87.蓮華清浄の特訓
その日の午後、ナギは霞と道場で蓮華清浄を身につけるための鍛錬をしていた。
「はぁぁ!」
ナギは目一杯に霞から送られてきた指南の通りに魔力をこ込める。だが、淡く黄色い光が放たれるだけで何も起きない。
「はぁ……難しいな、これ」
ナギはなかなかうまくいかない現状に肩を落とす。
「初めは仕方ありませんよ。それに、これは私の回復魔法の中でもなかなかに難しい方ですから」
霞は優しく声をかけてくれる。
「ありがとう。でも、早くこれは身につけておかないと。穢れになっちゃったら戦えなくなっちゃうから」
一度穢れ状態を体験したナギ。体中から力がふっと抜け、魔力が一切使えない。常世の世界でそんな状態は危険で、計り知れない恐怖に襲われたのを今でも覚えている。
「もしも、戦ってる時に効果が切れたらかけ直さないといけないし、霞にお願いしている間は私たちも戦えない。その時にサツキが穢れ状態になったら、二人とも戦えなくなっちゃう」
「そうですね、今は二人いるとはいえ……二人しかいないんですもんね」
霞が軽く目線を下に落とした。十六夜が来てサツキも一緒に戦えるようになったとはいえ二人。どちらかが崩れれば立て直すのは難しい。
そんな不安から、霞の顔が暗くなっていく。
「大丈夫だよ、私ももっと強くなるから。ね?」
ナギはそんな霞の顔を見て、励ますように明るい声でいう。
(主人のナギを私が不安にさせてしまってはいけません)
霞は不安を振り払うように笑って見せた。
「……ナギ。そうですね。二人で鍛錬をして頑張りましょう。今は、十六夜もいますし暗くなってばかりではいけません」
「うん、よーし頑張るぞ」
二人はまた鍛錬を再開した。
一方のサツキ。
「行くよ!"影隠れ"」
サツキの気配がみるみるうちに薄れていく。
「おぉ思ったよりはできるようになったね」
十六夜が少しだけ揶揄うように、にやっと笑って拍手をする。
「でしょでしょ?私だってやればできるんだから」
十六夜に褒められて、溌剌とした明るい声と共にすぐに気配を現すサツキ。
「他の術もこれくらいしっかり覚えてくれるといいんだけどね」
十六夜は肩をすくめて揶揄う。
「仕方ないじゃん、覚えるの苦手なんだから。でもでも、前よりは使える術も増えてきたでしょ」
サツキの無邪気な返事に十六夜は思わず笑ってしまう。サツキの返事一つ一つが十六夜には面白くて仕方がない。
「あぁ、そうだね。ま、今の所はよしとするけど。少しずつでいいから覚えなよ?」
「はーーい」
サツキが子どものように右手を上へと上げて返事した。
「ね、じゃあ競走しよう」
「またそれかい。いいけど、無理な勝負だよ」
「いいもん!やろやろ」
十六夜はため息をつき、いつものコースの方へと歩いて行こうとしていた。
その時、
「うっ」
「ううぅ、これ」
二人の頭の中に嫌な気が流れてくる。
「サツキ」
「うん」
二人は目を合わせて頷きあった。
「急いで向かいましょう、ナギ」
「行くよ、サツキ」
道場から部屋へと帰り、気配を感じる方へと向かって行った。