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8.きつねうどん

ぐ〜っ


部屋に戻るとナギのお腹の虫が大きく鳴った。ナギは恥ずかしそうな顔でお腹をおさえる。


「あはは。色々頑張ったからお腹すいちゃった。ご飯にしようか 」


ナギはそそくさと台所の方へ向かう。


「あっ……霞はご飯食べられる?」

「食べることはできますが必要はありません 」

「どうして?」

「食事という行為は人間にとっては生命維持活動の一環なのでしょうが、私はあくまで刀ですので食事は生命維持には必要がありません。なので主人のお手を煩わせてまで、私が食事をとる必要はないのです 」


霞はまた淡々と説明を続けた。霞は命に従い、それ以外のことは必要ないと考えているようにナギには思えていた。

でも、それはナギにとってはなんだか寂しかった。


「ご飯を食べるのは嫌い?」


ナギは優しい口調で語りかけた。すると、霞は目を泳がせもじもじし始めた。


「……いえ、その、えっと……別に嫌いというわけではありません 」

「ふふっ。じゃあ一緒に食べよう!確か二食分あったと思うから 」


ナギは冷蔵庫を開け、がさごそと何かを探していた。霞はご飯が食べられると思い、一瞬で顔を輝かせたが、ハッと我に帰り、すぐに首を振りいつもの無表情に戻した。


「ほ、本当に大丈夫です。戦うことに関する以外で私なんかのために何かしなくても 」

「うん、やっぱりあった!準備するから待ってて 」


霞は霞の言葉に構わずに椅子に座って待つように促すと準備に取り掛かった。霞は言われるがままに椅子に座って待つことにした。



少し時間が経ち、ナギが湯気の上がったどんぶりを運んできた。


「お待たせ〜!!」


目の前に運ばれてきた、ホワホワと出汁の染みた油揚げののったきつねうどん。霞は思わず唾を飲み込んだ。


「あの、本当にいただいてもいいのですか?主人にご迷惑では 」

「ふふっ。遠慮なんかしないで!もう作ってあるんだから食べないほうが迷惑だよ〜 」


ナギが少し揶揄うように言うと、霞は少し躊躇いつつもお箸を手にした。


「で、では。いただきます 」


霞はお箸で麺を持ち上げ、ふーふーと息を吹きかけてすする。霞の顔はたちまちに笑顔になった。


「す、すごく美味しいです 」

「本当?嬉しい!」


霞は笑顔ですぐに2口、3口と口に運んでいく。


「霞、食べるの大好きなんだね?」


霞は一瞬食べるのをやめていつもの顔を取り繕おうとしていた。だが、緩んだ顔はそう簡単に戻せない。


「え、えっと。その 」

「正直に言っていいよ。だって初めてみたもん、笑っている顔 」

「……はい。食事をいただく時間はとても楽しいです 」


霞は照れくさそう目線を下げて顔を隠しながら答えた。


「やっぱりね。最初からそう言ってくれればいいのに 」


ナギはくすくすと笑った。


「私は、もののけと戦うために生まれた道具のような存在なので、主人にご迷惑のかかる無駄なことはする必要がないと…… 」

「そんなことないよ!」


ナギは少し強い口調で遮ったので、霞は驚いた。ナギは、自分をあまり大事にしていない様子の霞にそんな風に考えて欲しくなかった。


「私ね、常世の世界は本当にすごく怖くてもののけがいた時、逃げ出しそうになったの。でも、霞が声をかけてくれてすごく頼もしくて嬉しかった。一人じゃないんだって…… 」


ナギは平気な振りをしていたが、常世の世界で初めて見たもののけたちに恐怖を感じていた。


「主人…… 」

「だからね私、霞が喜ぶことしてあげたいし、霞には笑って欲しいんだ。これからも色々とお世話になるはずだし、せめてこういうところでは霞のために頑張りたい。……できれば仲良くもなりたい 」


ナギは照れくさそうに笑いながら頬をかいた。ナギの言葉に霞は顔を伏せた。今度は涙を隠すために。


♢♢♢

「あんたなんか戦う時以外はどっかその辺にいなさい。というか……あんたがいると迷惑だから、誰にも見つからないところで大人しくしてて」

♢♢♢


少しだけ、昔のことを思い出していた。それは辛くて苦しい霞を縛りつけている記憶。


「主人、ありがとう……ございます。ほんとうに…… 」


霞は涙で言葉が途切れ途切れだった。


「こちらこそだよ!さっきはありがとう。一緒にまた頑張ろうね 」

「……はい 」


霞は心が温かくなった。それは現世の世界で感じることのなかった感情だった。


「さ、冷めちゃう前に食べよ食べよ!」


霞とナギは二人できつねうどんを食べ進める。それは、ナギにとっても、霞にとってもかけがえのない時間になった。


「今度の休みに、霞のお洋服も買いに行こうね!」

「……もし、主人がそうしたいのであれば 」

「ふふっ。じゃあ、決まりだね!」


ナギの目には湯気の向こうで少し照れて笑う霞が映っていた。




初めての二人の夜は、明るく温かい希望に満ちて幕を閉じていった。

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