第17話:資材が足りないので、軽トラで買い出しに行く。
翌朝。
俺は納屋で、バインダー片手に在庫チェックをしていた。
「灯油、空っぽ。化成肥料、残り一袋。チェーンソーの替刃も予備なしか……」
ここ数日、オークの死体処理(野焼き)や庭の拡張工事で、消耗品を一気に使いすぎた。
田舎暮らしにおいて、備蓄切れは死活問題だ。
「近所の『コメリ』じゃ、マニアックな工具や大量の資材は揃わないかもしれないな」
俺はペンを回しながら決断した。
「よし、今日は遠征だ。隣町の『スーパービバホーム』まで行くぞ」
「遠征ですか! お供します、社長!」
背後から元気な声がした。
振り返ると、えんじ色のジャージを着た金髪の美少女――アリシアが、ビシッと敬礼している。
すっかりその格好が板についてきたな。
「おう、荷物持ち頼むわ。あと、ポチも連れてくか」
「わんっ!(ドライブか!?)」
犬小屋から飛び出してきたポチが、尻尾をブンブン振っている。
どうやら、車に乗るのは好きらしい。
『マスター、ついでにお願いがあります』
スマホのたまちゃんが、画面の端からひょっこりと顔を出した。
『スマホの急速充電器が欲しいです。神殿の電圧じゃ満足できなくて……。もっとこう、ガツンとくるやつをお願いします』
「……お前、だんだん電気の味にうるさくなってきたな」
まあ、政府からの助成金(500万)もあるし、必要経費か。
◇
俺たちは庭に停めてある愛車に向かった。
日本の農道の王者、『スズキ・キャリイ(4WD・5速MT)』。
色は白。泥除けは赤。
多少の傷やへこみはあるが、エンジンは絶好調だ。
「よし、乗れ。アリシアは助手席な。ポチは荷台だ」
「わんっ!(風を感じる特等席だ!)」
俺はポチをひょいと抱き上げ、荷台に乗せた。
落ちないように、リードをフックにしっかりと固定する。
「よし。アリシアも乗れ」
「し、失礼します……」
アリシアがおずおずと助手席のドアを開ける。
彼女にとって、自動車に乗るのはこれが初めてだ。
「これが……鉄の馬車の腹の中……」
彼女は緊張した面持ちでシートに座った。
俺は身を乗り出し、彼女のシートベルトを引き出した。
「これ締めとけよ。警察に捕まるからな」
「か、カチャリ……」
バックルがロックされる音に、アリシアの肩がビクッと跳ねる。
「こ、これは拘束具!? 乗員が逃げ出せないように身体を固定された!?」
「安全帯だよ。振り落とされないようにするためだ」
俺も運転席に乗り込み、シートベルトを締める。
クラッチを踏み込み、キーを回した。
キュルルル……ブオォォォン!!
エンジンが目覚め、車体が小刻みに振動する。
「ひぃっ! 獣が目を覚ましました!」
「騒ぐな、アイドリングだ」
今日は天気が良くて、車内が少し暑い。
俺はエアコンのスイッチを入れた。
ブオオオオオ……
送風口から、冷たい風が勢いよく吹き出す。
一瞬で車内の空気が冷やされる。
「なっ……!? 外は炎天下なのに、中は雪山!?」
アリシアが自分の二の腕をさすって震え上がった。
「常時展開型の『氷結結界』ですか!? なんと贅沢な魔力の使い方……!」
「ガス抜けかけてるから効きが悪いな。こんど補充しないと」
俺はサイドブレーキを下ろし、ギアをローに入れた。
「しっかり捕まってろよ。山降りるぞ」
◇
クラッチを繋ぐ。
軽トラがゆっくりと動き出した。
タイヤが、第3話で俺が舗装した「魔石アスファルト」の上に乗る。
その瞬間。
ヒュイィィィィン……
タイヤから、インバーターのような高周波音が響いた。
魔石のエネルギーがタイヤに干渉し、推進力をアシストしているのだ。
「お、やっぱこの道は調子いいな。アクセル踏まなくても進むわ」
俺はセカンド、サードへとシフトアップしていく。
グングンと加速する。
獣道だったはずの山道を、軽トラは滑るように疾走し始めた。
「は、速い! 速すぎます社長! 景色が流れています!」
アリシアが涙目でアシストグリップ(天井の取っ手)を両手で握りしめている。
速度計は60キロを指しているが、狭い山道での体感速度は100キロ近い。
「そんなビビるな。足回りがしっかりしてるから怖くないだろ」
「魂が置いていかれますぅぅぅ!!」
一方、荷台のポチは。
『風だ……! 我は今、風と一体化している!』
風圧で顔の皮がめくれ上がり、耳が後ろに張り付いていたが、その目は少年のように輝いていた。
舌を出し、流れる景色を楽しんでいる。
さすが元・風属性の神獣だ。スピードへの適応力が違う。
◇
目の前に、急なヘアピンカーブが迫る。
「ひっ! 壁です! 曲がれません! 崖下に飛び出します!」
アリシアが絶叫する。
だが、俺は慌てず騒がず、ブレーキペダルを踏みながらアクセルを煽った。
ブォン!
ヒール・アンド・トウ。
回転数を合わせてシフトダウンし、エンジンブレーキを効かせる。
同時にステアリングを切り込む。
「田舎道は対向車来ないからな(※カーブミラーは見てる)。インベタで抜けるぞ」
本来なら遠心力で外側に膨らむはずの車体。
だが、魔石アスファルトの効果で、車体下部に強烈なダウンフォース(地面吸着効果)が発生している。
ギュルルルルッ!!
タイヤが地面に食らいつく。
軽トラは物理法則を無視した挙動で、ガードレールすれすれのインコースを駆け抜けた。
「ぐぐぐ……! 身体が横に持っていかれる……!」
強烈な横G(重力)に耐えるアリシア。
彼女の目には、俺が涼しい顔で片手ハンドルを操作し、もう片方の手で缶コーヒーを飲んでいる姿が映っていた。
「(この状況で茶を啜る……!? やはり魔王の三半規管は異常だ……!)」
「ん、いいグリップだ。サスも粘るな」
俺はコーヒーをホルダーに戻し、再びアクセルを踏み込んだ。
◇
山道を抜け、平坦な県道に出た。
周囲には見慣れた田んぼと民家が広がっている。
「ふぅ、下界に降りてきたな」
俺は速度を緩め、安全運転モードに切り替えた。
隣のアリシアは、魂が抜けたようにぐったりしている。
「……生きて、ますか……?」
「大げさだな。ちょっとしたドライブだろ」
さらに10分ほど走ると、目的の場所が見えてきた。
広大な駐車場と、巨大な看板。
『SUPER VIVA HOME』。
その威容を見たアリシアが、息を吹き返したように目を見開いた。
「あれが……資材の神殿……!!」
「城壁(外壁)が見渡す限り続いています……。王都の城よりも巨大な建造物です!」
彼女の目は、恐怖から畏敬へと変わっていた。
「さあ、着いたぞ。降りろ」
俺は駐車場に軽トラを停めた。
荷台からポチを下ろす。ポチはまだ興奮冷めやらぬ様子で、足踏みをしている。
「よし、行くぞ。今日は大量に買うからな」
俺たちは自動ドアの向こう、広大なる「資材館」へと足を踏み入れた。
そこでアリシアたちは、現代日本の「物量」という名の魔法に圧倒されることになる。




