90.桁違い
「一気にいくよ!」
サツキが凄まじい速度で駆け上がり、すぐに背後をとる。
「くらえ!」
「甘い……」
刀を持っていない左手でサツキの腕を掴んで投げ飛ばした。
「ぎゃっ……」
空中で宙返りし、綺麗に着地したことでダメージは最小限ですんだ。
「片手で投げ飛ばすなんて」
「なんて力だい……」
単純な一つの攻撃だけでも、地力の差をまじまじと見せられる。そんなサツキたちの様子を見てすぐにナギは飛び出した。
「たぁぁ!」
「ふっ……」
ナギの渾身の一太刀を刀でいとも簡単に受け止め、弾き返す。すぐさま左手を掴まれ、投げ飛ばされた。
「うっ……」
ナギもくるりと周り勢いを殺して着地した。
「もう終わりか?」
徒花は、余裕の冷たい微笑みを浮かべている。
「まだだよ!ナギ、連携で攻めるよ」
「うん、サツキお願い!"花衣三分咲き"」
サツキは不安を置き去りにするように大地を強く蹴り、また駆け上がった。ナギはサツキが時間を稼ぐ間に一撃を加える準備をする。
「これなら簡単には捕まえられないよ、"月下幻影"!」
どこか得意げな表情を浮かべるサツキの姿が10人に増え、敵を翻弄しようとする。
「ほぉ、お見事」
徒花は軽く拍手をしている。言葉ほどに危機感を覚えている様子はない。
「そんな余裕こいていられるのは今のうちだよ!いくよ、十六夜」
「あぁ!」
サツキと分身が連続で斬りかかる。徒花は刀で上手くいなしているが、わずかにサツキの手数が上回っていた。
「たぁたぁたぁたぁ」
「確かに、これはなかなか速くて面倒だ。だが……」
「……!」
そう呟きながらニヤリと不気味に微笑む。次の瞬間、激しく回転して竜巻のような衝撃波を起こして、分身全てを薙ぎ払った。
「ちょっ、嘘でしょ」
ギリギリで危険を感じとったサツキ本体は、間一髪引き返したことでダメージを受けることはなかった。
「こんなもんか?」
「……残念、私は囮だよ。本命は……!」
徒花はナギの方へと目を移す。すでに、花びらが舞い刀は光を帯び椿の舞の体勢に入っている。花衣の効果もあり、溜めの時間は短く、それでいて威力は底上げされている。
「時間稼ぎ、ありがとうサツキ!」
「一気に決めちゃって!」
「いくよ霞!」
「はい!!」
ナギは溜めた力を一気に解き放とうと一歩目を踏み出そうとしていた。
「ふふふっ」
不気味ににやっと笑うと、徒花は懐から風車を取り出した。
「不愉快な花は散らしてあげる……」
風車に息を吹きかけると、風車がからからと音を立てて回り、風を前へと送り出す。毒々しい色をした生ぬるいその風がナギを目掛けて飛んでいく。
「きゃっ!」
風を受けたその瞬間、刀が帯びていた光は消え去った。さらに、装束の蕾まで閉じ、花衣の効果さえも吹き飛ばした。
「そんな……」
「溜めた魔力が吹き飛ばされた……?」
ナギと霞が混乱していると、徒花がいつの間にか目の前に立っていた。
「……!!」
「遅い」
気持ちが悪いほどに上がったその口角が見えた時には遅かった。ナギは構える間もなく、繰り出された蹴りに弾き飛ばされる。
「「ナギ!!」」
霞とサツキが同時に叫んだ。ナギは地面に体を伏し、小刻みにうめき声をあげている。
「このー!」
徒花の方を睨み、空中からサツキは手裏剣を投げる。だが、意にも介さずに刀で切り裂かれる。
「これなら、どう。"炎の術"」
「サツキ、もう少し冷静に……」
焦るサツキは十六夜の静止も耳に入らず、闇雲に火の玉を幾重にも飛ばす。
「……子供騙しだ」
素早く飛んでかわし、冷たい不気味な顔がサツキの前に現れる。
「……!?」
掌底で、サツキは弾き飛ばされた。
「がはっ」
サツキは勢いよく地面を転がされる。
徒花との間には圧倒的な力の差があった。
「どうした、もう終わりか?」
一歩ずつ、ゆっくりと二人の元へと近づいてくる。これまでのもののけとは桁違いの強さだ。
「はぁ……はぁ、まだ終わってないよ」
ナギは肩で息をしながら立ち上がる。体についた汚れを払いながら少しでも回復しようと回復魔法をかけている。
「ナギ、今回復を……」
「駄目、そんな隙……絶対にない」
前に立つ圧倒的力のもののけ。一瞬でも霞が人の姿に戻れば、丸腰になり、すぐにやられるてしまう。ナギはそう直感した。
「サツキ、立てるかい?」
「……う、うん。なんとか」
サツキも痛みの残る体でよろよろと立ち上がる。
「……十六夜、私考えるのやっぱまだ難しいからさ。そっちの方は、ちょっとサポートお願い。……その代わり思いっきり走って……見せるからさ」
「サツキ……あんた……」
サツキの弱々しい声に十六夜は自分が情けなくなった。こんなにも頼りにしてくれているのに、正直なところ勝つための手が何も浮かばない。
「何……その弱気な……声。いつも……私のこと……少しは、頭、使えって、バカにしてる……くせにさ……。十六夜……こそ……頭……使いなよ」
サツキは息を切らしながら、軽い口調で自分の頭を人差し指で指し十六夜を挑発した。
「……全く、サツキに頭を使えだなんて言われてもねぇ」
「ははっ……」
十六夜はサツキの言葉で、自分の中の暗く沈んだ考えを浮かび上げ、いつも通りの口調で続ける。
「けど……サツキ、あんたの言うとおりだ。我ながら情けない」
「へへっ……わかれば……よろしい!」
「その代わり、思いっきり走るんだよ。腑抜けた速度じゃ勝てるもんも勝てないからね」
「そこは任せて」
揶揄うような十六夜の言葉に、サツキは強く頷いた。
「ナギ!もう一回行くよ!」
「うん!」
二人は再び構える。極限まで集中するその姿は、いつも以上に気迫がこもっていた。
「霞、今度は決めるよ」
「もちろんです。もののけに遅れを取る気はありません」
徒花はそんな二人の様子を見ても変わらず、冷たく不気味な微笑みを浮かべている。
「さっさときな。何度でも、散らしてあげるから」