第16話:事後処理は『野焼き』で。女騎士、ジャージに着替える。
ボォォォォッ!!
夕暮れの庭に、巨大な炎が上がった。
燃料は、納屋にあった『灯油(ポリタンク一缶分)』。
焼却対象は、先ほどチェーンソーで剪定された、100体近いオークの残骸だ。
「よし、よく燃えてるな」
俺は「チャッカマン」をポケットにしまい、うちわでパタパタと火を仰いだ。
田舎ではよく見る光景だ。刈った草木や、剪定した枝を畑の隅で燃やす「野焼き」。
灰はそのまま肥料になるし、害虫の卵も駆除できて一石二鳥だ。
ただ、一つだけ予想外だったのは――。
「……なんか、煙の色がおかしくないか?」
燃え上がる炎は、なぜか鮮やかな紫色をしていた。
立ち上る煙に至っては、オーロラのように虹色に輝きながら、天へと昇っていく。
「化学繊維でも燃やしたかな? まあ、あいつら変な鎧着てたし、化学反応だろ」
俺は風向きを確認した。
煙が隣の山へ流れていく。近隣(といっても数キロ先だが)の迷惑にはならなそうだ。
だが、俺の隣で火の番をしていたアリシアの反応は違った。
彼女は、虹色の煙を見上げ、感動に打ち震えていた。
「おお……! なんと美しい……!」
彼女の目には、こう映っていた。
穢れた魔族の魂が、聖なる灯油の炎によって浄化され、純粋な魔力へと還元されていく光景に。
「紫の炎は、高位聖職者しか扱えぬ『冥府の送り火』……! たった独りで、百体の魔族を弔うとは、主殿はなんと慈悲深いお方なのか……!」
アリシアは膝をつき、両手を合わせて拝み始めた。
俺には「生木を燃やした燻製みたいな臭い」しかしないのだが、彼女には「浄化された魂の香気」が漂っているらしい。
「(まあ、衛生的に処理できてよかったよ)」
俺はスコップで燃えカスを突っつきながら、完全に灰になるのを待った。
◇
一方、その光景を遠くから監視している者たちがいた。
佐伯家から数キロ離れた林道。
木陰に停車した黒塗りの覆面パトカーの中で、権田係長と部下が双眼鏡を構えていた。
「か、係長! 佐伯家から異常な色の煙が!」
「火事か!? いや……違う」
権田は手元の計測器を見た。
針が振り切れている。
「あれは高濃度の『魔力光』だ。……なんと、あれほどの質量のマナを、大気に還元しているのか……」
彼らの解釈では、佐伯は「倒した魔物の魂を鎮めるため、大規模な浄化儀式を行っている」ということになった。
「下手に近づけば、濃すぎる魔力で『魔力酔い』を起こしてショック死するぞ。……総員、その場で合掌!」
「はっ!」
スーツ姿の男たちが、車内で一斉に手を合わせる。
佐伯家の方角に向かって。
「やはり彼は、自然のサイクル(摂理)そのものを操る存在だ。……我々ごときが管理しようなど、おこがましいにも程があったな」
権田は胃薬を飲み込みながら、改めて「不干渉」の誓いを新たにした。
◇
さて、火の番も一段落した頃。
俺の隣で拝んでいたアリシアの身に、アクシデントが起きた。
ガシャンッ……バラバラバラ……
突然、乾いた音がして、彼女が身につけていた銀色の鎧が崩れ落ちたのだ。
「きゃっ!?」
アリシアが悲鳴を上げてしゃがみ込む。
どうやら、ダンジョンでの逃避行と、さっきの戦闘(見学していただけだが)の余波で、装備の耐久値が限界を迎えていたらしい。
繋ぎ目が砕け、地面に金属片となって散らばった。
「あぅ……。王家伝来のミスリル鎧が……」
問題は、鎧の下だ。
インナーもボロボロに破れており、ほとんど布切れ一枚の状態だった。
煤と泥で汚れた白い肌が露わになっている。
「うぅ……。これでは、警備の任務に就けません……」
アリシアは恥ずかしそうに身を縮こまらせた。
確かに、これからの季節、山でその格好は風邪を引く。
「そういえば、着替えも持ってないんだったな」
俺は少し考え、家に戻った。
タンスの奥をごそごそと漁る。
亡くなった母さんが、昔着ていた服があったはずだ。
「あった。これなら丈夫だし、動きやすいだろ」
俺が引っ張り出してきたのは、昭和の遺物。
『学校指定ジャージ(えんじ色)』だ。
袖と裾にゴムが入った、昔ながらの芋ジャージ。
胸には『佐伯』という刺繍が入っている。
「ほら、これ着とけ。洗濯してあるから綺麗だぞ」
「か、貸して頂けるのですか……? ありがとうございます!」
アリシアは恭しくジャージを受け取ると、物陰で着替え始めた。
数分後。
「主殿! こ、これは凄いです!」
興奮した声と共に、ジャージ姿の金髪美少女が現れた。
えんじ色の上着に、少しダボッとしたズボン。
絶望的にダサい。だが、素材(顔とスタイル)が良いせいで、妙な可愛さがある。
「何が凄いんだ?」
「この伸縮性です! 見てください!」
アリシアが屈伸運動をする。
「膝が……突っ張らない! どんな動きにも皮膚のように追従します! しかも、肌触りが柔らかく、汗を瞬時に吸い取る……!」
「ポリエステルだからな」
「さらに、この袖口の『ゴム』という機構! 紐で縛らずとも手首にフィットし、風の侵入を防いでいます!」
彼女は袖のリブを引っ張ってパチンと弾いた。
「極めつけは、この前合わせの『ファスナー』! 無数の金属の歯が噛み合い、一瞬で衣服を密閉する……なんと高度な金属加工技術!」
ジジジッ、とファスナーを上げ下げして感動している。
どうやら異世界にはチャックがないらしい。
「気に入ったならやるよ。サイズもピッタリみたいだし」
「よろしいのですか!? このような高機能な『究極の戦闘服』を!」
アリシアは胸元の刺繍を撫でた。
「『佐伯』……。これが、主殿の率いるクラン(軍団)の紋章ですね?」
「まあ、表札みたいなもんだ」
「光栄です! 私も正式に『サエキ軍』の眷属として認められたのですね!」
アリシアは直立不動になり、ビシッと敬礼した。
その姿は、完全に「田舎の運動部員」だったが、本人のやる気は十分だ。
「このジャージに誓って、佐伯家の平和を守り抜きます! 社長!」
「社長はやめろ。まあ、似合ってるよ」
こうして、芋ジャージ姫騎士が爆誕した。
◇
野焼きが終わり、灰になったオークたちを土に混ぜ込む。
これで来年の野菜は豊作間違いなしだ。
俺は空になった灯油のポリタンクを振った。
カラン、カラン。
「あー、灯油使い切っちゃったな。肥料も減ってきたし、チェーンソーの替刃も予備がない」
ここ数日の激闘(DIY)で、資材の在庫が心もとなくなっている。
近所のコメリでは、マニアックな工具や大量の資材は揃わないかもしれない。
「よし、明日は買い出しだ。隣町のデカいホームセンターまで行くぞ」
「遠征ですか! お供します!」
「わんっ!(ドライブか!?)」
ジャージ姿のアリシアと、小屋から出てきたポチが反応する。
「ああ。『スーパービバホーム』だ。あそこなら何でも揃う」
俺たちは翌日の作戦会議(買い物リスト作成)を始めた。
軽トラに一人の男と、一人の騎士と、一匹の神獣、そして一台のスマホを乗せて。
伝説の買い出しツアーが始まろうとしていた。




