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89.名は徒花

ナギたちは奥へと歩みを進めていた。

「いた、あれじゃない?」

そこにいたのは、人と同じくらいの背丈で槍を持った鬼だった。

「なんか、余裕そうじゃない?」

「でも、油断したらダメだよ」

目の前の1体だけのもののけについ拍子抜けをしている二人。ナギの言葉で今一度気を引き締める。

「じゃあ、いつも通りいくよ!」

サツキが一気に駆け上がる。目にも止まらぬ速さで一太刀。鬼はその一撃で体勢を少し崩す。そして、目の前にいるナギに気づき槍を前に向けて突進を仕掛けてくる。

「遅いよ!」

サツキは、鬼の頭上から手裏剣を投げて動きを鈍らせる。

「ナギ、決めちゃって!」

「うん、いくよ霞」

「はい!技を使うまでもありません」

ナギは魔力をこめ、素早く斬りつけた。鬼は情けない声をあげて霧散していった。

「よっと、終わった終わった」

上から地面に着地したサツキは、腰に手を当ててまだまだ余裕そうな様子だった。

「ふぅ、終わった。今日は小さいもののけが多くてよかった」

ナギも刀を鞘に納めて額の汗を軽く拭い、まだまだ余力を残した表情を浮かべる。

「お疲れ様です」

霞が人の姿に戻り二人へ笑いかける。

「うん、霞もお疲れ」

「お疲れ!ねぇ、十六夜。私の最後の動き結構よかったでしょ?」

十六夜はため息をつきながら人の姿に戻った。

「まぁ……前よりは、ね」

十六夜が腕を組みながらそう言うと、サツキは得意げに笑った。

「ではそろそろ帰りま……」

その時、全員にぞわりと嫌な寒気が走った。

奥から小さな音を立て、恐ろしいほどの邪気を纏った得体の知れない何かが近づいてくる。

「な,何かくるよ」

ナギの声は自然と震え、上擦っていた。

「い、十六夜」

サツキは少し青ざめた顔で十六夜に助けを請うように見る。十六夜は冷静な表情ではあるが、ただならぬ気配を警戒しているようだ。

暗い闇の奥から、草むらを踏みしめる草履のような音だけが響く。音が近づいてくるのに比例して、ナギとサツキの中の恐怖が増していった。

「何……あれ?」

毒蛇のような顔の口元の空いた仮面をつける、美しい女性の姿を模したもののけがゆっくりと近づいてくる。だが、その美しさとは裏腹に纏っている着物は毒々しい紫色で、トゲトゲとした気色の悪い蔦が巻きついていて、不気味さを際立たせていた。

「おやおや、随分と可愛い娘さんたちなこと」

にやりと笑う仮面のもののけ。落ち着いた口調だが、ひどく冷酷さを帯び、まるで心をトゲで刺すようだった。

(言葉を操るほどの知性を持ち合わせている……これはまずいです)

「……十六夜!!」

「わかってる!!」

経験上、あり得ないもののけに、二人はすぐさま刀の姿へと変わり、鞘へと戻った。

「我が名は、徒花。邪鬼様に仕える忠実なる四鬼衆の一人」

怯えている二人の顔を見て、鞘から刀を抜き、嘲るように続けた。

「そんなに怯えた顔をしなくていいんだよ。安心してすぐに散らしてあげるから」

冷たい微笑みを浮かべる徒花。その微笑みの不気味さがナギとサツキの恐怖をさらに駆り立てる。自然と体が硬直し、手はガタガタと激しく震える。

(「霞、二人が怯えてる。あたしらでまずは……」)

(「…………」)

(「霞……?」)

十六夜の呼びかけにが届いておらず、霞からの返事がない。聞こえていないのではなく、霞も同じように目の前の相手に怯えてしまっていた。

心のどこかで直感していた。目の前の相手には絶対に勝てないと。

(「しっかりしな、霞!!!」)

十六夜が今度は強く呼びかける。霞ははっとなり十六夜の言葉をようやく言葉として認識した。

(「……す、すみません」)

(「あんたまで、びびっててどうするんだいナギを見な」)

霞はナギの方を確認する。

手元は震えて、顔は青白く恐怖に染まっている。それでも右足だけは地を強く踏みしめ、いつでも動けるように構えをとっていた。

(ナギ……。ナギは怖がりながらも戦おうとしているのに、私は)

霞は自分を奮い立たせるように大きく息を吸い、ナギを安心させるように落ち着いた口調で声をかける。

「ナギ、安心してください。私がついています。今度は必ず守りますから」

「霞……」

「それに、今は一人ではないんです!十六夜も、サツキちゃんもいます」

ナギとサツキは顔を見合わせる。お互い顔は怯えていたが、目を合わせるとなんだか体に力が湧いてくるようだった。無言で力強く頷きあうと、徒花の方へと向き直し、鞘から()を抜き構えた。

「……うん、行けるよ霞」

静かに、それでいて闘志を含んだ声。

「ふぅ……」

サツキは目を閉じながら、ゆっくりと息を吐きその場で何度か跳ねている。

「私たちもしっかりしなきゃね、十六夜」

いつものように、明るい声で十六夜へと呼びかける。その表情はサツキらしい溌剌としたものだった。

「ま、安心しな。私がついてるんだ」

十六夜の軽い口調ではあるが頼もしい言葉のおかげで、サツキは肩の力が抜けた。

「行くよ、ナギ!」

「うん、サツキ」

二人は徒花へと駆け出す。

徒花は変わらずに冷たい微笑みを浮かべてた。

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