第15話:整地(虐殺)開始。雑木林の剪定作業。
「怯むな! 奴は一人だ! 武器はあの奇妙な鉄の棒だけだ!」
オーク将軍の怒号が飛ぶ。
それを合図に、先陣のオーク兵3体が、巨大な棍棒を振り上げて突っ込んできた。
「我らの『鋼鉄の皮膚』で、刃ごと砕いてくれるわ!」
彼らは自信に満ちていた。
通常の剣や槍ならば、彼らの皮膚は弾き返す。ましてや、あんな鋸のような刃で何ができるというのか。
俺はため息をついた。
「あー、危ないから寄るなよ。キックバック(跳ね返り)が来たら怪我するぞ」
俺は忠告しつつ、スロットルレバーを全開まで握り込んだ。
ブイイイイイイイイィィィン!!!!
エンジンの回転数がピークに達する。
ガイドバーに巻き付いたソーチェーンが、高速で周回し、目に見えないほどの帯となる。
俺は迫りくる棍棒に向かって、チェーンソーを軽く押し当てた。
ギャリギャリギャリッ!!!!
硬質な破砕音と共に、大量の木屑(鉄粉)が舞い上がった。
「ブヒッ!?」
オークの目が点になる。
彼が自慢していた鋼鉄の棍棒は、触れた瞬間に先端から消滅していた。
いや、削り取られたのだ。超硬チップの回転ヤスリによって。
「硬いな。樫の木か?」
俺はそのまま、フォロースルーでチェーンソーを振り抜いた。
回転する刃が、オークの厚い胸板(鎧ごと)を通過する。
ズバババババッ!!
「ブ……ヒ……?」
オークは自分が斬られたことすら気づかなかったようだ。
一拍遅れて、その巨体が斜めにズレて崩れ落ちた。
「よし、切れ味問題なし」
俺は飛び散った樹液(返り血)を避けるように一歩下がった。
◇
「な、なんだあの武器は……!?」
後続のオークたちが足を止める。
だが、俺は止まらない。
一度エンジンをかけた以上、作業を終わらせるまではノンストップだ。
「そこ、枝が混み合ってるな。風通しを良くしないと」
俺は密集しているオークの集団に歩み寄った。
彼らが武器を構えるより早く、俺はチェーンソーを振るう。
上から下へ。右から左へ。
剣術のような鋭さはない。
チェーンソー自体の重さを利用し、遠心力で「払う」ような動きだ。
ギャリッ! ズバン! バリバリバリッ!
断末魔を上げる暇もない。
刃が触れれば、盾だろうが鎧だろうが、肉体だろうが、すべて等しく「切削」される。
「この種類の木、繊維が粘っこいな。広葉樹か?」
俺はエンジンの回転を落とさないよう、リズミカルに進む。
ブォン! ブォン!
そのたびに、数体のオークが物言わぬ丸太へと変わっていく。
その様子を、後方で見ていたアリシアが震える声で実況していた。
「信じられん……! 刃を受け止めるのではない。回転する刃が触れた瞬間に、対象を『削り取って』いる!?」
「あんな轟音と振動を撒き散らす魔剣を、まるで自身の腕のように……! これぞ人機一体の境地!」
彼女の目には、俺が達人の剣舞を舞っているように見えているらしい。
実際は、跳ね返ってこないように腰を入れて踏ん張っているだけなのだが。
◇
作業に没頭する俺の死角。
背後の茂みから、数体のオークが忍び寄っていた。
隠密行動を得意とする暗殺部隊だ。
『マスター! 後ろです! 6時の方向!』
たまちゃんが警告するが、エンジンの爆音で俺の耳には届かない。
オークが毒塗りの短剣を振り上げる。
「死ねぇ! 魔王!」
だが、その刃が振り下ろされることはなかった。
俺の足元で大人しくしていたポチ(柴犬)が、ふと影のように伸びたのだ。
一瞬の出来事だった。
闇色の巨大な顎が地面から出現し、暗殺者たちを――音もなく飲み込んだ。
パクッ。
咀嚼音すらしない。
次の瞬間には、ポチは元の可愛い柴犬に戻り、何事もなかったかのように「くぅ~ん(何もしてないよ)」と尻尾を振っていた。
「ん? 今なんか後ろで音がしたか?」
俺は振り返った。
そこには誰もいない。ただ風が吹いているだけだ。
「気のせいか。足場が悪いから、転ばないようにな」
俺はポチに注意を促し、再び前の作業に戻った。
◇
数分後。
100体いたオーク軍団は、ほぼ壊滅していた。
残るは、将軍ただ一人。
「バカな……我が精鋭部隊が、たった数分でゴミ山に……!」
将軍は、積み上がった部下の死体(資材)を見て、恐怖に顔を歪めた。
だが、さすがは武人としての誇りがあるのか、逃げ出そうとはしない。
「許さん……! 我が一族に伝わる秘宝『ミスリルの大盾』で、その回転剣を止めてくれる!」
将軍は背中の巨大な盾を構え、突進してきた。
全身を盾の後ろに隠し、質量で押し潰すタックルだ。
「うおっ、デカい切り株(根っこ)があるな」
俺は迫りくる盾を見て、厄介だなと思った。
あれだけ分厚いと、普通に切ろうとしても刃が噛んで止まってしまうかもしれない。
「抜根するのは面倒だし……テコを使うか」
俺はチェーンソーの根元にあるギザギザした金属部分――『スパイクバンパー』を、盾の縁にガチンと食い込ませた。
「ここを支点にして……ほいっ!」
スパイクを食い込ませたまま、ハンドルを押し下げる。
テコの原理で、回転する刃が盾に深々と押し付けられる。
ガギギギギギギギッ!!!!
凄まじい金属音と火花。
世界最高硬度を誇るミスリルが、悲鳴を上げる。
「なっ!? 盾が……削れるだとぉぉ!?」
「硬いけど、切れない木はない!」
俺はさらに力を込めた。
エンジンが最大トルクで唸る。
ズドンッ!!
盾が真っ二つに割れた。
そして、その勢いのまま、隠れていた将軍の鎧ごと、唐竹割りに両断した。
「物理……理不尽なりぃぃ……」
将軍はそう言い残し、光の粒子となって消滅した。
◇
俺は手元のスイッチを操作し、エンジンを切った。
プスン……。
突然の静寂が訪れる。
庭には、綺麗に処理されたオークの残骸が山積みになっていた。
「ふぅ。一仕事終わったな」
俺はヘルメットを脱ぎ、タオルで顔の汚れ(返り血とオイル)を拭った。
心地よい疲労感だ。
「刃はどうだ? ……チップがいくつか飛んだか。まあ、研げばまだ使える範囲だな」
道具の点検を済ませ、俺は振り返った。
アリシアが、幽霊でも見るような目でこちらを見ている。
「終わったぞ。怪我はないか?」
「あ、あなた……本当に人間なのですか……?」
「失礼な。見ての通り、ただの元社畜だよ」
たまちゃんが、あきれ果てた声で独り言を呟く。
『(マスター……血まみれの笑顔で「いい仕事した」みたいな顔しないでください……。魔王より魔王らしいですよ……)』
俺は周囲を見渡した。
庭は綺麗に片付いた(敵はいなくなった)が、新たな問題が発生していた。
「しかし、散らかったな」
山積みのオークの死体。
これをこのまま放置すれば、腐って悪臭を放ち、ハエやウジが湧くだろう。衛生的に最悪だ。
「こりゃあ、埋める穴掘るのも大変だな」
「こ、これを埋葬するのですか? 墓地が足りませんが……」
アリシアが困惑する。
俺は少し考えて、結論を出した。
「埋めるのは無理だ。『野焼き』にするか」
田舎ではよくあることだ。刈り取った草木や、剪定した枝を燃やして肥料にする。
こいつらも、燃やしてしまえば土に還るだろう。
「アリシア、納屋から灯油持ってきてくれ」
「と、灯油? 燃える水ですか?」
「ああ。盛大にキャンプファイヤーといこうぜ」
俺たちのこの行動が、遠くから監視していた政府の役人たちに「謎の浄化儀式」と勘違いされることになるのだが――それはまた、火をつけてからの話だ。




