第22話:在庫処分で魔石を大量出品した。魔術師ギルドが『価格破壊だ!』と発狂している。
500円の売上金が確定し、俺はすっかり味を占めていた。
たかがワンコイン。されどワンコイン。
コンビニスイーツが買えるし、ちりも積もれば新しい電動工具の足しになる。
「よし、やるか。在庫処分だ」
俺は庭から、バケツ3杯分の「黒い石」をリビングに運び込んだ。
マンイーター駆除や、道路工事の余りで出た、大量の魔石だ。
『マスター……。本当にそれを市場に流すおつもりですか?』
充電器に繋がれたたまちゃんが、この世の終わりみたいな顔をしている。
『前回のたった一個で、購入者の家が半壊したんですよ? これだけの量が流通したら、世界の魔力バランスが崩壊します。インフレどころか、文明がひっくり返ります』
「大げさだな。リサイクルショップに持ってっても、どうせ二束三文だろ」
俺は石をテーブルに広げた。
前みたいに一個ずつプチプチで包むのは面倒だ。数が多すぎる。
「まとめて袋詰めにするか。ちょうどいいのがあったはずだ」
俺は台所の引き出しから、青い箱を取り出した。
主婦の味方、冷凍保存から電子レンジ解凍まで対応する最強の保存袋。
『ジップロック(フリーザーバッグ・Lサイズ)』。
「これなら丈夫だし、口も閉まる。湿気も防げるから品質管理もバッチリだ」
俺は石をジャラジャラと袋に詰め込んだ。
一袋に10個くらい。かなり重いが、袋が破れる気配はない。さすが旭化成だ。
「よし、封印」
袋の口を合わせ、指でスライドさせる。
パチパチパチ……。
小気味よい音と共に、ジッパーが噛み合っていく。
『な、なんと……!』
たまちゃんが画面越しに戦慄した。
『「ダブルジッパー(二重結界)」ですか!? 魔石から溢れ出る暴走エネルギーを、この薄いビニール一枚で完全に遮断している……!』
『しかも、中の空気を抜いて「真空パック」にすることで、魔力の酸化(劣化)まで防いでいる……! なんて高度な封印術式なんですか!』
「鮮度が命だからな」
俺は手際よく5袋分のセットを作った。
計50個の魔石。
これだけあれば、そこそこの金額になるだろう。
俺はスマホを操作し、出品画面を開いた。
【商品名】
【まとめ売り】アクアリウム用 黒い石 5袋セット
【価格】
1,000円(送料込み)
「よし。セット割引で1000円だ。これならお買い得感があるだろ」
たまちゃんが白目を剥いて倒れた気がしたが、俺は気にせず「出品する」ボタンを押した。
◇
同時刻。イギリス、ロンドン。
歴史ある石造りの建物の地下に、「魔術師協会」の本部があった。
その最奥部にある監視室は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
「グランドマスター! またです! 日本の市場に、あの『KENTO』が現れました!」
「なんだと!?」
長い髭を蓄えた老魔術師――ギルドの長が、血相を変えて端末に駆け寄る。
画面には、ジップロックに詰め込まれた黒い石の写真が表示されている。
「ば、馬鹿な……。前回は『賢者の石』1個だったはずだ。それが……」
画面の在庫数表示を見る。
【出品数:5セット】
「合計50個だとぉぉ!? 神話の時代でも、これほどの量が一度に発見されたことはないぞ!」
そして、価格を見た瞬間、長老は膝から崩れ落ちそうになった。
「せ、1000円……? 約7ポンド……?」
「駄菓子屋の価格です! フィッシュ&チップスより安いです!」
「ふざけるなァァァッ!!」
長老が絶叫した。
「これは価格破壊どころではない! 冒険者たちが命がけで採取してきた魔石の価値が、紙屑になってしまう!」
「どうしますか閣下!?」
「買い占めろ! 総力を挙げて『ポチる』のじゃ! 一つたりとも一般市場に流すな! 我々が管理せねば世界が終わる!」
◇
世界中で、指先の戦争が始まった。
魔術師、錬金術師、闇のバイヤー。
「KENTO」のアラートを設定していた数千人の猛者たちが、スマホの画面に食らいついている。
『更新キタァァァ!』
『買え! 買え! カートに入れろ!』
『クソッ! 決済画面で弾かれた! 誰だ回線速度の速い奴は!』
『5Gだ! 5G回線を使え!』
――佐伯のリビング。
俺が出品ボタンを押してから、3秒後。
ピロリン♪
ピロリン♪
ピロリン♪
通知音が連打された。
画面が更新される。
【SOLD OUT】
【SOLD OUT】
【SOLD OUT】
「……は?」
俺はポカンと口を開けた。
5セット、全て完売。
秒殺だ。
「うわ、またかよ。業者かなんかがbot(自動購入ツール)使ってんのか?」
普通の人間がこんな速度で買えるわけがない。
転売ヤーの餌食になっている気がするが、まあ、俺としては不用品が片付けばそれでいい。
「まあいいや、全部はけてスッキリした。明日の朝、ポストに投函してくるか」
1000円×5セットで5000円。手数料を引いても4500円の利益だ。
俺はホクホク顔で、ジップロックに入った国宝級魔石を、無造作に玄関に積み上げた。
◇
その夜。
佐伯家の隣町にあるビジネスホテルの一室。
一人の男が、鏡の前で装備を整えていた。
米国最強のスパイ、コードネーム『サイファー』。
「ターゲットの住所は特定した。山奥の一軒家か」
彼は黒いタクティカルスーツに身を包み、最新鋭の暗視ゴーグル(ナイトビジョン)を装着した。
腰には麻酔銃と、ワイヤーガン。
映画の世界から飛び出してきたような、完璧な潜入装備だ。
「情報は『魔石の密売拠点』ということだけ。……油断はしない」
彼はプロだ。
相手が地方の一般人だろうと、一切の手加減はしない。
窓の外、闇に沈む山を見つめる。
「今夜、決行する(オペレーション・スタート)」
◇
同時刻。佐伯家の庭。
俺は夕涼みがてら、家庭菜園の様子を見ていた。
「あー、やっぱりイチゴが食われてるな」
赤く実ったイチゴのいくつかが、鳥につつかれて穴が開いている。
ムクドリか、ヒヨドリか。
甘い匂いに誘われて、夜明けと共につつきに来るのだろう。
「明日買い出しに行くのは面倒だし、買い置きしてたアレを使うか」
俺は納屋から、100均で買っておいたアイテムを取り出した。
『防鳥キラキラテープ(ホログラム)』。
銀色と赤色の派手なテープだ。これを捻りながら張ることで、光が乱反射して鳥を怖がらせる。
「あと、念のためこれも置いとくか」
『超音波害獣撃退器』。
センサーが反応すると、動物が嫌がる高周波(モスキート音)を出す機械だ。Amazonのセールで買っておいたやつだ。
「これ仕掛けとけば、夜行性の鳥も小動物も寄ってこないだろ」
俺は支柱にテープを結びつけ、適当に庭を囲った。
風に吹かれて、銀色のテープがキラキラと妖しい光を放つ。
『……マスター』
たまちゃんが、呆れたような、それでいて戦慄したような声を出す。
『これ、光学迷彩殺しの「光子レーザー網」と、聴覚破壊の「音響兵器」の複合トラップですね……。今夜ここに来る泥棒さんが可哀想です』
「泥棒? 鳥だろ」
俺は満足して家に入った。
戸締まり(鍵はかけてない)をして、布団に入る。
そして数時間後。
世界最強のスパイが、日本の100均グッズによって地獄を見ることになる。




