第19話:ジャージ姿の女騎士、コンクリート(液状化する石)に驚愕する。
ホームセンター『スーパービバホーム』での買い出しを終え、俺たちは実家に戻ってきた。
辺りはすっかり暗くなっているが、作業はまだ終わらない。
軽トラの荷台には、山のような資材が積まれているからだ。
「よし、降ろすぞ。倉庫まで運ぶから手伝ってくれ」
「御意! この『サエキ・ジャージ』の性能、見せてご覧に入れます!」
助手席から飛び降りたアリシアが、屈伸運動をしながら意気込んでいる。
えんじ色の学校指定ジャージ。胸には『佐伯』の刺繍。
金髪碧眼の美少女が着ると、そのダサさが逆に「あざとさ」に変換されるから不思議だ。
「では、失礼して……ふんっ!」
アリシアが荷台のセメント袋(25キロ)を掴んだ。
普通なら腰を痛めかねない重量だが、彼女はスムーズに持ち上げる。
「おお……! 重いですが、体が軽い!」
彼女は袋を抱えたまま、驚きの声を上げた。
「鎧と違って可動域が制限されません! 肩も肘も、関節が自由に動く! まるで皮膚がもう一枚増えたような感覚……!」
「そりゃ伸縮性があるからな」
「さらに、この通気性! 労働で火照った体の熱を、瞬時に外へ逃がしている! 『風の加護』が付与されているのですか!?」
「ジャージだからな」
感動している彼女を横目に、俺は両脇に一袋ずつ、計50キロのセメントを抱えて歩き出した。
「ほら、往復するぞ。腰を入れれば軽いもんだ」
「(両脇に岩を抱えてスキップしている……!? やはり社長の筋力はオーガ……いや、ギガンテス級……!)」
◇
荷下ろしを終え、俺は早速作業に取り掛かった。
目的は、先日オーク軍団(第14話)に踏み荒らされた、庭の柵の補修だ。
「基礎がガタガタだな。コンクリ打って固めるか」
俺は庭に『トロ舟(プラ舟)』と呼ばれる、緑色のプラスチック容器を置いた。
そこにセメント、砂、砂利を適当な比率で投入する。
「水加減が大事だ。シャビシャビだと強度が落ちるし、硬すぎると施工しにくい」
ホースで水を加えながら、剣スコップでザクザクと練っていく。
粉末だったセメントが水を吸い、ドロドロの灰色の泥に変わっていく。
その様子を、アリシアが食い入るように見つめていた。
「社長。それは……ただの泥遊びに見えますが?」
「失礼な。これは『コンクリート』だ。今はドロドロだが、時間が経てば石になる」
「石に!? 泥が石になるのですか!?」
アリシアが目を丸くする。
異世界にも石造建築はあるだろうが、現場で石を「練って作る」という発想はないらしい。
「錬金術の奥義『物質変換』……! 流動する泥を、不変の岩へと固定する儀式!」
「まあ、化学反応だな」
練り上がったコンクリートを、壊れた柵の根元に組んだ木枠へと流し込む。
ここからが職人の腕の見せ所だ。
俺は『金鏝』を取り出し、表面を撫でた。
シュッ、シュッ……。
荒れた表面が、コテが通るたびに鏡のように滑らかになっていく。
中の空気を抜き、砂利を沈め、水分を浮かせて仕上げる。
「美しい……」
アリシアがため息をついた。
「剣筋のように迷いがない……。荒れた大地が、社長の手によって秩序ある平滑な面へと整えられていく……」
「左官は性格が出るからな」
作業が終わった直後。
興味本位で近づいたアリシアが、固まりかけたコンクリに手をかざした。
「……っ!? あ、熱い!?」
彼女が驚いて手を引っ込める。
「社長! この泥、発熱しています! まるで生き物のように脈打っている!」
「ああ、『水和熱』だな。セメントと水が反応するときに熱が出るんだ。触るなよ、低温やけどするぞ」
「泥に『火の精霊』を宿して石に変える……。なんと高度な複合属性魔法!」
アリシアは、固まりゆくコンクリートを、まるで生まれたての生命体を見るような目で見守っていた。
◇
「ふぅ。こんなもんか」
道具を洗い終えた俺は、縁側に腰を下ろした。
冷えた麦茶を一気に飲み干す。
労働の後の麦茶は、ポーションより効く。
足元では、ポチが犬小屋から出てきてくつろいでいる。
アリシアも、ジャージの袖をまくり上げ、隣に座った。
「働きぶりは悪くなかったな。助かったよ」
「恐縮です! このジャージのおかげです!」
俺は彼女を見た。
行く当てのない亡国の騎士。
真面目で、力持ちで、飯を美味そうに食う。
「……どうする? 行く当てがないなら、しばらくウチで働くか?」
俺の言葉に、アリシアが弾かれたように顔を上げた。
「よ、よろしいのですか!? 私のような敗残兵を!」
「人手は欲しいし、防犯対策にもなる。まあ、給料は出せないけどな。衣食住と、あとカップ麺くらいなら食わせてやるよ」
「!!」
カップ麺。その単語が出た瞬間、彼女の瞳が輝いた。
アリシアは縁側から飛び降り、砂利の上に片膝をついた。
騎士の最敬礼だ。ジャージ姿だけど。
「我が剣――今はバールですが――と命、社長に捧げます! 毎晩のシーフードヌードルのために!」
「わんっ!(俺は高級ジャーキーのために!)」
ポチも便乗して吠える。
『……チョロい眷属が増えましたね』
スマホの中で、たまちゃんが呆れたように呟いた。
こうして、「サエキ工務店」の人員体制が確立されたのだった。
◇
その夜。
みんなが寝静まった後、俺はリビングでパソコンを開いていた。
画面には、Excelの家計簿ソフト。
手元には、ここ数日のレシートの山。
「……あれ?」
エンターキーを叩いた俺は、表示された数字を見て固まった。
「……結構使ったな」
ホームセンターでの爆買い。ガソリン代。
そして何より、居候たち(アリシアとポチ)の食費。
政府からの入金が500万あるとはいえ、重機のレンタルやリフォーム資材を買いまくれば、数ヶ月で底をつくペースだ。
「このままじゃジリ貧だ。収入源を増やさないとな」
俺は腕組みをした。
働きに出るのは嫌だ。せっかく脱サラして引きこもりライフを満喫しているのに。
在宅で、手軽に稼げる方法……。
『マスター』
充電器に繋がれて幸せそうな顔をしていたたまちゃんが、目を開けた。
『以前、言っていたじゃありませんか。「不用品販売」をやるって』
「ああ、フリマアプリか」
俺は窓の外を見た。
庭の隅に、山積みにされたまま放置されている「黒い石」の山。
マンイーターの駆除や、道路工事の余りで出た、大量の魔石だ。
「あんな石ころ、売れると思うか?」
『売れますよ。……たぶん、世界がひっくり返る値段で』
「大げさだな。まあ、水槽のレイアウト用とか、園芸用で売ってみるか」
俺はスマホを手に取った。
アプリをインストールし、アカウントを作成する。
これが、世界経済を崩壊させる「ワンコイン出品」の始まりだった。




