88.鍛錬の成果
気配のする方へと急いで向かう。そこは、再び河川敷だった。
「ねぇ、ここもう何回め?」
走って乱れた息で軽く肩を弾ませるナギ。
「本当にここが1番の干渉地点になっています。警戒しなければ」
霞は冷静に分析をする。
「お待たせー!」
サツキが、少し遅れてやってきた。走ったはずなのに息はそれほど乱れていなかった。
「それじゃあ、行きましょう」
「うん」
二人は頷き合い、指輪に力を込める。
禍々しい渦が目の前へと広がり、二人は足を踏み入れた。
ーーーーー
目の前には常世の世界が広がっていた。何度も来てもう慣れてきた景色。それでもこの異様で不気味な空間は心地のいいものではない。
「よし、とりあえず……」
「「"魔装"」」
二人の周りには光が舞い、もののけと戦うための装束へと包まれた。
「よーし、それじゃあ早速……」
「待って」
ナギの声に反応してサツキは歩みを止めた。
「いくよ……"蓮華清浄"」
ナギは手を合わせて魔力を込める。サツキの周りには淡い光の小さな蓮の花が咲いた。その淡い光がサツキを包み込んだ。
「おぉ、すごいすごい。ナギ、もうできるようになったの?」
「えへへ、まだ効果も薄いし持続時間も短いけどね」
ナギは照れくさそうに頭をかいた。
「ナギ。この短期間でここまでできていれば上出来です」
「ありがとう、霞。でも、このままじゃ少し不安だから今は追加でかけてもらってもいい?」
「はい」
ナギの少しだけ誇らしげな笑顔に霞は優しく微笑む。
「行きます、"蓮華清浄"」
霞が唱えると、先ほどとは比べられないほどの大きく、強い光を放つ蓮の花が広がり二人を包んだ。
「わー、すごい」
「私ももっと頑張らないと」
「ふふっ。これで、しばらくは穢れになる心配はありませんから」
霞もいつもより声に自信を含んでいた。
「さて、それじゃあそろそろ奥へといくよ」
十六夜は静かな声でそう告げると刀の姿になった。
「それでは、私も」
霞もその様子を見て刀の姿になり、ナギの手に握られる。
「よろしくね、霞」
「はい、しっかりとナギを守りますから」
ナギとサツキは奥へと歩みを進めるのだった。
ーーーーー
しばらく歩いて、少しずつ不穏な気配の色が濃くなっていく。
「二人とも、警戒しな。もののけの気配がすぐそこだよ」
十六夜の声に二人は反応し、緊張感が高まる。
「来る……!」
目の前から数多の小さな虫のような、もののけが押し寄せてくる。
「いくよ!サツキ」
「おっけー!」
サツキが駆け上がり、残像を残すほどの速さでもののけたちを斬りつけ片づけていく。
「私たちも!」
「うん!」
ナギも身構え、確実に1体ずつ仕留めていく。
「……ナギ、そっちの大きいのお願い!足止めはしっかりするから」
「わかった」
小さなもののけは、手数と小回りの効くサツキが、大きなもののけは一撃の威力のナギに任せることで、お互いの魔力をなるべく温存している。
「あとは、あの1体だけです」
残る1体は前を硬い鱗で覆われている二足歩行の蛙のようなもののけ。
「よし、霞。一気に決めよう」
「待って、ここは私の鍛錬の成果を見せてあげるから」
ナギを静止し、ウインクするサツキ。ふうっと、静かに息を吐きサツキにしては落ち着いた雰囲気を帯びている。
「いくよ、"影忍び"」
するとそこにいたはずのサツキの気配がだんだんと薄くなって消えてしまった。
「すごい!」
もののけは気配を消したサツキに戸惑い左右を見回している。
「残念、こっちだよ」
その隙に素早く後ろに回ったサツキからの斬撃。急いで後ろを振り返り攻撃をするも、もうそこにはサツキはいない。
「遅い遅い!」
サツキの素早く繰り返される斬撃に、ついにもののけは破れ去った。
「すごいよ、サツキ。もう気配を消す術使いこなしてるんだね」
「私が本気を出せばこんなもんだよ!」
サツキが得意げにしていると、十六夜が人の姿に戻りため息をついた。
「せっかく気配を消してるのに挑発なんかして位置を教えてどうするんだい」
「あっ、それもそっか」
サツキはハッとした顔をする。みんなは自然と笑いに包まれる。十六夜も呆れてはいるものの微笑みを浮かべる。
「二人とも少しずつですが成長していますね」
「ま、本当に少しずつだけどね」
そういう十六夜は言葉よりもどこか優しい顔をしていた。
「さて、この奥のもののけも早く倒して帰ろう」
「おぉー!」
二人は両手を空へと突きあげた。