表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ご覚悟なさいませ、された事は十倍返し!ー脳筋辺境伯令嬢の仕返し

作者: 十六夜桜餅


此処に閉じ込められてもうどれくらいたったのだろう

窓のない地下室では今が昼なのか夜なのかもわからない

冷たい石床に横たわり目を瞑り私は最期の時を覚悟した。


「ああ…お父様、お母様、先立つ不幸をお許し下さい。

アイヴィーは今までとても幸せでした。出来るならもっと生きたかった……………」


ガンガンガン……

ああ、遠くから天使の足音が聞こえる…………。

「あらっ、天使って歩いたかしら?」

ドコン…ドガガガガガ……

「それにしてもちょっとうるさい天使だわね」

ボコンッ!

「お嬢、無事ですかー。って痛!」

床に空いた穴から赤い髪のチャラそうな美青年がヒョコっと顔を出したと思ったらポコンと殴られた。


「来るのが遅い!もっと早く助けに来なさいよ、まったく、石床で寝てたから体は冷えるし、肌荒れしちゃったじゃないの、このうすらハゲ!」

「ひどい! ハゲてないよ! ふさふさだよ!? 俺頑張ってここまで来たのに……。大体こんなとこ自力で出られるでしょう?」

助けに来てくれて、半泣きで文句言っているのは私の従者のカイン。


私は両腕を差し出して見せた。両手首には鈍く光る銀色の重厚な腕輪が付いている

「両手に魔封じの腕輪を嵌められたの」

「どうしてこんなもん付けられてるんですかっ!」


「いやぁ、それがねー、お菓子をくれるって言うからこうやって両手を出したらガチャンって感じでさー、酷いわよねー、結局お菓子はくれなかったし」

「あんたバカですか?バカなんですね!いっつも言ってるでしょ、知らない人から食べ物もらっちゃいけませんって」


口を尖らせて上目遣いに反論する。

「ご主人様に失礼じゃない?大体、知らない人じゃないし、婚約者ですし」

「一番駄目な奴じゃないか!!そんなカワイコぶっても今更ですよ。はぁ……お嬢も知ってるでしょ、あの王子がお嬢の事疎んでいるのは」

「最近流行りの洋菓子店の焼菓子だって言うからおもわず………」


「やっぱバカだ……まあいい、サッサとここから逃げますよ」

「腕輪は?」

「帰ったら外しますよ」

「今外してくれないの?」

「あんた今外したら、ここぶっ飛ばす気でしょ」

「あったり前でしょ!人をこんな目に合わせて仕返ししないと気が済まないわよ」

「やっぱり……駄目ですよ、一応王家の建物なんですから、ほら行きますよ」

渋々カインの後について魔法で掘ってきた穴に飛び込んで帰ることにした。




「あー、やっぱり我が家はいいわねー、おふとんもふかふかで最高!ご飯も美味しいし。ちょっと聞いてよ、あそこにいる間カッチカッチのパンと水しか出なかったのよ、最悪!」

文句を言いながらベッドの上で食事を頬張っている。


「はいはい、喋るか食べるかどっちかにしてくださいねー、お行儀悪いですよ」

カインが給仕をしながら軽く流している。


「はー、お腹一杯ごちそうさまでした、美味しかった!」

「よかったですね、料理長に伝えておきます」

お腹も一杯になったので一眠りしようとふとんに潜り込んだ時。


バタン!!と壊れるかと思うくらいドアが荒々しく開かれ、鬼の様な形相でツルツル頭の厳つい中年が泣きながら飛び込んで来た。

「アイヴィー!無事だったか!」

抱きついてきそうな巨体の中年を止めるのに、アイアンクローをかましながら

「お父様、落ち着いて下さいまし。この通り私は無事ですわ。」

「痛い痛い、ギブギブ!わかったから離して!」


後ろから金色に輝きゆるくウェーブのかかった綺麗な長い髪を靡かせて、三十代後半にはとても見えないスタイルと美貌のお母様も入ってきた。どう見ても美女と魔獣な夫婦である。

「あなた、アイヴィーも年頃なんですから節度を持って下さいな。それに言ったじゃありませんか、アイヴィーなら大丈夫だって」


「あらっ、お母様そうでもないんですのよ。魔封じの腕輪をつけられてしまって自分では抜け出せなかったの、

カインが来てくれて助かったわ。後で褒めてあげてね」

「その割に遅いとか、うすらハゲとか言われた気が…」

カインがボソッと文句を言っているのを聞こえないふりして話し続ける。


「魔封じの腕輪!? どうしてそんな物つけられたの?」

「ちょっと油断してしまって……」

「油断って…お菓子に釣られただけっ…ぐふっ……」

カインの脇腹に肘鉄を食らわせて続きを阻止し

「何でもないのよオホホホッ、それよりお父様、私はらわたが煮えくり返っておりますのよ」


ふんすふんすと鼻息荒く訴えかける娘に

こめかみをさすりながら怖い顔をしたお父様が

「王家だからと言って我が辺境伯家を馬鹿にするのならこちらにも考えがある」

「全面戦争ですね!」

「そうだ!目に入れても痛くない……いや、痛いか…まあいい、可愛い愛娘をこんなひどい目に合わせおって、許すまじ!我が辺境伯軍を全軍動員して、国から独立して目にもの見せてくれよう」

バコンッ!といい音がしたと思ったらお父様が頭を抑え蹲っている。

お母様が扇でお父様の頭を殴ったらしい。

(さすがお母様、あまりの速さに扇の動きが見えなかったわ、確かあの扇、鉄が仕込んであった様な……)


「馬鹿なこと言ってないで、他の方法を考えて下さいな。独立は最後の手段ですわ。大体、王家との婚約だってあなたが国王に飲まされて酔っぱらった挙げ句、騙されて交わされた婚約じゃないですか」

「そうだった!間抜けなお父様のせいであのアホの王子と婚約させられたんだった!」


「間抜けって…お父様に向かって酷いと思わない?」

お父様が叱られたライオンの様な顔をしてカインに同意を求めたが

「いえ、あれは完全に辺境伯様が悪いです。さすがにあの王子はないです」

「だよねー、あのアホ王子はないよねえ。あいつ贈り物も手紙すら寄越したことないし、学園ではいちゃもんつけて何かと突っかっかって来るし、恋人がいるらしくてその娘も何かわからないけど絡んで来て凄くウザかったわ」


「でもお嬢は全部、倍どころか十倍返ししてましたよね」

「そうだっけ?」

カインは学園にも護衛兼従者でついてきてたっけ。

「確か…贈り物をくれないからって王子の誕生日に辺境伯領で捕まえた、虫がぎっしり詰まった箱を送りつけたり、呪いの手紙を送りつけたり、学園でも当番をサボって押しつけた王子を水魔法で吹っ飛ばしたり、課題を押しつけて来た時は課題の魔法理論の実験と称して火魔法を王子に向かってぶっ放していましたね?」

「そんな事もあったかしらー?」


「王子の恋人の令嬢がお嬢が教科書を破ったと言った時は "あら、私なら証拠も出さずに燃やし尽くしますわ"  って言って目の前で本当に燃やしちゃいましたよね」

「ちゃんとあの後、新品の教科書をスペアも含めて十冊ほど、弁償しましたわよ」


「足をかけられて転んだって言われた時は "私ならそんな生ぬるい事はしませんわよ" って言って蹴っ飛ばして足の骨折ってましたね」

「その後、ちゃんと回復魔法で治してあげましたわ」


「背中を押されて噴水に落とされたって言われた時は ”私なら噴水じゃなく水魔法を使いますわ” って言って水魔法と土魔法で泥水浴びせてましたね」

「あの後、水魔法で綺麗にして、風魔法で乾かして差し上げましたわ」


「食堂でわざとぶつかって来て、スープをかけられたって言われた時は、無言で調理場から持ってきた残飯を頭からかけてたよね」

「あれは腹が立ちましたわ、食べ物を粗末にするなんて!でもその後、いくら汚れてもいいように新品の制服を十着ほどプレゼントいたしましたわ」


「階段で肩を押されて落とされそうになったって言われた時は "私ならもっと凄い事しますわ" って言って学園の一番高い塔からバンジージャンプさせてましたよね、しかも王子も一緒に」

「あの時は二人共、ちょっと楽しそうでしたので私も一緒に飛びましたわ」

「いや、めちゃくちゃ泣いてましたよ二人共、さすがにあれは俺もドン引きでした」


「と、まあそんなにやらかしてたら、恨まれるのも仕方ないんじゃ無いですか」

カインの言い方にちょっとムッとして

「なによ、どれも可愛いイタズラじゃない」

「いや、度が過ぎてます。皆が辺境伯領の人みたいに頑丈で屈強ではないんですよ」


お父様とお母様は首を傾げて

「そんな事くらいで怒るのかしら?」

「王都の人間は軟弱すぎやしないか?」

「ほら、お父様もお母様もこうおっしゃっているじゃない」

「あなたがた辺境伯領の人間がおかしいんですよ!」


あら、カインに疲れが見えるわ。

「あまり興奮すると疲れるわよ、ほら甘い物でも食べて落ち着いて、ねっ」

飴ちゃんをポケットから差し出した。

「誰のせいだと思って…ふー。ありがとうございます。もぐもぐ。それより今回の件が婚約条件の契約不履行に該当するはずです。魔法契約は効力を失っているんじゃないですか?」


「婚約条件だな…………うーん、なんだったかな?」

「こちらに婚約条件を記した契約書の写しがあります」

カインがサッとジャケットの内ポケットから取り出しお父様に渡す。さすが私の出来る従者、しごできである。


「うーんどれどれ、……第一王子アーノルド・グーフィスと辺境伯家長女アイヴィー・ブローニアの婚姻に際して以下の通りとする」




一. 婚約中および婚姻後、ブローニア辺境伯家は王国内のどんな有事の際にも辺境伯領軍を派遣する。


二.  婚約中および婚姻後、辺境伯領は王国内で起こったスタンピードの際に各地に軍を動員して事を収める。


三. 上記の2項目の際に掛かった費用は辺境伯領が負担をする。


四. 婚約中および婚姻後に掛かるアイヴィー嬢の費用は辺境伯家が全て持つ。


五. 王家はいかなる理由があろうとも、アイヴィー嬢の命を保証し、危害を加えてはならない。


六. 上記の契約が破られた場合、有責側は賠償金三十億ゴールドを無責側に支払うものとする。その後の婚約の継続または破棄については、無責側の判断に一任される。



「ここの5の条文に引っ掛かりますのでこの魔法契約は効力が切れているはずです」

「じゃあもう婚約は破棄出来るって事?」

「そうですバカ王子がやらかしてくれたおかげです」

「うむ、では王城に婚約破棄の手続きに行ってくるとするか」

お父様は踵を返しドアに向かって歩き出そうとする。


「お父様お待ち下さい。お父様だけではまたなんやかんや丸め込まれる恐れがあります」

「いや、さすがにもう騙されんぞ!この父に任せ、安心して待っていなさい」

「ぜんっぜん、安心できませんわ。むしろ不安でしかない」

「前科がありますからねー」


「貴方、お待ちになって。王家がやすやすと認める訳がありませんわ。何かと難癖をつけて来るでしょう」

「うーむ、ではやっぱり全面戦争か……」

「辺境伯様、極端過ぎます」

「カインは考えがかたいわね、もう少し柔軟にならないと駄目よ」

「いや、あなた方親子が脳筋過ぎるんです」


お母様が扇をバサッと広げて口元を隠しながら

「よろしいでしょう。辺境伯軍、領地の防衛以外全軍王都に集結させましょう。」

「奥様!よろしいのですか?」

「最近、辺境伯領を甘く見ているようなので、脅しの為にも一度思い知らせて上げましょう。カイン、魔封じの腕輪はどこに?」

「ただいま、魔術師によって解析中です」

「では、その作業が終わり、辺境伯軍が王都に到着次第、王城に赴きましょう。それまで王家の召喚は全て無視していいわ。そうね、アイヴィーがショックのあまり伏せっているとでも言っておいて」

「了解しました」

慌ただしくカインが部屋を出て、各部署に連絡を取りに行く。


「じゃあそれまで少し休みますね」

「そうなさい、起き上がるのもつらいでしょう?どれだけ腕輪をつけられていたのかわからないけど、かなり消耗している筈よ。魔力が戻るまでよく寝て一杯食べなさい、食べていれば魔力が戻るのも早くなるでしょう」

そう言って両親は部屋を出て行った。


確かにあのまま魔封じの腕輪を付けていたら魔力が吸われ続け命が危なかったかも……。普通の人間なら死んでたわね、まあ私の魔力量ならあと二〜三日くらいは持ったかな?




「このっ……バカモノがー!」

「父上!ですが、あいつが悪いのです。あいつは僕の大事なシンディーを虐めて殺そうとしたんです!」

「死んでないではないか!」

「僕にも魔法を放ってきたり高い塔から落としたりと酷い目に遭わされて」

「聞いたぞ、いい歳をして漏らしたそうじゃないか」

「なっ!誰がその様な事を!」

「違うのか?」

「…………………。」


「まあ、そんな事はどうでもいい。お前は辺境伯家の有用性が分からんのか、辺境伯領が我が国から独立したらこの国も危ういのだぞ」

「そんなにですか!」

「婚約前に教えたはずだが?辺境伯領には我が国最大の鉱山があって希少な鉱物が採れるし、魔獣も豊富にいて魔石に事欠かないのだ。その上、魔獣との戦いで領民までもが屈強な戦士の様になっていて、豊富な資金と人材で我が国最大の軍事力を持っておる」

「そっそんなぁ……」

「だから無理矢理にまでお前と婚約させて、我が国に縛りつけようとしたのに。それを、お前は……浅はかにも婚約の魔法契約を破りおって!!」


王の隣で優雅に座っている王妃が声を上げる。

「あなた、そんなに怒らないであげて。私の可愛いアーノルドちゃんが怯えてるわ。大体、あの辺境伯一家は我が王家に不敬すぎるわ!アーノルドちゃんにひどい事をしておいて!それを盾にもう一度婚約を結ばせましょう」


「うむ、契約には書いていないが、確かに王家の次期国王に対する態度ではないな、そこを突いてみるか。おい

離宮の地下室に閉じ込めた以外何もしてないだろうな」

「はい、ちゃんと食事も差し入れていました」

「そうか、なのに何故魔法契約が切れたのか?」

「きっと魔法が不完全に掛かっていたのよ、また結び直して慰謝料代わりに辺境伯領の鉱山から採れる希少な宝石でも持ってこさせて下さいな」

「そうだな、わかった王妃の為に請求してやろう」


「では、僕にもお願いします。可哀想なシンディーに新しいアクセサリーをプレゼントしたいのです。後、どうしても結婚しなくてはいけないなら、シンディーを第二妃とする事を認めさせて下さい」

「我が国は一夫一婦だからのう、妾妃にするのが精一杯だな」

「くっ!本当は嫌だけど、我慢します」


「後、子どもはアイヴィーとの子を先に作らねばならぬぞ」

「何故ですか!愛するシンディーを妾妃だなんて辛い立場に据えるのに、これ以上悲しませるのは嫌です。せめて子どもを最初に生んで第一王子の母にしてあげたい」

「駄目だ、第一最初の子が男か女かもわからんのに男が生まれるまでアイヴィーを待たせていちゃもんをつけられても困る。それにアイヴィーが子どもを生めばその子を人質に辺境伯家を言いなりにできるであろう」


「わかりましたアイヴィーには一人、生ませればいいんですね。その後はシンディーとしか閨を共にしません」

「よかろう、一人生ませれば後は好きにするがいい」




「などと勝手な事を言って盛り上がってたようです。救いようのないバカ共ですねー」

「城ごと燃やし尽くしてやろうかしら」

我が辺境伯家の子飼いは王国内のいたるところに散っている。勿論王城の中にも何人か潜り込ませている。


「さて王都の周りも包囲したことだし」

「王家の召喚に応じると致しましょう」

お父様とお母様の後に続き私とカイン、その後ろに我が辺境伯軍の精鋭が十数名が列を成して王城に向かう。



扉の前で辺境伯家以外は入れませんと衛兵に止められたが、衛兵のうち半分を辺境伯の息のかかった者に変えていたので問題なく通過させてもらった。


王城の謁見の間には、既に王・王妃・王子アーノルドと王家派の貴族が待ち構えていた。王は少し緊張した面持ちで私達を見ている、何か予感めいたものを感じているのだろうか。王妃はこれから我が家にせびる宝石の事を考えているのか、いやらしい目つきで母が身にまとっているアクセサリーから目を離さない。アーノルドはニヤニヤして私の体を上から下まで見ていて胸の辺りで視線が止まっている。お前愛するシンディーはどうした、

おい、気持ち悪い目でこっち見んな。

くくっと笑いながらカインが耳打ちしてきた。

「お嬢、途中から声に出てる、言葉が荒れてますよ」

あら、失礼、声に出てたみたい。


「さて、婚約の契約にあるように我が娘と第一王子の婚約を破棄させて頂こう」

お父様がゆっくりと胸ポケットから、婚約の魔法契約書を差し出す。

「この契約書は最早、魔法契約が切れております。我が家は王家との約束通り軍を派遣し、軍の費用も娘の費用も我が家が負担いたしております。であるならば魔法契約が切れた原因は五つ目の契約娘の命が危険に晒されたということですな」


お父様の声が、広間の空気を凍らせる。王族は顔色をなくし始めた。カインがお父様から契約書を受け取り読み上げる。

「五. 王家はいかなる理由があろうとも、アイヴィー嬢の命を保証し、危害を加えてはならない。

六. 上記の契約が破られた場合、有責側は賠償金三十億ゴールドを無責側に支払うものとする。その後の婚約の継続または破棄については、無責側の判断に一任される。」

その場にいた貴族たちが一斉にざわめいた。三十億ゴールド――国家予算の数割にあたる大金だ。

カインが読み上げた後、お父様はゆっくりと目を上げ、王を見据えた。


王の手が微かに震える。王妃が口を開きかけたが、そこへお母様がぴしゃりと扇を開いて遮った。

「我が娘を離宮の地下室に数日間にわたり監禁し、命を脅かした事、許すつもりはありません」

お母様の声は冷たかった。王は言い訳を探すも、周囲の視線が痛すぎて言葉を飲み込む。

ざわめきの中、ブローニア家の士気は高く、広間には静かな“勝利の匂い”が漂い始めていた。


「しかし、ほんの数日地下室に閉じ込めただけで、命の危険とは言い過ぎではないだろうか。きっと若い二人の行き違いによる軽い喧嘩であろう。きちんと食事も差し入れていたようだし、息子も大変反省しておる。今までのアイヴィー嬢の我が息子への今までの仕打ちと相殺と言う事で、もう一度婚約を結ぼうではないか」


王は汗を掻きながら何とかして我が家を丸め込もうとしている。ギチギチと何か音が聞こえてきた。音の鳴る方へ目を向けると、お母様が持っている扇を両手であり得ない方向に曲げている。バキンッと言う音と共に扇が真っ二つになった。すかさずカインが懐から新しい扇をお母様に差し出し折れた扇を回収する。確か鉄扇でしたわよね?お母様のあの細腕はどうなっているのかしら?


「軽い喧嘩ですって。この国の王族は婚約者を殺しかけて反省で済むと思っているんですの!どういう教育をしてらっしゃるのかしら」

珍しくお母様が激昂している。

「何びっくりしてるんですか?当たり前じゃないですか大事な娘が殺されかけたんですよ。普通は怒るでしょう」

カインに言われて ”ああ私は愛されているんだ” と知ってはいたが改めてお母様の愛を感じてこんな時なのに感動で目が潤んでしまった。


「何という事を!辺境伯家と言えさすがに不敬であるぞ!」

「不敬が何だ!我が辺境伯家の家訓は良い事も悪い事もされた事は十倍返しである!」

お父様の声が広間に響き渡ったその時、辺境伯精鋭部隊がお父様に向かって臣下の礼をとっている。


「国王様、わたしはアーノルド様に魔封じの腕輪を付けられて地下室に閉じ込められたのです。それでも軽い喧嘩だと仰るのですか?」

広間に緊張が響き渡った。

「な…に…魔封じの腕輪だと……」

国王の目が驚きで大きく見開かれ次の言葉を失った。


カインが持っていた鞄から白い包みを出して広げた

中には魔封じの腕輪が入っていた。カインはそれを持って前に進み出た。

「国王陛下、こちらがアイヴィーお嬢様が付けられていた腕輪にございます。知っての通り我が国では生まれてすぐに魔力を登録する制度があります。我が辺境伯の魔術師が魔道具によって解析を終えております。中に残っている魔力残渣は第一王子アーノルド様の魔力と一致しました。どうぞそちらの魔術師にも確認願います」


国王は顔を真っ赤にしてそばに居る衛兵に魔術師を連れてくるように命令した。少しして急いで連れてきた魔術師三人が魔道具を使い調べている。時間にして五分ほどだろうか、さすがに王城にある魔道具は性能が良い。


「国王様、解析終わりました。確かにアーノルド様の魔力が残されております」

国王が真っ赤な顔で怒鳴る。

「アーノルド!どういう事だ魔封じの腕輪を使用するなど、アイヴィー嬢を殺すつもりだったのか!」


王子は何が何だかわからない顔をして

「何がです?私はあの女が魔術を使って逃げ出さないように魔封じの腕輪を………」

「知らないと申すか、この国では学園で習うであろう。魔封じの腕輪は装着者の魔力を吸い出し、空中に拡散させて外すまで吸い出し続ける、装着し続ければその者は魔力がなくなり死亡する」


「し……知らなかった……僕はちょっとあの女を懲らしめようと……」

崩れ落ちる王子に王妃が駆け寄って抱きしめる。


「あなた!アーノルドちゃんは知らなかっただけで悪気は無かったの、悪戯をしただけですわ!それに地下室に閉じ込めたのは事実ですが、アイヴィーちゃんの命を取ろうとしたわけではありませんの。だって、知らなかったのよ、そんな危険な物だなんて、ただアーノルドちゃんを虐めるアイヴィーちゃんを懲らしめようと……知ってたら魔封じの腕輪の起動方法を教えなかったわ……」

王妃は慌てて口をつぐんだが遅い。広間に沈黙が走る。


「……教えた?」

沈黙を破ったのはお母様の冷たい声だった。

「それはつまり――王妃殿下ご自身もこの件に関与していた、という事でよろしいのですわね?」

母が扇を広げ、静かに微笑んだが、目が笑ってない。

怖い。


王妃は青ざめながらも必死に取り繕おうとする。

「ち、違いますわ!私はただ、アーノルドちゃんを守ろうと思わず口走っただけで……!」

カインが広間に響き渡る声で言い切った。

「魔力残渣はアーノルド様のものでしたが。実は魔力を起動させた痕跡がもう一つ残っていました……王妃殿下の魔力です」


全員が一斉にざわつき、王は顔を蒼白にし、王妃は言葉を失った。

こうなると王子と王妃が共犯確定。王家は完全に言い逃れ出来ないだろう。

「……私は……私はただ……アーノルドちゃんが……」

王妃が下を向いてブツブツと呟いている。


広間の貴族たちがざわざわと視線を交わし、戸惑っている。使われた物が禁忌品だもの、さすがに国王派と言えど王族を庇うことは出来ないですわね。国王は額の汗を拭いながら唇を噛んでいる。


「国王陛下、まだ婚約を結び直そうなどとは言い出さないで頂きたい。私にも我慢の限界がありますので」

もっと暴れるかと思いましたが。さすがに辺境伯ですわね、お父様も我慢が出来るようで。


「グッ……王子と王妃が済まなかった、知らなかったとは言え魔封じの腕輪は禁忌の品。あの二人にはそれなりの処罰を下そう」

国王は悔しげに謝罪した。

「では条件通り、三十億ゴールドの賠償金をお支払いいただきます」


「待ってくれ三十億ゴールドだと国家予算の半分近くになる、さすがにすぐ用意は……」

「それは我が家の知った事では無いですな。契約通りお願いしますよ、分割は認めません。なに、王族三人の年間経費数年分と、所有している宝飾品などを手放せば、すぐに用意出来るでしょう」


「しかしそれをすると我々は…………」

「数年間、少々の贅沢をやめるぐらいでしょう。この程度で我が家は矛を納めると言っているのですよ。これ以上の譲歩は出来ません。この上何か申すのなら我が辺境伯領にも考えがあります」

国王は青を通り越して白くなった顔色になり項垂れて。

「…………わかった、条件通り二人の婚約破棄を認めよう。賠償金の支払いも議会に相談し、承認次第速やかに支払おう」




こうして王家とブローニア辺境伯家との婚約は正式に破棄され、契約通り三十億ゴールドの賠償金と禁忌品を使用された慰謝料十億ゴールドが支払われることとなった。


無論、その代償は小さくはなかった。

王族の贅沢は削られ、一部国宝も手放され、王都の民衆には「王家が辺境伯に屈した」と広まり、王家の威厳は目に見えて失墜していった。


第一王子アーノルドは婚約破棄の責と禁忌品の持ち出し及び使用の罪を問われ、王位継承権を剥奪され離宮へ幽閉。城に放っている密偵によると元王子が夜な夜なシンディーの名を呼びながら泣きわめいていると噂されている。


そのシンディー嬢は王子でなくなったアーノルドに興味をなくしサッサと国外に嫁に行ったそうだ。


次の王位継承権は現国王の妹姫が臣籍降下した公爵家の長男だそうで。国王の妹なのに優秀でまともな人物らしい、次代は安心出来そうだ。


王妃は王子を唆し禁忌品の使用方法を教えた罪で五年間の謹慎。趣味で収集していた宝飾品は必要最低限以外没収し、賠償金の支払いに回された。可愛い息子が幽閉され、大事な宝飾品が取り上げられ、大好きな社交も出来ず、どんどん精神的におかしくなり始めているらしい。


そして国王。彼はまだ玉座に座っているが、一気に老け込んだようだ。国庫の半分を失った痛手は大きく、諸侯たちへの影響力は著しく低下。「王家は辺境伯家に頭が上がらない」――それはもはや公然の事実となり、貴族たちがひそひそと声を潜めながら笑う様は、何より国王の誇りを傷つけた。


国王は王妃、王子への監督責任の非もあり早々に退位が決まり公爵家長男に、次期国王としての教育が急ピッチで進んでいるらしい。


かくして王家は衰退の道を歩み、ブローニア辺境伯家の名声と威光はかつてなく高まることとなる。




「ふふん♪ 慰謝料で豪華世界旅行に行くわよ!ついでに婚約者も探そうかしら?」

「……婚約者、ですか」

「ええ。もちろん条件はただ一つ!わたくしより強いこと!出来れば頭の方も!」

「……(絶対見つからなさそうだ……)」


カインは苦笑しつつも、ふと自分の腕を見下ろした。

(……いや、待てよ。頭の方はいける……体は鍛えれば……ワンチャン……いけ……ないか………)


「なにブツブツ言ってるの?」

「いえいえ!何でもございません!……今日から筋トレでも始めようかなぁって」

「ふふ、カインが?面白いじゃない。せいぜい頑張ってわたくしを守ってちょうだい♪」


こうして、私とカインのにぎやかな日々はまだまだ続くのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
大好きな社交にも出れずに日に日におかしくなる、か もともと大分おかしい人なのでは?(魔封じの枷の使い方を教える姿を見ながら よくこんな愚物が王で、足らずが王妃やってるのに潰れないなこの国 宰相がい…
>アイヴィーが子どもを生めばその子を人質に辺境伯家を言いなりにできるであろう」 人間の生命を冒涜する行為ですね。 それを生み出す機関である部分を物理去勢して永久に女と遊べない体にしてやりたいです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ