第11話:権田係長、戦慄する。
東京、内閣府・超常災害対策課。
薄暗い作戦指令室の空気は、凍りついていた。
大型モニターには、砂嵐が映し出されている。
つい数秒前まで、そこには最新鋭ドローン『隼』が捉えた映像――謎の男が高圧洗浄機を構える姿――が映っていたはずだった。
「……解析班。状況を報告しろ」
権田係長の声が震えていた。
彼は胃薬の袋を握りつぶしながら、モニターを睨みつけている。
「は、はい! 最後の映像データをフレーム単位で解析しました!」
オペレーターがキーボードを叩く。
画面に、スロー再生された映像が表示された。
男がトリガーを引く。
ノズルから放たれたのは、ただの水。
だが、その初速は音速を超え、衝撃波を伴ってドローンの装甲に激突していた。
「着弾時の推定圧力、2000メガパスカル以上……! ダイヤモンドカッター並みの水圧です!」
「馬鹿な……。市販の掃除用具だぞ? ケルヒャーにそんな出力はない」
権田は呻いた。
ただの水を、魔法陣もなしに、対物ライフル級の威力で撃ち出す。
そんな芸当ができる人間など、日本国内のデータベースには存在しない。
「対象の身元は! あの男は何者だ!」
「現在照合中……出ました! 該当エリアの土地所有者、佐伯健人。28歳、元システムエンジニアです」
「ただの一般人じゃないか。……待て、その土地の『先代』の名は?」
オペレーターがデータをスクロールさせる。
「ええと……祖父の名は、佐伯源蔵。職業は宮大工とありますが……」
その名を聞いた瞬間。
権田の顔から、サーッと血の気が引いた。
「……源蔵……。『鬼の源蔵』か……!」
「係長? ご存知なのですか?」
「知っているも何も……!」
権田は脂汗を拭った。
昭和の裏社会において、その名を知らぬ者はいない。
霊能力や法力が一切通じない邪神や悪霊を、墨壺とノミだけで物理的に封印して回った、伝説の退魔師。
いや、あれは退魔師ではない。ただの「暴力的な職人」だ。
「あの男は、その孫か。……ならば辻褄が合う」
権田は深く息を吐いた。
「源蔵の英才教育を受けているなら、ドラゴンを『害獣』扱いするのも、ドローンを『虫』扱いするのも頷ける。奴は人間じゃない。『佐伯家の最高傑作』だ」
◇
一方その頃。
当の佐伯は、実家の納屋で古い道具箱をあさっていた。
「お、あったあった。じいちゃんの墨壺」
埃を被った大工道具。
それを手に取ると、懐かしい記憶が蘇ってくる。
――あれは、俺が5歳の頃だったか。
『じ、じいちゃん! あそこにオバケがいる! 怖いよぉ!』
裏山で遊んでいた幼い俺は、白い着物の幽霊を見て泣き叫んだ。
だが、祖父の源蔵は眉一つ動かさなかった。
『あぁ? 健人、よく聞け。幽霊なんぞ、質量保存の法則を無視したただのバグだ』
『ばぐ?』
『そうだ。存在している以上、そこには必ず「寸法」がある。寸法があるなら、それはただの物体だ』
源蔵は腰から水平器を取り出すと、幽霊に向かってスタスタと歩いていった。
『成仏しろやオラァッ!!』
ガォン!!
水平器のフルスイングが、幽霊の側頭部に炸裂した。
幽霊は「物理ぃぃ!?」という断末魔を残して霧散した。
『いいか健人。神だろうが悪魔だろうが、ビビるな。まずは「計測」しろ。寸法を測って図面を引けば、それはもう対処可能な「工事対象」だ』
……なんていう、スパルタ教育だったな。
「おかげで、変なもんを見ても驚かなくなっちまった」
俺は苦笑いしながら、墨壺を棚に戻した。
じいちゃんの教えは極端だったが、まあ、今の生活には役立っている。
マンイーターもゴブリンも、俺にとっては「処理すべき不具合」でしかないのだから。
◇
再び、東京・超常災害対策課。
権田係長は、決断を迫られていた。
「係長、どうしますか? SAT(特殊急襲部隊)を編成して突入しますか?」
「馬鹿者。奴を刺激してみろ。日本列島が更地になりかねんぞ」
権田は首を横に振った。
相手は、対空兵器並みの水圧を操り、神話級魔獣を手懐け、伝説の退魔師の血を引く男だ。
敵対すれば、霞が関が物理的に消滅する。
「方針を決定する。……『放置』だ」
「放置、ですか?」
「ああ。ただし、監視レベルは最大にする。奴の機嫌を損ねず、かつ、被害をあの山の敷地内に留めるんだ」
権田は端末を操作し、財務省のデータベースにアクセスした。
「それと、貢物を送る」
「貢物?」
「奴の活動資金だ。あの規模の『整地』を行っているなら、金がかかっているはずだ。金欠で暴れられたら困る」
権田は送金手続きのキーを叩いた。
「名目は……そうだな、『中山間地域・害獣駆除特別助成金』でいいだろう。金額は……これくらいか」
入力された金額を見て、オペレーターが息を呑んだ。
「500万!? 個人への助成金としては破格ですよ!」
「日本の平和が買えるなら安いものだ。承認!」
◇
ピロリン♪
佐伯のスマホが、通知音を鳴らした。
「ん? 銀行アプリか」
画面を見る。
【入金アリ:5,000,000エン (フリコミニン:コクコ)】
「……ごひゃくまん?」
俺は目をぱちくりさせた。
振込人は国庫。摘要欄には『害獣駆除・環境保全助成金』とある。
「ああ、そういえば確定申告の時に、なんかそういう枠にチェック入れたっけな?」
過疎化が進むこの地域では、山の手入れをするだけで補助金が出ると聞いたことがある。
それにしても多いが、まあ、マンイーターやゴブリンを駆除したし、その成果報酬だろうか。
「ラッキー。税金が戻ってきた感覚だな」
『マスター……それは還付金じゃなくて「手切れ金」というか「供物」ですよ……』
たまちゃんが何か言っているが、俺は気にせず残高を確認した。
これで、欲しかった新しいアタッチメントや、重機のレンタル費が賄える。
「よし、懐も温まったし、今日は早めに寝るか」
政府が手を引いたことで、佐伯家の周囲から監視の気配が消えた。
完全なる静寂が訪れる。
平和な夜だ。
……だが、その静寂を破る者が、地下深くから近づいていた。
裏山にあるダンジョンの入り口(洞窟)。
そこから、ガチャリ、ガチャリと金属音を立てて、何かが這い出してくる。
「ハァ……ハァ……」
月明かりの下に現れたのは、ボロボロの鎧をまとった人影。
折れた聖剣を杖代わりにして、血に濡れた金髪が顔に張り付いている。
「追っ手は……撒いたか……?」
異世界の大国から亡命してきた姫騎士、アリシア。
彼女は絶望の淵で、顔を上げた。
その視線の先には、闇夜に輝く人工の光――佐伯家の「人感センサーライト」があった。
「あそこに見えるは……希望の光か、それとも……?」
彼女は最後の力を振り絞り、光の方へと歩き出した。
そこが、魔王(佐伯)の住む城だとも知らずに。




