第12話:異世界の姫騎士が来たので、迷子のコスプレイヤーとして保護した。
深夜の裏山。
草木も眠る丑三つ時。
地下深くから続くダンジョンの入り口(洞窟)から、金属を引きずるような音が響いていた。
ジャラ……ジャラ……。
「ハァ……ハァ……ッ!」
荒い呼吸と共に、一人の少女が地上へと這い出してきた。
月明かりに照らされたその姿は、痛々しい。
かつては白銀に輝いていたであろう全身鎧は、無数の爪痕でボロボロに砕け、金色の長い髪は血と泥で固まっている。
手には、半ばから折れた聖剣。
異世界の大国「ガードナー王国」の第3王女にして、近衛騎士団長――アリシア・フォン・ガードナー(19)。
彼女は、故郷を滅ぼした魔王軍の追撃から逃れ、一か八か、未踏のダンジョン『奈落』へと飛び込んだのだ。
「出口……!? ここは……地上か……?」
アリシアは眩む視界で天を仰いだ。
星が見える。
助かったのか。魔物の巣窟を抜け、安全な地へと辿り着いたのか。
しかし、彼女が安堵したのは一瞬だった。
視界が晴れ、周囲の景色を認識した瞬間、彼女の顔色は絶望へと変わった。
「な、なんだここは……!?」
足元には、土ではない。
鏡のように平滑で、どこまでも黒く硬い「黒曜石の道」が続いていた。
自然界には存在し得ない、完全なる平面。
そして、その道の先には――。
「あ、あれは……!」
月光を浴びて黒光りする、巨大な鉄の塊。
長い首を持ち、鋭い爪を地面に突き立てて眠る、異形の怪物。
「鉄の巨竜……! 動いていないというのに、この圧倒的な質量感……!」
それは、ただ駐車してある『ユンボ(3tクラス)』だった。
だが、中世レベルの文明しか知らないアリシアにとって、それは未知の古代兵器にしか見えなかった。
「くっ……。奈落の出口は、さらなる地獄に繋がっていたというのか……!」
さらに、彼女の行く手を阻むように、青白い火花を散らす柵が張り巡らされていた。
耳を澄ますと、「ブーン……」という不吉な羽音が聞こえる。
「雷の結界(電気柵)……。触れれば魂ごと焼かれる、絶対防御線か……」
アリシアは奥歯を噛み締めた。
戻れば魔物の群れ。進めば魔王の城(に見える民家)。
だが、ここで野垂れ死ぬわけにはいかない。
「進むしかない……!」
彼女は折れた剣を杖にして、ふらつく足取りでゲートへと近づいた。
せめて、あの建物の軒先で休息を取らねば。
彼女が一歩、結界の内側(敷地)に足を踏み入れた、その瞬間だった。
カッッッ!!!!
静寂を切り裂く、強烈な閃光。
3000ルーメンのLEDセンサーライトが作動したのだ。
「ぐあぁぁぁっ!!」
暗闇に慣れきっていたアリシアの網膜を、暴力的な光が焼き尽くす。
「『太陽の魔術』か!? 侵入者を感知し、浄化の光を放つ罠……!」
目が眩み、平衡感覚を失う。
その場に膝をつくアリシア。
薄れゆく意識の中で、彼女は見た。
光の向こう側から、悠然と歩いてくる人影を。
◇
「ん? ライトがついたな」
俺、佐伯健人は、リビングで深夜アニメを見ていた。
ふと窓の外が明るくなったのに気づき、立ち上がる。
「ポチが徘徊してるのか? それともまたタヌキか?」
俺はサンダルを突っかけ、懐中電灯を持って勝手口から外へ出た。
服装は、リラックス用のスウェット上下だ。
逆光の中、俺は目を凝らした。
センサーライトの下に、何かがうずくまっている。
「……あ? 人間?」
そこにいたのは、金髪の女性だった。
それも、ただの女性じゃない。
全身に、ボロボロになった銀色の鎧をまとっている。手には折れた剣のようなもの。
「すごい格好してるな。アルミホイルみたいな鎧だ」
俺は首を傾げた。
ハロウィンの時期だっけ? いや、違うな。
最近はYouTuberとかコスプレイヤーが、撮影のために廃墟や山に入ることがあると聞く。
「撮影で迷ったのか? それにしても本格的だな。血糊メイクまでして」
俺は懐中電灯を向けながら近づいた。
「おい、大丈夫か? 道に迷ったのか?」
◇
アリシアの視点。
逆光の中に立つ、男の姿。
背後には、神々しいまでの光を背負っている。
(あ、あれが……この城の主……!)
男は、鎧すら身につけていなかった。
簡素な布の服に、足元は無防備な履物。
武器すら持っていない。手にあるのは、小さな光の筒(懐中電灯)のみ。
(なんという余裕……! 侵入者に対して、武装する必要すらないということか!)
圧倒的な強者のオーラ。
そして、男の足元には、あの神獣フェンリル(ポチ)が、忠実な下僕として侍っているではないか。
(神獣をペットにし、雷と鉄の巨人を操る魔王……!)
アリシアは最後の力を振り絞り、折れた聖剣を構えた。
「くっ……近づくな……!」
「お、元気だな。イベント帰りか?」
「問答無用! 我が名はアリシア! 誇り高き騎士として、貴様ごときに……ッ!」
叫ぼうとしたが、極限の空腹と疲労で足がもつれた。
視界がぐらりと傾く。
「しまっ……」
地面に顔面から倒れ込む――はずだった。
ふわり。
体が宙で止まった。
「おっと、危ない」
男が、片手でアリシアの体を受け止めていた。
フルプレートメイルの重量ごと、まるで羽毛でも扱うかのように、軽々と。
「!?」
アリシアは戦慄した。
この鎧は、ドワーフ銀で作られた特注品。総重量は30キロを超える。
それを、腕一本で、しかも体勢を崩さずに支えるなど……オーガ以上の腕力だ。
「軽っ。ちゃんと飯食ってるか? 最近のコスプレ衣装はよくできてるなぁ」
男の顔が近づく。
殺気はない。だが、底知れない深淵のような瞳。
(……強い。勝てない……)
アリシアの意識は、そこでプツリと途切れた。
◇
「おい、もしもし? ……気絶しちゃったよ」
俺は腕の中の女性を揺さぶったが、反応はない。
顔色が悪い。唇もカサカサだ。
どうやら演技やメイクではなく、本当に遭難して衰弱しているらしい。
「参ったな。警察呼ぶにも、ここは圏外だしな」
祖父の結界のせいか、この山は電波が悪い。
麓まで降りて公衆電話を使うのも面倒だ。
「放っておいたら死ぬな。……とりあえず、家に入れて手当するか」
俺は女性を米俵のように担ぎ上げた。
金属製の鎧に見えたが、持ってみると意外と軽い。最近の素材はすごいな。
「ポチ、ドア開けてくれ」
「わんっ!」
ポチが器用に前足でドアを押す。
俺は土足のまま土間に上がり、居間へと向かった。
ポチが、担がれた女性の匂いをクンクンと嗅いでいる。
『主よ、その雌は敵ではありませんか? 微かに聖教の匂いがします。食ってしまいましょうか?』
「食うなよ。お客さんだ」
俺は居間の真ん中に鎮座する、日本の冬の最強兵器――『コタツ』の布団をめくった。
まだ11月だが、山は寒いので既に出してあるのだ。
「とりあえず、温めとけば生き返るだろ」
俺は女性を、鎧(衣装)のままコタツに突っ込んだ。
下半身を温めれば血流も良くなるはずだ。
「さて、腹も減ってるだろうし、なんか作るか」
俺は台所へ向かい、ヤカンに水を汲んだ。
手軽にカロリーと塩分を補給できるもの。
そう、『カップヌードル シーフード味(BIG)』だ。
まさかこの一杯が、高潔な姫騎士を堕落させる「悪魔の食事」になるとは、この時の俺は知る由もなかった。




