93.二人の回復魔法
霞はふらふらと立ち上がり、ナギとサツキの元に。二人は苦しそうに地に伏している。
「ナギ、サツキちゃん。今……回復を……」
「霞……」
霞は胸の前で手を握り魔力をこめる。
「"菖蒲の祈り"」
霞の使える最大の回復魔法。だが、光が少し揺らぐだけで上手く発動できなかった。
「はぁはぁ……どうして……」
霞は発動できないことが信じられずに震えている。二人でナギとサツキが苦しんでいるのにどうすることもできない。
「これでは、二人が……どうして私は」
「霞、大丈夫かい?」
十六夜が霞のそばに駆け寄る。霞はかなりのダメージを受けて消耗している。それが原因かもしれないと十六夜は感じた。
「霞、一人なら回復できそうかい?」
霞は少し視線を落として小さく頷いた。
「わかりません……でも、なんとかしてみせます」
「そうかい。なら、ナギの方に集中しな。サツキの方は私が回復しておくから」
十六夜はゆっくりと立ち上がる。霞は心配そうに十六夜を止める。
「ですが、あれは……」
「今は戦闘も終わってるから問題ないさ」
十六夜はいつもの軽い調子で歩いていく。
「それより、ナギの回復は任せるよ。私の方も魔力はあんまり余裕がないからね」
霞は十六夜の言葉を受け入れて、ナギの方へと向き直す。ナギは呼吸荒く、霞を見ている。
「霞……無理、しないで。私は……少ししたら動けるから」
ナギは霞を心配してぎこちない笑顔を作る。
「大丈夫です、ナギ。私がすぐに……。"花雫"!」
水色の優しい雫がナギの体へと一滴垂れる。ナギの傷を少しずつ癒していく。菖蒲の祈りと違い、毒などは直せず回復力も少し弱い。それでも霞の残っている力で使える魔法はこれくらいだった。
「もう一度……"花雫"」
足りない分は回数でカバーする。花雫であれば3回くらいは使える。それだけあれば、ナギ一人ならなんとか回復はできる。
「はぁはぁ、うぅぅ」
霞も消耗が激しく、これ以上はもう魔法は使えない。
「んんっ……。霞、ありがとう。大分楽になったよ」
ナギがむくりと起き上がる。体の傷や花衣の反動の疲れが大分取れてナギが笑顔で起き上がる。
「ナギ、よかったです。元気になってくれて」
「えへへ。霞は大丈夫、疲れてない?」
「はい、私は大丈夫です」
霞はにっこりと笑いかえす。だが、すぐに視線をサツキの方へと移す。
「本当はサツキちゃんも私が回復できれば……」
ぎゅっと拳を握りしめる。
「………」
ナギも不安そうにサツキを見ている。意識はあるものの傷だらけで呼吸は荒く、立つことすらできていない。
「大丈夫です、ナギ。十六夜がすぐにサツキちゃんを元気にしてくれますから」
「……うん」
ナギは強く頷いた。霞がここまで信頼しているのならきっと大丈夫。
「十六夜……」
少し掠れた声で十六夜の名前を呼ぶサツキ。十六夜は心苦しくなった。
「さてと……久しぶりだね」
十六夜は小さく息を吐き魔力を込める。
「"月輪の光"!」
十六夜とサツキは月の神秘的な光を強く受けて輝きだす。サツキの体の傷はみるみるうちに癒えていった。
「おぉ……すごい!……よっと」
サツキはぴょんと立ち上がり屈伸する。顔にはいつもの明るさが戻っていた。
「大丈夫かい?サツキ」
「うん、バッチリ!もう全力で走れるくらいだよ」
親指を立てて十六夜の方へ突き出す。いつも通りのサツキに十六夜はほっと胸を撫で下ろした。
「サツキ!」
ナギが走ってサツキの方へとやってくる。
「ナギも大丈夫そうでよかった」
「サツキも……よかった」
二人は笑い合い、お互いの無事に安堵した。
サツキは腕を組んでこちらをいつもの軽い表情で見ている十六夜にぷくっと頬を膨らませた。
「ってか、十六夜。回復魔法使えるんだったら私にも教えておいてよ」
「仕方ないだろ、この術は色々と制約が多いんだ」
「制約?」
サツキが首を傾げると十六夜がため息混じりに続ける。
「見ての通り回復力はすごいけど、月の光を強く受けるからね」
十六夜はサツキを指差す。
「あんたも私も淡い月の光をしばらく纏い続けることになる」
「確かにすごく光ってるね、サツキも十六夜ちゃんも」
「つまり、この術を使ってしばらくの間は影になれない。だから、月下幻影や影忍びは使えなくなる。戦術の幅が狭くなりすぎるんだ」
「えっ、それやばいじゃん」
サツキが大袈裟に驚く。十六夜の最もの武器は速度。だが、月下幻影や影忍びはその速度をさらに生かすためになくてはならない術だ。それが使えないとなると、戦力として大きくダウンしてしまう。
「だから、サツキに教えるのは後回しにしてたんだ」
「なんで?」
「どうせ考えもせずにすぐ使ってどうしよーみたいなことになるからね」
十六夜は肩をすくめてニヤッと笑う。
「そ、それくらいのことは考えられるもん!ほんと十六夜は私のことをなんだと思ってるんだか」
「あはははっ。悪かった。なら今度教えてやるから」
「ほんと?やったやった!」
サツキはすぐに機嫌が直ってその場でぴょんぴょんと跳ねている。そんな様子に自然とみんなは笑顔になった。
「………」
ナギは少しだけ視線を下に落とした。
「ん、どうしたのナギ?」
サツキが振り返ってナギに声をかける。
「私たち、徒花が見逃してくれなかったらどうなってたのかな」
「あっ、それは……」
サツキも視線を落とした。完全なる敗北。もしも徒花とそのまま戦っていれば。
全員の頭の中に最悪の結末が過っていた。