ならガードレールを突き破って崖下へダイブだ。
「ひっ! 壁です! 曲がれません! 死にますぅぅ!!」
アリシアが絶叫する。
だが、俺は慌てずブレーキペダルを踏み、同時にアクセルを煽った。
ブォン!
ヒール・アンド・トウ。
回転数を合わせてシフトダウンし、強力なエンジンブレーキを掛ける。
同時に、ステアリングをイン側へ切り込む。
「田舎道は対向車来ないからな(※カーブミラーは確認済み)。アウト・イン・アウトだ」
遠心力で車体が外側へ膨らもうとする。
――はずだった。
ギュルルルルッ!!
タイヤが地面に吸い付いた。
いや、吸い付くどころではない。まるで強力な磁石でレールに固定されたジェットコースターのように、車体がイン側のガードレールすれすれを鋭角に曲がっていく。
「ぐぐぐ……! 内臓が……横に……!」
強烈な横Gに耐えるアリシア。
俺は涼しい顔でハンドルを戻し、立ち上がり加速に移った。
「なるほどな」
俺は理解した。
風の魔石が吸気した大量の空気を、車体の下部から後方へ噴射しているのだ。
F1マシンも真っ青な「グランドエフェクト(地面吸着効果)」が発生し、強烈なダウンフォースを生んでいる。
「タイヤのグリップがいいな。これなら雨の日でも安心だ」
「(『地属性・絶対吸着』!? 地面が車輪を離そうとしない……!? この鉄の馬車は、重力魔法すら支配下にあるというのか!)」
アリシアが戦慄する横で、俺は次のカーブへと突っ込んでいった。
◇
快調に飛ばしていた、その時だ。
「……ん?」
道の真ん中に、巨大な障害物が見えた。
昨日の嵐で倒れたのか、太い巨木が道を塞いでいる。
「邪魔だな」
俺は急ブレーキを踏んだ。
ギュギュッ!
ABSが作動し、車体は倒木の数センチ手前でピタリと止まった。
「ふぅ。危ない危ない」
「し、心臓が止まるかと……」
アリシアがぐったりとしている。
俺は車を降りて、倒木を確認した。
直径1メートル近い大木だ。重量は推定2トン。
これでは通れない。
「どかすか? ……いや、待てよ」
俺は閃いた。
これから冬になる。薪ストーブや野焼きの燃料はいくらあっても困らない。
「薪にするから、持って帰るか」
「はあ!? 正気ですか社長!?」
アリシアが叫んだ。
「この巨木、重さは竜一匹分(2トン)はありますよ!? この小さな馬車の荷台に乗せれば、車輪がひしゃげて動けなくなります!」
確かに。軽トラの最大積載量は350kgだ。
2トンも積めば、サスペンションが底付きし、タイヤがバーストするだろう。
「まあ、やってみなきゃ分からんさ」
俺は荷台からチェーンソーを取り出した。
手際よく木を荷台の長さに切り揃える。
そして、切り出した丸太を「よいしょ」と担ぎ上げ、荷台に積み込んだ。
ドスン。ドスン。
荷台が丸太の山になっていく。
明らかに過積載だ。違法レベルだ。
だが。
「……沈まないな」
タイヤを見る。
潰れていない。
車高を見る。
下がっていない。
「お、サスがヘタってないな。『エアサスペンション』みたいな効果が出てる。これならいくらでも積めるぞ」
風の魔石が車体全体を浮かせようとする力(浮力)と、積載物の重さが、奇跡的なバランスで釣り合っているのだ。
いわば、ホバークラフト状態である。
「荷台の時空が歪んでいる……? 質量を『無』に帰しているのか……!?」
アリシアが荷台の下を覗き込み、震えている。
俺はロープで丸太をガッチリ固定(南京結び)した。
「よし、発進!」
◇
2トンの荷物を積んだ軽トラは、何食わぬ顔で再発進した。
加速も鈍らない。
パワーウェイトレシオ(重量出力比)がバグっている。
「わんっ!!」
荷台の上、丸太の山の頂上に、ポチが鎮座していた。
そこは風を一身に受ける特等席だ。
ビョオオオオオッ!!
猛烈な風圧で、ポチの顔の皮がめくれ上がり、耳が後ろに張り付いている。
普通の犬なら恐怖で震えるところだが、こいつは元・風の魔獣。
『風だ……! 我は今、風になっている!』
ポチの目はキラキラと輝いていた。
丸太に鋭い爪を立てて姿勢を安定させ、流れる景色を楽しんでいる。
途中、並走してきた怪鳥を追い抜く際、「ワンッ!(遅いぞ雑魚め!)」と煽る余裕すらあった。
「よし、下界が見えてきたぞ」
山道を抜け、視界が開ける。
眼下には、のどかな田園風景と、舗装された広い県道(一般道)が見えた。
「さて、ここからは安全運転だな」
俺はアクセルを緩めた。
前方に、地元の走り屋とおぼしき改造スポーツカー(シルビア)が走っているのが見える。
「お、いい音させてるな。……ちょっと車間詰まっちゃうかな?」
俺はブレーキの効きを確認しながら、公道へと合流した。
まさか、そのスポーツカーを、荷物満載の軽トラで煽り倒す(ように見える)ことになるとは、まだ思っていなかった。




