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仮初めの……

「…………ん」



 そっと、目を開ける。すると、倒れていたはずの私は何ら身体に衝撃はなく。そして、下を向いた視線の先には――


「……大丈夫ですか、八雲やくもさん」

「……はい、私は。ですが、先輩……」

「……そうですか、良かったです。はい、僕も大丈夫ですよ、ありがとうございます」


 そう、安堵した表情でこちらを見つめる外崎とざき先輩。まあ、お察しかとは思いますが……自身の裾に足を滑らせ倒れそうになった私を、先輩が受け止めてくれたわけでして。具体的には、先輩の両手が左右それぞれで私の肩を支える形で……えっと、伝わりますかね?


 ……まあ、それはともあれ。


「……すみません、先輩。すぐに……」

「……八雲さん?」


 すると、きょとんとした表情で私の名を口にする外崎先輩。……まあ、それもそのはず。すぐに起き上がります――そう言おうとした私の口がピタリと止まり、彼の姿をじっと見つめているのですから。



 ……鼓動が、止まらない。両肩に伝わる柔らかな手の感触に……首筋から胸元にかけ汗が滲んだ、華奢ながら引き締まったその身体に……そして、目と鼻の先にある艶っぽい唇に、私はすっかり虜になって――



「…………せん、ぱい」



 気が付くと、彼の顔が近くに。そして、その魅惑的な唇へと更に近づき――



「……っ!! ……す、すみません先輩!」

「……いえ、八雲さん。その、こちらこそ申し訳ありません……」


 直後、ハッと我に返り起き上がる。それから慌てて謝意を告げると、同じく謝意を口にする外崎先輩。……いや、貴方が謝る必要はないのですけどね。……まあ、理由はおおかた察せられますが。



 ……ただ、それにしても……いったい、何をしてるんでしょうね、私は。





「…………はぁ」


 その日の宵の頃。

 浴室にて、何とも暗鬱な息を零す私。もちろん、本日の先輩のお家での件で。


 ……いや、もちろん楽しかったですよ? 卓球はめっちゃ白熱しましたし、先輩の素敵な和服姿も見れましたし……それに、思い掛けずセクシーな胸元まで……なので、それは良いのです。良いのですが――



「……やっぱり、あれはまずかったですね」


 そう、呟きを零す。あれ、とはもちろん、目と鼻の先にある先輩の顔へと無遠慮に近づいたこと――具体的には、その艶っぽい唇に自身のそれを重ねようとしたことで。



 ……ほんと、何をしてるんでしょうね、私は。全く以て、何の学習もしていない。あんなことをしたら、あの表情かお――嫌悪と恐怖に満ちた、あの痛ましい表情かおを目にする結果にしかならないというのに。


 ……ええ、分かっています。彼が極度の女性嫌いであることなど、とうに分かっています。なのに、私と一緒にいてくれて……あまつさえ、あのような心温まる笑顔さえ見せてくれているのが、本来なら有り得ないほどの奇跡で。……だけど、それでも――



「…………あっ」


 刹那、ポツリと声が零れる。他人ひと様にはとても聞かせられない、いやらしい声が。


 その後も、続けて刺激する。徐々に強度を上げて、性感帯を刺激する。そうして彼と――ここにいない彼と、一心不乱に戯れる。……うん、分かってるよ。こんな仮初めの慰めに、何の意味もないことくらい。……それでも、



「……あっ、あっ……先輩……もっと、もっと、もっと激しく……あっ、あっ……あんっ!」



 ――妄想の世界なか外崎先輩あのひとは、狂おしいほどに私を求めてくれるから。


 




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