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第14話:オークの大群がうるさいので、エンジン式チェーンソーを起動した。

 ズシン……ズシン……ッ!


 腹の底に響くような地響きと共に、俺の家の庭先――電気柵の向こう側が、黒い影で埋め尽くされた。


「ブヒィィッ! 見つけたぞ、裏切り者の姫騎士ぃぃ!」

「この家の人間もろとも、挽肉にしてやるブヒィィ!」


 現れたのは、直立歩行する豚の怪物――オークの軍団だ。

 数はおよそ100体。しかも全員が、分厚い鉄の鎧と兜で武装している。

 先頭に立つのは、ひと際巨大な体躯を持つオーク将軍。手には血塗られたグレートアクスが握られていた。


「くっ……! あれは魔王軍の重装歩兵『鉄のアイアン・オーク』団! 皮膚そのものが鋼鉄のように硬い、難攻不落の部隊です!」


 アリシアが青ざめた顔で叫ぶ。

 せっかくカップ麺で満たされた至福の時間が、豚の体臭と殺気で台無しだ。


 オーク将軍が、勝ち誇ったように雄叫びを上げた。


「ガハハハ! 出てこい! 我らに膝を屈し、その家の食料と女を差し出せば、命だけは助けてやるブヒ!」


 ドンドンドンッ!

 オークたちが一斉に足を踏み鳴らし、ドラミング威嚇を始める。

 うるさい。とにかくうるさい。


 俺は飲みかけのコーヒーカップをテーブルに置いた。


「……あー、うるさいな。なんだあれ、暴走族の集会か?」


 休日の昼下がりに、近所迷惑も甚だしい。

 俺はため息をつきながら立ち上がった。


『マスター、翻訳しますか?』


 ポケットの中で、たまちゃんが気を利かせてくる。


「ああ、頼む。なんて言ってるんだ?」

『意訳しますね。えーと……』


 たまちゃんが一拍置いて、合成音声で告げた。


『「俺達ハ元気な若者ダ! 庭デ大騒ぎシテ、ゴミヲ散ラカシテ帰ルゼ! 夜露死苦!」……と言っています』


「…………」


 俺のこめかみに、青筋が浮かんだ。


「不法侵入に騒音、そのうえゴミのポイ捨てだと? ……教育が必要だな」


 俺の目が、害獣駆除モードの冷たい光を宿す。

 庭を荒らす害獣は、トマトを食ったゴブリンだけで十分だ。


「行くぞ」

「主殿!? お待ちください!」


 納屋へ向かう俺の背に、アリシアがしがみついた。


「無茶です! 奴らの『鋼鉄の皮膚』は、生半可な刃物では傷一つつけられません! 私の聖剣ですら弾かれるのです! 丸腰で出るなど自殺行為です!」

「数が多そうだしな。手作業ナタじゃ日が暮れる」


 俺はアリシアの制止を聞き流し、納屋の棚から装備を引っ張り出した。


「動力工具を使う」


          ◇


 俺はまず、ズボンの上から、鮮やかなオレンジ色の『チャップス(チェーンソー防護ズボン)』を装着した。

 これは特殊な繊維が何層にも織り込まれていて、万が一刃が当たっても、繊維が絡みついて回転を強制停止させる安全装備だ。


「よし、バックル固定」


 さらに、メッシュバイザーのついたヘルメットを被り、厚手の防振手袋をはめる。

 労働安全衛生法遵守。KY(危険予知)活動よし。


 その姿を見たアリシアが、息を呑んだ。


「な、なんと……! 下半身に『絶対防御の魔法繊維』を纏った!? あの鮮烈なオレンジ色は、自然界の生物が本能的に恐れる『危険色ハザード・カラー』……!」

「目立つ色じゃないと、作業中に事故るからな」


 俺は棚の奥から、相棒を取り出した。


 『マキタ エンジン式チェーンソー(ガイドバー450mm・排気量50ccクラス)』。


 電動ではなく、ガソリンエンジンで動くハイパワーモデルだ。

 ずっしりとした重みと、油の匂い。

 こいつを使えば、直径50センチの丸太もバターのように切れる。


「久しぶりだな。オイルが固まってないといいが」


 俺は燃料タンクに混合ガソリンを注ぎ、チェーンオイルを補充した。

 燃料ポンプ(プライミングポンプ)を指でシュコシュコと押して、キャブレターに燃料を送る。

 チョークレバーを引く。


 その一連の動作ルーティンを、アリシアは戦慄の眼差しで見つめていた。


「(魔力ガソリンを注入し……心臓部を指圧して魔力回路を開通させている……!? あれは、禁忌の魔導具『狂戦士のベルセルク・ブレード』の封印解除コード……!)」


 準備は整った。

 俺は地面にチェーンソーを置き、右足でハンドルを踏んで固定した。

 左手でハンドルを握り、右手でスターターロープを掴む。


「よし、かかるか?」


 一気にロープを引く。


 キュルルッ……ズガガガガガガッ!!!!


 爆音が、納屋の中で炸裂した。

 2ストロークエンジンのけたたましい咆哮。

 マフラーから白煙が噴き出し、オイルの焦げる匂いが充満する。


「ひぃっ!? 剣が……咆哮を上げた!?」


 アリシアが腰を抜かした。

 庭で騒いでいたオークたちも、突然の爆音にビクリと動きを止める。


「ブヒッ!? な、なんだあの音は! ドラゴンか!?」


 俺はチョークを戻し、スロットルレバーを軽く煽った。


 ブォン! ブオオオオン!!


 アイドリングが安定する。

 ソーチェーン(刃)が高速で回転し、空気を切り裂く金属音が重なる。

 ギャリギャリギャリギャリ……!


「うん、吹け上がりよし。キャブの調子も悪くないな」


 俺は唸りを上げるチェーンソーを片手で持ち上げると、納屋からゆっくりと歩き出した。


          ◇


 白煙の中から現れた俺を見て、オーク将軍が目を見開いた。


「な、なんだ貴様は!? その奇妙な形の武器は!?」


 俺はオレンジ色の脚絆チャップスを見せつけながら、無造作に近づいていく。

 手元では、鋼鉄の刃が目にも止まらぬ速さで回転し、飢えた猛獣のような唸り声を上げている。


 俺は将軍に向かって、事務的に告げた。


「どいてくれ。そこ、通路なんだよ」


 もちろん、どく気はない。

 これは交渉ではない。

 庭木の「剪定せんてい作業」のお知らせだ。


「か、囲め! 人間風情が、ハッタリをかましおって!」


 将軍の号令で、オークたちが武器を構えて殺到する。

 だが、その顔は引きつっていた。生物としての本能が、あの回転する刃に触れてはいけないと警鐘を鳴らしているのだ。


 俺はスロットルを全開にした。


 ブイイイイイイイイィィィン!!!!


 エンジンが絶叫する。

 さあ、仕事の時間だ。


「硬いオークだろうが関係ない。まとめてチップにしてやる」

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― 新着の感想 ―
ゾンビもので チェンソウが出るといつも思うんだけど ケブラーの防弾ベスト着けた警官ゾンビ切ると詰むんじゃないかと。
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