表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/76

第24話:最強のトラップ(獣害対策)が作動。スパイ、光と音に敗北する。

 ゼェ……ハァ……。


 アメリカ最強のエージェント、サイファーは、佐伯家の勝手口(縁側)に手をかけた状態で、荒い息を吐いていた。

 黒いタクティカルスーツは泥だらけ。足はガクガクと震えている。


「Damn itクソッ……。たかが庭を抜けるだけで、九死に一生を得るとは……」


 電気柵、ナノカーボン(猫よけ)の地雷原、光子レーザー(鳥よけ)、そして音響兵器(超音波)。

 この家の庭は、ペンタゴンの最重要区画よりも防備が堅い。


「だが、ここまでくればこっちのものだ」


 サイファーは窓枠を探った。

 セキュリティ・システム(鍵)を解除する必要がある。ピッキングツールを取り出そうとして――。


 スッ。


 窓が、横に滑った。

 鍵がかかっていなかったのだ。


「……What?(なに?)」


 サイファーは動きを止めた。

 開いている? 不用心すぎる。いや、違う。


「罠(Trap)か……? それとも、『貴様ごとき、鍵をかけるまでもない』という挑発か……!」


 屈辱に歯を食いしばりながら、彼は音もなく室内へと滑り込んだ。


          ◇


 室内は真っ暗だった。

 サイファーは即座に、ゴーグルの『ナイトビジョン(暗視)モード』を起動した。

 微弱な光を数万倍に増幅し、真夜中でも昼間のように視認できる機能だ。


「Gain Max(感度最大)。……行くぞ」


 緑色の視界の中、彼は廊下を音もなく進む。

 ターゲットの寝室は奥だ。

 一歩、二歩。


 その時。

 廊下の天井に取り付けられた、小さなドーム状の物体が反応した。


 『人感センサー付きLED電球(60W相当・昼光色)』。

 夜中にトイレに行くとき、足元が暗くないようにと佐伯が取り付けた親切設計だ。


 カチッ。


 スイッチが入る音と共に――。


 カッッッ!!!!!!


 閉鎖空間で、LEDの直射光が炸裂した。


「GYAAAAAAAAA!!」


 サイファーが絶叫した。

 暗闇に適応するため、感度を最大にまで引き上げていた暗視ゴーグル。

 そこに、至近距離から強烈な可視光線が飛び込んだのだ。

 その光量は、増幅されて脳を焼く閃光フラッシュバンと化した。


「目が! 目が焼けるぅぅ!!」


 サイファーはゴーグルをかなぐり捨て、顔を覆って床に転がった。

 視界がホワイトアウトしている。何も見えない。


「室内戦(CQB)の基本トラップ……! 侵入者の装備を逆手に取り、視覚を奪うとは……!」


          ◇


 視力を失い、床に這いつくばるサイファー。

 だが、彼の悪夢は終わらない。


 薄れゆく意識の中で、彼は目の前に「圧倒的な質量」が存在することに気づいた。


 グルルルル…………


 重低音の唸り声。

 腹の底に響くような振動。

 それは、ただの犬の威嚇ではない。生物としての格の違いを見せつける、絶対強者の波動。


『……動くな。その喉笛を噛み千切るぞ』


 脳内に直接、死の警告が響いた気がした。


「ひっ……!」


 サイファーは、涙の滲む目でなんとなくの輪郭を捉えた。

 目の前にお座りをしている、茶色い獣。

 見た目は中型犬サイズだ。だが、その背後に揺らめく影は、天井を突き破るほど巨大な「狼」の形をしていた。


「な、なんだこの犬は……!? タイガーか? いや、グリズリーよりも凶悪な気配……!」


 動けない。

 長年の勘が告げている。指一本でも動かせば、次の瞬間には肉片ミンチになっていると。

 プロのスパイは、本能レベルで完全降伏を選択し、石のように硬直した。


          ◇


 ガララ……。

 騒ぎを聞きつけ、奥のふすまが開いた。


「んぁ……? 誰だ……? ポチ、騒ぐなよ……」


 気だるげな声と共に、男が現れた。

 ターゲット、佐伯健人。

 服装は、グレーのスウェット上下。胸には『WORKMAN』のロゴ。

 あくびをしながら、無防備に目をこすっている。


(こいつが……『KENTO』……!)


 サイファーは奥歯を噛み締めた。

 隙だらけに見える。だが、騙されてはいけない。

 あの化け物犬を従え、この要塞のような家に住む男だ。


るしかない……! 任務遂行だ!)


 サイファーは最後の力を振り絞った。

 懐から、ペン型の特殊デバイスを取り出す。

 『圧縮ガス式・即効性麻酔銃』。

 象をも数秒で眠らせる劇薬が装填されている。


「Sleep!(眠れ!)」


 シュッ!


 サイレンサー付きの発射音が鳴り、極細の針が射出された。

 狙いは正確無比。

 針は吸い込まれるように、佐伯の首筋へと飛んだ。


 命中。


「(やった……!)」


 サイファーが勝利を確信した、その時。


 ペチッ!


 佐伯が、自分の首筋を無造作に叩いた。


「ん? チクッとしたな」


 彼は首筋から手を離し、てのひらを確認した。

 そこには、ひしゃげた麻酔針が転がっている。


「蚊か。まだいるのかよ……」


 佐伯は鬱陶しそうに針(蚊だと思っている)を指で弾き飛ばすと、再び大きなあくびをした。


「ふわぁ……。眠い」


 立ったままだ。

 グラリともしない。


「…………Ha?(は?)」


 サイファーの思考が停止した。

 致死量ギリギリの麻酔だぞ? 血管に直接注入されたはずだ。

 なぜ立っている? なぜ眠らない?


(まさか……『薬物耐性ポイズン・レジスト』がMAXなのか!? それとも、皮膚が硬すぎて針が通らなかったのか!?)


 どちらにせよ、結論は一つだ。


「Monster(化け物だ)……」


 勝てるわけがない。

 視覚破壊、精神的恐怖、そして必殺の一撃の無効化。

 サイファーの心は、ここで完全に折れた。


「あ、あ……」


 緊張の糸が切れ、蓄積したダメージが一気に押し寄せる。

 サイファーは白目を剥き、ガクッと床に倒れ込んだ。


          ◇


「ん?」


 何かが倒れる音を聞いて、佐伯はようやく覚醒した。

 廊下の電気のスイッチを入れる。


「うわ、なんか落ちてる」


 そこには、全身黒ずくめの外国人が、泡を吹いて倒れていた。

 ボロボロの服、泥だらけの顔。


「外人だ。……バックパッカーか?」


 佐伯は首をひねった。

 最近は、日本の田舎を巡る外国人観光客が増えていると聞く。

 道に迷って山に入り込み、遭難して助けを求めて入ってきたのだろうか。


「顔色が悪いな。脱水症状か、熱中症だな」


 放っておいたら死ぬかもしれない。

 佐伯はため息をついた。


「しょうがない、介抱するか。……ポチ、冷蔵庫から氷枕(保冷剤)持ってきてくれ」

「わん!」


 佐伯は倒れた男を担ぎ上げ、リビングのソファへと運んだ。

 この男が、自分の命を狙ったスパイだとは夢にも思わずに。


 そして翌朝。

 目を覚ました最強スパイを待っていたのは、額に貼られた「青い冷却ジェルシート」と、コップに注がれた「白濁した魔法の聖水」だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ