94.成長すればいいだけ
「で、でもさ!」
沈黙を裂くようにサツキが声をあげる。
「今日は確かに勝てなかったけど、私が新しい術使った時、徒花のやつすっごく焦ってたよ!ね、十六夜」
「あ、あぁ。あれは完全に虚をつけていた」
食い気味になサツキに珍しく十六夜は押されている。
「だからさ、力が通じてないわけじゃないよ。単純に……今は実力が足りなかった……みたいな」
サツキはどんどんと声が小さくなっていく。そして首を振って
「と、とにかく。今勝てなかったなら成長すればいいだけだよ!私たちはまだ伸び代しかないんだから」
サツキが拳を上へとつきあげる。一瞬の沈黙が流れる。
「……ぷっ。あははは」
堪えきれずに十六夜が笑い始める。釣られてナギも霞も笑ってしまった。
「な、なんで笑うの」
「ううん。サツキの言う通りだよ。勝てなかったらまた鍛錬を頑張って勝てばいいんだよね!」
「そ、そう。そういうことだよ、ナギ」
サツキがニカッと笑った。ナギはサツキのそんな表情を見ていると何にも負けない、そう本当に思えた。
「まずは、夜桜連斬を使えるようになろう」
「うん、あれさえできれば徒花なんて一捻りだよ」
二人は勢いよく拳を上へと突き上げた。
十六夜と霞は顔を合わせる。霞は微笑み、十六夜は肩をすくめてはいるものの口元は緩んでいる。
(「全く、のんきなもんだね。問題は山積みだっていうのに」)
(「でも、イタズラに暗くなるよりはいいです」)
(「ま、それもそっか」)
「盛り上がってるところ悪いけど、とりあえず帰るよ二人とも」
「うん、帰ろう」
「そうだね、帰ろう」
疲労感を残った体で、二人は目を閉じて常世の世界から帰還した。
ーーーーー
慣れ親しんだあの河川敷な感覚が足元に広がる。ようやく帰ってこれたことに安心した。
「ふうっ、今日は疲れたー」
サツキがふうっと息を吐く。流石のサツキも体力を消耗しているようだ。
「だね。明日学校だから早く帰って準備しないと」
「あーー。宿題やってない。急いで帰らないと」
サツキは文字通り、頭を抱えている。
「ナギ、ごめん先に帰るね!」
「はいはい、わかんないところあったら連絡してね」
「ありがとう、頼りにしてる。それじゃ!」
言い切るが先か、サツキはもう駆け出していた。
「本当に疲れてるのかな?あれ」
「サツキちゃんはいつでも元気ですね」
ナギと霞は笑った。ただ、霞は瞼が重たそうで、顔にはいつもよりも疲労が滲んでいた。
「霞、大丈夫?すごく疲れてるように見えるよ」
「えっ……?あぁ大丈夫ですよ。魔力をたくさん使って疲れただけなので。少し休めばまた元気になります」
霞は身振りを大きく、元気に見せた。
「霞、あんた本当に大丈夫かい?」
「十六夜まで。大袈裟ですよ」
「そうかい、ならいいんだけど」
十六夜はゆっくりと目を閉じる。霞の何かを隠していることは明らかだった。ただ、ナギの心配そうな顔を見てこれ以上の追求はひとまずやめた。
「ナギ、霞は大丈夫だからそんな心配するんじゃないよ」
「……うん、わかった。霞、今日は帰ってゆっくり休もうね」
「はい!」
「おーーい、十六夜!早く来ないと置いていくよ」
サツキが少し遠くで立ち止まってぴょんぴょんと跳ねて叫んでいる。
「全く……元気だねあの子は。それじゃ私も行くよ」
十六夜は素早く駆け出し、もうサツキに追いついていた。
「ふふっ、私たちも帰ろっか」
「はい、帰りましょう」
二人もようやく帰路へとつく。
(……!)
霞は、体に痛みが走り、一瞬顔を歪めた。
ナギには気づかれていないようで少しだけ安心した。
ーーーーーー
常世の世界の某所。
「おい、徒花。なぜあいつらをやらなかった」
「そうだ、邪鬼様に何を言われるかわからんぞ」
「あんな蕾踏み散らしたところでつまらないだろ?」
徒花は爪にふっと息を吐きかけながら適当に返す。
「それに、お前らにも楽しみを残しておいてやったんだ。むしろ感謝して欲しいくらいだ」
「……確かに」
「……言えてるな」
徒花にやりと笑って告げると、全員に不気味で冷ややかな笑いが伝播し、高笑いの渦に包まれていた。