表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/22

第12話:異世界の姫騎士が来たので、迷子のコスプレイヤーとして保護した。

 深夜の裏山。

 草木も眠る丑三つ時。

 地下深くから続くダンジョンの入り口(洞窟)から、金属を引きずるような音が響いていた。


 ジャラ……ジャラ……。


「ハァ……ハァ……ッ!」


 荒い呼吸と共に、一人の少女が地上へと這い出してきた。

 月明かりに照らされたその姿は、痛々しい。

 かつては白銀に輝いていたであろう全身鎧フルプレートは、無数の爪痕でボロボロに砕け、金色の長い髪は血と泥で固まっている。

 手には、半ばから折れた聖剣。


 異世界の大国「ガードナー王国」の第3王女にして、近衛騎士団長――アリシア・フォン・ガードナー(19)。

 彼女は、故郷を滅ぼした魔王軍の追撃から逃れ、一か八か、未踏のダンジョン『奈落』へと飛び込んだのだ。


「出口……!? ここは……地上か……?」


 アリシアは眩む視界で天を仰いだ。

 星が見える。

 助かったのか。魔物の巣窟を抜け、安全な地へと辿り着いたのか。


 しかし、彼女が安堵したのは一瞬だった。

 視界が晴れ、周囲の景色を認識した瞬間、彼女の顔色は絶望へと変わった。


「な、なんだここは……!?」


 足元には、土ではない。

 鏡のように平滑で、どこまでも黒く硬い「黒曜石のアスファルト」が続いていた。

 自然界には存在し得ない、完全なる平面。


 そして、その道の先には――。


「あ、あれは……!」


 月光を浴びて黒光りする、巨大な鉄の塊。

 長いアームを持ち、鋭いバケットを地面に突き立てて眠る、異形の怪物。


「鉄の巨竜ゴーレム……! 動いていないというのに、この圧倒的な質量感プレッシャー……!」


 それは、ただ駐車してある『ユンボ(3tクラス)』だった。

 だが、中世レベルの文明しか知らないアリシアにとって、それは未知の古代兵器にしか見えなかった。


「くっ……。奈落の出口は、さらなる地獄に繋がっていたというのか……!」


 さらに、彼女の行く手を阻むように、青白い火花を散らす柵が張り巡らされていた。

 耳を澄ますと、「ブーン……」という不吉な羽音が聞こえる。


「雷の結界(電気柵)……。触れれば魂ごと焼かれる、絶対防御線か……」


 アリシアは奥歯を噛み締めた。

 戻れば魔物の群れ。進めば魔王の城(に見える民家)。

 だが、ここで野垂れ死ぬわけにはいかない。


「進むしかない……!」


 彼女は折れた剣を杖にして、ふらつく足取りでゲートへと近づいた。

 せめて、あの建物の軒先で休息を取らねば。


 彼女が一歩、結界の内側(敷地)に足を踏み入れた、その瞬間だった。


 カッッッ!!!!


 静寂を切り裂く、強烈な閃光。

 3000ルーメンのLEDセンサーライトが作動したのだ。


「ぐあぁぁぁっ!!」


 暗闇に慣れきっていたアリシアの網膜を、暴力的な光が焼き尽くす。


「『太陽の魔術ソーラー・フレア』か!? 侵入者を感知し、浄化の光を放つ罠……!」


 目が眩み、平衡感覚を失う。

 その場に膝をつくアリシア。

 薄れゆく意識の中で、彼女は見た。


 光の向こう側から、悠然と歩いてくる人影を。


          ◇


「ん? ライトがついたな」


 俺、佐伯健人は、リビングで深夜アニメを見ていた。

 ふと窓の外が明るくなったのに気づき、立ち上がる。


「ポチが徘徊してるのか? それともまたタヌキか?」


 俺はサンダルを突っかけ、懐中電灯を持って勝手口から外へ出た。

 服装は、リラックス用のスウェット上下だ。


 逆光の中、俺は目を凝らした。

 センサーライトの下に、何かがうずくまっている。


「……あ? 人間?」


 そこにいたのは、金髪の女性だった。

 それも、ただの女性じゃない。

 全身に、ボロボロになった銀色の鎧をまとっている。手には折れた剣のようなもの。


「すごい格好してるな。アルミホイルみたいな鎧だ」


 俺は首を傾げた。

 ハロウィンの時期だっけ? いや、違うな。

 最近はYouTuberとかコスプレイヤーが、撮影のために廃墟や山に入ることがあると聞く。


「撮影で迷ったのか? それにしても本格的だな。血糊ちのりメイクまでして」


 俺は懐中電灯を向けながら近づいた。


「おい、大丈夫か? 道に迷ったのか?」


          ◇


 アリシアの視点。


 逆光の中に立つ、男の姿。

 背後には、神々しいまでのセンサーライトを背負っている。


(あ、あれが……この城のあるじ……!)


 男は、鎧すら身につけていなかった。

 簡素な布のスウェットに、足元は無防備な履物サンダル

 武器すら持っていない。手にあるのは、小さな光の筒(懐中電灯)のみ。


(なんという余裕……! 侵入者に対して、武装する必要すらないということか!)


 圧倒的な強者のオーラ。

 そして、男の足元には、あの神獣フェンリル(ポチ)が、忠実な下僕として侍っているではないか。


(神獣をペットにし、雷と鉄の巨人を操る魔王……!)


 アリシアは最後の力を振り絞り、折れた聖剣を構えた。


「くっ……近づくな……!」

「お、元気だな。イベント帰りか?」

「問答無用! 我が名はアリシア! 誇り高き騎士として、貴様ごときに……ッ!」


 叫ぼうとしたが、極限の空腹と疲労で足がもつれた。

 視界がぐらりと傾く。


「しまっ……」


 地面に顔面から倒れ込む――はずだった。


 ふわり。

 体が宙で止まった。


「おっと、危ない」


 男が、片手でアリシアの体を受け止めていた。

 フルプレートメイルの重量ごと、まるで羽毛でも扱うかのように、軽々と。


「!?」


 アリシアは戦慄した。

 この鎧は、ドワーフ銀で作られた特注品。総重量は30キロを超える。

 それを、腕一本で、しかも体勢を崩さずに支えるなど……オーガ以上の腕力だ。


「軽っ。ちゃんと飯食ってるか? 最近のコスプレ衣装はよくできてるなぁ」


 男の顔が近づく。

 殺気はない。だが、底知れない深淵のような瞳。


(……強い。勝てない……)


 アリシアの意識は、そこでプツリと途切れた。


          ◇


「おい、もしもし? ……気絶しちゃったよ」


 俺は腕の中の女性を揺さぶったが、反応はない。

 顔色が悪い。唇もカサカサだ。

 どうやら演技やメイクではなく、本当に遭難して衰弱しているらしい。


「参ったな。警察呼ぶにも、ここは圏外だしな」


 祖父の結界のせいか、この山は電波が悪い。

 麓まで降りて公衆電話を使うのも面倒だ。


「放っておいたら死ぬな。……とりあえず、家に入れて手当するか」


 俺は女性を米俵のように担ぎ上げた。

 金属製の鎧に見えたが、持ってみると意外と軽い。最近の素材はすごいな。


「ポチ、ドア開けてくれ」

「わんっ!」


 ポチが器用に前足でドアを押す。

 俺は土足のまま土間に上がり、居間へと向かった。


 ポチが、担がれた女性の匂いをクンクンと嗅いでいる。


『主よ、そのメスは敵ではありませんか? 微かに聖教の匂いがします。食ってしまいましょうか?』

「食うなよ。お客さんだ」


 俺は居間の真ん中に鎮座する、日本の冬の最強兵器――『コタツ』の布団をめくった。

 まだ11月だが、山は寒いので既に出してあるのだ。


「とりあえず、温めとけば生き返るだろ」


 俺は女性を、鎧(衣装)のままコタツに突っ込んだ。

 下半身を温めれば血流も良くなるはずだ。


「さて、腹も減ってるだろうし、なんか作るか」


 俺は台所へ向かい、ヤカンに水を汲んだ。

 手軽にカロリーと塩分を補給できるもの。

 そう、『カップヌードル シーフード味(BIG)』だ。


 まさかこの一杯が、高潔な姫騎士を堕落させる「悪魔の食事」になるとは、この時の俺は知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ