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第20話:金がないので、伝説の魔石を『砂利』としてメルカリに出品した。

 深夜のリビング。

 みんなが寝静まった後、俺はダイニングテーブルで頭を抱えていた。


 カタカタカタ……ッターン!


 電卓を叩く音が、静かな部屋に響く。

 液晶に表示された数字は、俺の顔色を青ざめさせるに十分なものだった。


「……赤字だ」


 俺は天井を仰いだ。

 政府から振り込まれた500万円という大金。

 あれだけあれば、しばらくは遊んで暮らせると思っていた。


 だが、現実は甘くない。

 重機のレンタル代、ホームセンターでの爆買い、ガソリン代。DIY(という名の土木工事)は金がかかる。

 そして何より――。


 ガサガサ……パリッ。


 横で、ジャージ姿のアリシアが夜食のポテチ(コンソメパンチ・BIGサイズ)を開けている。

 足元では、ポチが高級ジャーキー『ドギーマン 紗』を、さも当然のように咀嚼している。


「お前ら、エンゲル係数高すぎなんだよ……」


 俺の呟きに、アリシアがキョトンとした顔を向けた。


「社長? どうされましたか?」

「食費だよ食費。お前ら働き盛りかよ。特にポチ、それは特別な時にやるオヤツだぞ」

「わんっ!(美味いから仕方ない!)」


 このままでは、貯金が底をつくのも時間の問題だ。

 せっかく脱サラしてスローライフを送るつもりが、金策のためにバイトに出るなんて本末転倒だ。


「在宅で、楽に稼ぐ方法はねえかなぁ……」


 俺がぼやくと、充電器に繋がれたスマホの画面が明るくなった。

 たまちゃんだ。


『マスター。以前、提案したアレをやる時が来ましたね』

「アレ?」

『「フリマアプリ」ですよ。不用品を売って現金を稼ぐ、現代の錬金術です』


 ああ、そういえばそんな話をしていたな。


「でも、売るものなんてあるか? 読まなくなった漫画くらいしか……」

『ありますよ。庭に山ほど転がってるじゃないですか。「黒い石」が』


 たまちゃんが画面の中で、窓の外を指差す。

 そこには、マンイーター駆除や、道路工事で余った「黒い石」が、バケツ数杯分ほど放置されていた。


「あんな砂利が売れるか? ただの石ころだぞ」

『売れます。……たぶん、世界中の学者が殴り合いの喧嘩をするレベルで』

「大げさだな。まあ、水槽のレイアウト用とか、園芸用の飾り石としてなら需要があるか?」


 捨てるよりはマシだ。

 俺はスマホにフリマアプリ『メルカリ(仮)』をインストールし、アカウントを作成した。

 ユーザー名は、動画投稿サイトと同じ『KENTO』にしておくか。


          ◇


 俺は庭からバケツ一杯分の石を持ってきた。

 こぶし大の、黒曜石のような石だ。よく見ると内部で光が脈打っているようにも見える。


「よし、商品撮影だ」


 テーブルに石を置き、スマホのカメラを向ける。

 カシャッ。


「……ん?」


 撮れた写真を確認して、俺は首を傾げた。

 画像が歪んでいる。

 石の周囲が紫色にぼやけ、まるでオーラが出ているような心霊写真になっていた。


「ピントが合わないな。光の反射がきついのか?」

『(高純度のマナがレンズに干渉してますね……。どう見ても呪いのアイテムです)』


 たまちゃんが呆れているが、何度撮り直しても同じだ。

 まあ、素人出品だし、雰囲気は伝わるだろう。


 次は商品説明だ。

 俺はフリック入力で適当に打ち込んだ。


 【商品名】

 アクアリウム用? 綺麗な黒い石 詰め合わせ


 【商品説明】

 庭の草刈りをしていたら出てきた石です。

 キラキラして綺麗です。水槽に入れたり、ガーデニングの飾りにどうぞ。

 素人保管なので、神経質な方はご遠慮ください。

 ※土がついているので、洗ってから使ってください。


「こんなもんか」


 そして、運命の価格設定。


「相場が分からん。ホームセンターの砂利は20キロで300円くらいだったな」

『マスター、それは「賢者の石(Sランク魔石)」です。1グラムで城が買えます』

「送料と梱包の手間賃が出ればいいか。高すぎると売れないし」


 俺は迷わず数字を打ち込んだ。


 【価格】

 500円(送料込み・匿名配送)


「よし、ワンコインだ。これなら誰か間違って買うだろ」


 たまちゃんが、画面の端で口を押さえて震えている。


『(あああっ! 国家予算級の戦略物資が500円! 世界経済が崩壊するぅぅ! ……でも黙っておこう。売れたお金で、私の新しいスマホケースを買ってもらうんです)』


 神にあるまじき欲望で、彼女は口をつぐんだ。


「よし、出品」


 俺は画面下の赤いボタン、「出品する」をタップした。


          ◇


 ――0.1秒後。


 ピロン♪


 軽快な通知音が鳴った。


「うおっ!?」


 画面が切り替わる。

 石の写真の上に、赤い文字でデカデカと表示されていた。


 【SOLD OUT】


「は? バグったか?」


 俺は更新ボタンを連打した。

 間違いなく売れている。出品から1秒経っていない。


「瞬殺だ……。世の中には、こういう石を血眼で探してるマニアがいるんだな」

『(血眼どころか、世界中の魔術ギルドが魔力感知レーダーを監視してますからね……)』


 すぐに、購入者からの取引メッセージが届いた。


『はじめまして。購入させていただきました。

写真を見た瞬間、震えが止まりません。

これは……本物ですね? 一生大切にします。家宝にします。

即入金しました。発送は厳重にお願いします。何重にも包んでください』


「……重いな、この人」


 俺は苦笑いした。

 たかだか500円の石に「家宝」とか「震えが止まらない」とか。

 よっぽど欲しかったんだろう。アクアリウム界隈の熱量はすごいな。


「まあ、喜んでくれるならいいか。梱包するか」


 俺は棚から、100均で買ったプチプチ(エアクッション)と茶封筒を取り出した。

 これが、世界を巻き込む大騒動のトリガーになるとは知らずに。


          ◇


 同時刻。

 世界の裏側、とある魔術師の隠れ家にて。


「か、買えた……!! 買えたぞぉぉぉ!!」


 PCの前で、一人の男がガッツポーズをしたまま泡を吹いて倒れていた。

 彼のモニターには、『KENTO』という謎の出品者のページが表示されている。


 さらに、世界中の「魔力観測所」や「諜報機関」の警報が一斉に鳴り響いていた。


『高エネルギー反応を確認! 場所は日本のネット市場!』

『「賢者の石」が市場に流出したぞ! 価格は……4ドル(500円)!? ふざけるな!』

『出品者「KENTO」を特定せよ! 彼は神か、それとも世界を終わらせる悪魔か!』


 ……そんなことになっているとは露知らず。


 俺は封筒に石を詰め込み、コンビニに行く準備をしていた。


「よし、発送してくるわ。ついでにコンビニスイーツでも買ってくる」

「いってらっしゃいませ、社長!」

「わんっ!」


 軽トラに乗り込み、俺は夜の道を走り出した。

 物理的な「整地」を終えた俺の戦いは、これより「経済」という新たな戦場フリマアプリへと移ることになる。

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