91.夜露の刹那
十六夜の真剣な声が響く。
「サツキ、まずはもう一度分身を」
「了解!"月下幻影"」
走るサツキの数が10人に増えながら、徒花へと走っていく。
「またそれか?」
徒花は呆れたように刀をこちらに向ける。
「一緒じゃないよ。"月影疾風"」
分身が連続で素早く連続で攻撃をしていく。刀では捌きれておらず少しずつだが、当たってはいる。だが、まだ口元は余裕の笑みを浮かべていた。
(あいつ、余裕ぶっこいてる)
サツキはその姿に、怒りよりも怖さを覚えた。
「そろそろ、飽きた。芸がないね」
回転して、その風圧で分身は消し飛ばされる。残ったのは目の前に立つサツキの本体一人だけ。サツキは顔を歪める。
「消えな」
凄まじい勢いで一気に距離を詰めてくる。
「サツキ!!」
ナギがサツキの危機を見て叫ぶ。だが、サツキはニヤッと笑った。
「芸がないのは……」
「そっちも一緒じゃないか」
徒花の余裕の笑みを浮かべる口が、一瞬何かを感じたように結ばれた。
音もなく徒花の後ろから刃が迫り来る。サツキは分身を一人だけ残して自分は影忍びで気配を消して背後をとっていた。もちろん、これは十六夜の作戦だ。
「……!?」
間一髪のところで徒花は刀でサツキの刃を受け止める。
「うぅ、惜しいな……後ちょっとだったのに」
軽口を叩けるほど、サツキはさっきよりも余裕があった。
「少しはやるな。だが、姿も形も見えているこの状態からどうする気だ」
「だね、普通にやったら無理。でもそれは、1対1ならね」
「……?」
サツキは左手な人差し指と中指を立てて目を閉じる。
♢♢♢
道場でサツキは十六夜と座って休憩をしていた。
「サツキ、分身をもっと上手く使いこなせる術を教えてあげるよ」
「ほんと?どんなのどんなの?」
サツキが目を輝かせて十六夜の方を見る。サツキは分身は他の術の中では使いこなせている方だと自負していた。
「それは、"夜露の刹那"って術だよ」
「ほぉほぉ、かっこいい名前」
サツキはうんうんと何度も頷く。サツキは軽く溜め息をついて続けた。
「これは分身と自分の場所を瞬時に入れ替えて、相手の虚を突くことができる技さ」
「へぇ、すごい。瞬間移動できるんだ!」
「ただ、一つ気をつけないといけないことがある」
十六夜が静かに人差し指を立て、まるで子どもに教えるように続けた。
「分身と自分の場所を瞬時に入れ替えるということは、当たり前だけど分身がないとこの術は使えない」
「うん、そうだね」
「つまり、分身が全部やられないように上手く調整すること。いつもみたいにバカスカ突っ込んでたらすぐにいなくなる。分身を使う時は万が一のことを常に考えておく、いいね」
「うぅ、そういうのは一番苦手なんだよね」
十六夜が言い終えるとサツキは頭を抱えた。その様子を見て十六夜はふっと笑った。
「ま、しばらくは私がなんとかしてあげるよ」
♢♢♢
「ここだ!」
力強い言葉と共に目を開く。一瞬サツキの気配が変わったように徒花は感じた。だが、その正体はわからなかった。
(全く……完璧じゃないか。ほんとにいつも予想を超えてくる面白い子だ)
上から本物のサツキが斬りかかる。
「"夜露の刹那"!」
完璧なタイミング。十六夜は作戦を告げたが、タイミングの指示はしていない。サツキが直感的に導き出したタイミングだった。
「ちっ……!」
完全に虚を突かれた徒花は初めて表情を崩した。目の前のサツキの分身を蹴り飛ばして、ギリギリなところでサツキの斬撃を刀で受け止める。
キリキリと刀と刀が火花を散らす。
「はぁ!」
「ううっ」
サツキは弾き飛ばされ、地面を転がされる。単純な力勝負では徒花の方に軍配が上がった。
だが……
「いっけぇ!ナギ」
花衣で速度をあげたナギがもうすでに徒花の前に中段の構えで接近していた。
「決めるよ、霞!」
「はい、この距離ならもうさっきの風車は間に合いません」
刀はすでに溜めた魔力で光が満ちていた。
「"花一文字"」
鋭く捻ったの勢いそのままに桜舞う一閃が綺麗な真一文字を描いた。
「その程度……」
徒花は刀でそれを受け止めるが、僅かにナギ達の力が上回っている。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
"ぱきんっ"
ナギの気迫のこもった声と共に徒花の刀を折る。
そこには、花びらが舞い、綺麗な薄桃色の一の軌跡が浮かんでいた。