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92.選択肢

「ナギ……」

「うん、わかってる。手応えが」

相手の刀は確かに折った。だが、それ以外は何も感じなかった。

「流石にこんな鈍じゃ防げないか……」

ぞわりと、徒花の雰囲気が変わった。少し後方に下がり、風車に息を吹きかける。

「ううっ……」

花びらと共に描かれた一文字の残光とナギの花衣の魔力ごと吹き飛ばした。

「期待外れだ……」

徒花のにやりとした口元に気づいた時にはナギは蹴り飛ばされていた。

「きゃっ」

ナギは地面を転がされる。

「ナギ!」

サツキが叫ぶ声。ナギはよろよろと立ち上がる。

「なんて強さ……」

「あれでも、倒れないなんて……」

二人の持てる全力でも倒れなかった。徒花との力の差を嫌でも気づかされる。

徒花は冷たい笑みを浮かべたまま折れた刀をじっくりと見ている。

「つまらないね」

そう小さく言い放った後、こちらの方を再び見る。全員に嫌な寒気が走る。

次の瞬間、徒花の周りにはドス黒く太いうねうねとした気持ちの悪い蔓が数多現れた。

「何……あれ?」

サツキとナギが震える声で呟く。禍々しい闇を帯びたそのイバラに圧倒されてしまうナギとサツキ。

(「十六夜、どうすれば」)

(「力の差がありすぎる。あんなのほとんど邪鬼と一緒だ」)

霞と十六夜は徒花からはかつて倒した邪鬼と同じくらいの力を感じ取っている。今の二人では到底勝てる相手ではない。十六夜はなんとかしなければと必死に作戦を考えはするものの、有効な手段が見出せなかった。

「さて、ここでお前らに選択肢を与えてやる」

イバラの中心から徒花の不気味な声が聞こえる。折れた刀をじっくり眺めながら話を続けた。

「このまま続けて全滅するか、大人しく逃げるか」

「……どういうこと?」

「鈍とはいえ、この刀を折ったことを讃え見逃してやってもいいと言っているんだ」

徒花は半笑いで、返す。明らかにナギたちのことを馬鹿にしている、言葉にはそんな感情が含まれていた。

「いつでも、私たちのことなんかやれるそういうことのようだね」

十六夜は静かにそう分析して呟く。不服ではあるが、ここで逃がしてくれるという選択をくれるのであればそれしかないと思っていた。だが、心のどこかでもののけの言葉に従いたくはないとも思っていた。

「に、逃げようたってそうはいかないよ!お前なんてここで倒してやるんだから」

サツキはそう言い放った。サツキも似たような気持ちだったようだ。

その言葉ににやりと笑っていた徒花の口角は落ちた。

「そうか、よほどここで散りたいようだな」

そう言い終わるよりも早く黒色の蔓は、サツキの足元から飛び出してサツキの体を弾き飛ばした。

「うっっ」

「人の好意は素直に受け取るものだ」

一瞬の出来事に誰も状況が理解できなかった。サツキは地面を転がされて、うめき声をあげるだけで動けそうにない。十六夜は人の姿に戻り、サツキの横に立つ。

「サツキ、しっかりしな」

「うるさい蝿は飛ばした。お前はどうする?」

今度は折れた刀をナギの方へ向け冷たく言い放つ。ナギは強く拳を握りしめて駆け出す。

「絶対負けない!花衣"三分咲き"」

「無駄だと言っているだろう」

イバラの隙間から風車に息を吹きかけてその魔力を弾き飛ばす。

「もう一回!花衣"三分咲き"」

「ナギ、いくら時間が短いとはいえ繰り返しは危険です」

何度も何度も繰り返す。だが、何度やったところで同じことの繰り返しだった。風車の風に魔力は吹き飛ばされて、花衣の力を活かすことができない。

「口ほどにもない奴らだ」

徒花が左手をあげると、黒い蔓の一つがしなり、その勢いそのままにナギの方へと一直線に向かってくる。ナギは咄嗟に()それを受け止める。

「うぅぅぅ」

激しい火花を上げる。だが、凄まじい勢いに負けてナギは後ろに弾き飛ばされる。

「きゃっっっ」

地面に体を伏せるナギは、花衣の反動も相まって立つことすらままならない。

「ナギ!」

「うぅ……体が……動かない」

霞が人の姿に戻り、十六夜へと叫ぶ。

「十六夜、お願いです時間を稼いでください!その間にサツキちゃんとナギの回復をします」

「わかってる!」

十六夜が前に一歩歩みを進めようとした時、十六夜と霞の足元から蔓が飛び出す。そして、体に巻きついた。

「これは……」

「さぁて……もう一度だけ選択の機会をやろう」

蔓に持ち上げられて霞の体が宙に浮きあがる。そして地面に繰り返し叩きつけられる。

「うぅぅ」

「逃げるか、全員散り果てるか」

「霞!」

何度も叩きつけられて苦しそうな声をあげる霞。

「分かるね?どうすべきか」

声をあげて高笑いをする徒花。十六夜は悔しさで強く歯を食いしばる。その体はより強く蔓で締め付けられていた。

動けないナギとサツキ。そして身動き取れない十六夜。何度も叩きつけられる霞。この状況では取れるべき選択は一つだけだった。霞の蔓の動きを止めてもう一度聞く。

「さぁ、どうする?」

「……わかりました。見逃して……ください」

もののけの提案に乗ることなど、霞にとっては屈辱的だった。それでも、十六夜にナギ、サツキ。仲間がやられてしまうよりはましだった。

「いい子だ、よくわかってるね」

嘲るような口調で蔓の動きを止めた。霞の顔は疲れていて、綺麗な衣は土埃で少し汚れていた。徒花はニヤッと笑い、二人の蔓の拘束を緩める。霞は高い位置か下へと落ちた。

「霞、大丈夫かい?」

「私は……大丈夫です。二人を……早く」

霞は肩で息をしている。言葉以上にダメージを受けて、疲れていることは十六夜から見ても明らかだった。

徒花はまたどこかへと歩みを進める。

「なぜ……見逃すんですか?あなたならすぐに私たちなど……」

助かった、ことは確かだが霞は徒花の行動の意味が理解できなかった。

「花が咲く前に踏み潰すのも悪くはないが……」

そこまでいうと立ち止まり霞たちの方へ振り返る。

「咲いた花を踏み散らす方が、無様でいいに決まってる。これ以上の快感はない」

狂ったような笑いながら、言う徒花に霞はぞわりと背筋が凍るようだった。今はこのもののけに勝てるはずがないという恐怖が駆け巡った。

「だから、せいぜい踠き、足掻き、苦しんで咲け。全部まとめて私が散らしてあげるから」

静かな常世の世界に不気味な高笑いの響きだけを残して、徒花は消えていった。

助かったという安堵よりも、冷たく重い不安が心にずんとのしかかっていた。

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