95.霞の隠し事
次の日、ナギは目覚ましアラームの音で目を覚ます。
「ふわぁぁ……」
大きなあくびをしながらリビングへ向かうと霞はすでに起きて座っていた。
「おはようございます、ナギ」
霞が丁寧にお辞儀をして朝の挨拶をする。表情を見るに、昨日より顔色も良さそうでナギは安心した。
「おはよう、霞。昨日はゆっくり眠れた?」
「はい、おかげさまで。……昨日はお手伝いをできずにすみません」
霞は申し訳なさそうに目を伏せる。
「そんなこと気にしないで。昨日の戦いは霞にたくさん魔力使わせちゃったし……」
ナギが笑顔で答えると、霞も少し安心したように微笑んだ。
「さてと、学校に行く準備しないと」
ナギはそういうとバタバタと着替えたり、朝ご飯のトースト食べたり、学校へ向かう支度をした。
ナギは支度を終え、鞄を背負い玄関で靴を履き、とんとつま先をついた。
「それじゃあ、行ってくるね」
「はい、いってらっしゃいナギ。今日はナギも疲れていると思うのであまり無理はなさらずに」
霞は玄関の方まだ見送りに来た。
「うん。あっ、霞も今日はあんまり無茶しないようにね。鍛錬も大事だけど、しっかり体を休めるのも大切だよ」
ナギは少しだけ厳しい口調で言った。そうでも言わないと霞は無理をしてしまいそうだったからだ。
「……はい、わかりました。今日は体を休めながら十六夜と作戦会議をしますね」
霞が落ち着いた口調でそういうのでナギは安心した。
霞はナギの優しさが心から嬉しかった。
ーーもののけに勝てなかったら、全部あんたのせいなんだから?わかるよねーー
霞はまた、嫌な記憶を少しだけ思い出した。
「じゃあ、行ってくるね!」
ナギが玄関から外へと飛び出した。鍵をかちゃりと閉める音を聞き終えると霞はリビングに戻り、ベニちゃんとシロちゃんに声をかけながら水やりを始めた。
「二人とも、おはようございます。ご飯の時間ですよ」
優しく微笑みながら、水やりを終えた霞。
「……」
霞は何かを考えながら道場へと向かっていった。
ーーーーー
お昼時間になり、ナギと霞はいつものお気に入りの場所で二人でお弁当を食べていた。
「はぁ、2時間目の数学最悪だった。何言ってるかわかんなくて、もはや子守唄だよ」
サツキが嘆きながらご飯を口へと運ぶ。
「ふふっ、わかんなかったら後で教えるね。でも、まぁその辺は私もそんなに得意じゃないんだけどね」
ナギはついつい笑った。やっぱりサツキとこうして話す時間が一番楽しい。
「でも、私は午後の体育の方が嫌だなー」
「えっ、体育は楽しいじゃん」
サツキが信じられないというような顔で見る。
「だって多分、球技大会の後だし多分期待されてると思うんだよね、色々」
「あー……確かに」
ナギは球技大会でこれまでにないほどの活躍を見せた。そのおかげか、今日も朝から球技大会の活躍がすごかったとクラスのみんなに褒められていた。ナギにとっては初めての経験で嬉しいことでもあったが、あまりに期待されると少し不安になる。
「あれは、アドレナリン的なのも出てたというかなんというか……」
「あはは。でも、大丈夫だよ。前よりナギ動きいいし」
「そうかな?」
「そうそう。毎日鍛錬したりさ、もののけと戦ってるんだから。鍛え方が違うんだよ!」
胸を張って誇らしげなサツキを見てナギも根拠のない自信が湧いてきた。
「まぁ、昨日は負けちゃったけどね」
「……そうだね」
二人は箸の手を止めて、少しだけ目線を落とす。
少しだけ本気を出した徒花の圧倒的な力に手も足も出なかった。
「でもさ、サツキも昨日言ってたでしょ?もっと強くなればいいってさ」
ナギは空を見上げ、笑顔で決意を込めるように呟いた。
「……うん、そうだね!」
サツキは立ち上がり両手を上へと掲げた。
「よーし、頑張っていくよ!」
「ふふっ、勉強もね」
「あぁ、それは、うん。まぁ、それなりに」
サツキは苦笑いを浮かべながら腰をおろした。
「あ、佐倉さんと夜野さん」
クラスの子たちが二人に声をかけた。
「どうしたの?」
「今日の体育のバスケ、二人期待してるよ〜」
ナギはを泳がせ、サツキへと助けを求める。
「うん、任せて。私とナギがバンバン点を決めるから」
「ちょっと、サツキ!」
サツキがにやにやと揶揄うような微笑みでナギを見る。
「おぉ、さっすが!じゃあ6時間目楽しみにしてるね」
手を振って行ってしまった。
「サツキ……!」
ナギが少し怒ったように見つめる。サツキは斜め上を見ながら弁解する。
「あはは……。大丈夫だよ、ナギなら」
「……まぁ頑張るけど。サポートはお願い」
「まっかせて!こっちの方は得意だから」
サツキが親指をグッと立てるのでナギは少しだけ安心した。
ーーーーーー
霞は道場で素振りを終えると隅っこでノートを見ながら座っていた。十六夜も同じように横に座り二人で今後の対策について話していた。
「目下の問題は、あの徒花とかいうやつだね」
「はい。あんなに強く、そして知性のあるもののけはほとんど見たことありません」
霞はノートをグッと強く握った。開いてあるページには徒花に関しての現状知り得た情報が少しメモしてある。だが、ほとんどが空白や情報不足であった。
「昨日はなんでかわからないが見逃してくれた。だが、次はそうはいかないだろうからね」
「だからこそ急いで私も強くならねば」
そういうと霞は静かに目を伏せた。
「どうかしたのかい?」
「昨日、私は徒花を見た時無意識のうちに勝てないと思ってしまっていたんです」
悔しそうにポツリと呟いた。
「本当なら、しっかりしなくてはいけないのに。ナギだって怖くてもいつだって諦めず戦っているのに、私は自分が情けなくて」
震えながら絞り出すような声だった。十六夜はふっと笑った。
「そういう時もある、気にすることはないよ。あんなの、前はいなかったんだ」
十六夜も未知なるもののけに、少しだけ心のどこかで危機感を覚えていた。
「私らは私らができることをやるだけさ」
「十六夜……」
「それに、サツキは諦めないだろうし、ナギだって。あの二人ならなんだかやってくれそうな気がするんだよ」
十六夜は遠くを見るように、天井を見つめた。十六夜の珍しい表情に霞はくすりと笑ってしまう。
「……十六夜もサツキちゃんのことを信頼しているんですね」
「……。まぁ、多少はね」
照れ隠しなのかゆっくりと瞬きをしてそのまま目を閉じる十六夜。
「でも、そうですね。私ができることは主人を……ナギをしっかりと守ることです」
霞はまた目を輝かせながら決意をしすぐさま立ち上がった。
「十六夜、早速手合わせをして動きの確認をしましょう」
「はぁ……今日は作戦会議だけにするって言ってただろ。ナギと約束したんだろ?」
「それは……そうですね」
霞は眉を顰めて、ゆっくり腰を下ろす。
「それよりも、体の方は大丈夫かい?怪我とか。昨日結構やられてたろ」
「はい……一日眠ったのですっかり良くなりました」
「本当だろうね?」
十六夜が睨みつけると、霞は目を泳がせている。何かを隠していることは明らかだった。
「………ならいい。無理はするんじゃないよ」
十六夜はひとまずは納得したふりをすることにした。
「は、はい。もちろんです」
霞はどうにか上手く誤魔化せたと思い、急いで別の話題へと移行しようとした。
「では、今日は予定通りもののけへの対策と今後についてまとめていきましょう」
「はいはい」
二人はノートを広げて、また対策を練るのだった。