85.球技大会の報告
ナギは球技大会が終わって、少しだけ疲労と充実感の残る足で家へと帰った。
「ただいま」
ナギが玄関を開けると、部屋の奥から霞が歩いてきて出迎えてくれた。
「お帰りなさい、ナギ」
優しい笑顔で、帰りを待っていたようだ。
「ナギ、結果はどうでしたか?」
期待を込めて真っ直ぐな目をしてナギに霞は問いかける。ナギは少しだけ迷って
「決勝戦で負けちゃったんだ、だから準優勝」
頬をかきながら答えた。霞は口に手を当てて、少し気まずそうな顔をした。
「そうなんですか……残念でしたね」
霞は目線を下に落とす。
「そうだね。でも、すっごく楽しかった。サツキもバンバンスパイク決めてさ」
「さすがサツキちゃんですね」
「それに、聞いて。私、いっぱいボール拾ってさ、しかもスパイクも一点決めたんだよ!」
ナギは興奮冷めやらぬ様子で楽しそうに話している。ところどころ意味がわからないところもあったが、霞はナギが楽しそうな様子が嬉しかった。
「そうなんですね、すごいです」
「あんなに動けるなんて自分でもびっくり。それもこれも、毎日霞と鍛錬頑張ってるからだよ」
にこっと、霞に笑いかける。
「ふふふっ。ナギの役に立てたのなら良かったです」
「うん、でも疲れたー。お風呂入ろーっと」
ナギは奥の部屋で着替えを取りに行った。霞はその間に机を拭いて、コップにいっぱい麦茶を入れてあげた。
「ありがとう、霞」
麦茶をごくごくと音が立ちそうな勢いで飲む。
「ナギ、とっても楽しかったんですね」
そう呟き、霞は静かに微笑んだ。
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一方、サツキはソファで十六夜に結果を報告。
「ってなわけで2位、準優勝だった」
「そうかい」
十六夜は簡単な返事を返した。
「えっ……それだけ?なんかもっとないの」
「なんかって?」
十六夜がわざとらしくニヤッと笑っている。
「いや、その。十六夜のことだから。"なんだい、準優勝だなんて情けないねー"とか揶揄うかなって」
サツキが少し大袈裟に十六夜の真似をする。
「全く、私をどんな風に思ってるんだか」
十六夜が軽くため息をつく。
「あんたの顔見てたら、それでも満足なんだろ?別にそれでいいじゃないか」
サツキは十六夜からの意外な言葉に驚いたが、すぐにいつものように明るく笑った。
「うん、超楽しかった!みんなで頑張れたからさ。でも、ちょっとだけ悔しいのも本当かな」
サツキが頬をかきながらそういう。
「でも、今回の負けはそこまで辛いものじゃなかったから」
目線を落として下を向き、珍しく少しだけ暗い顔をするサツキ。
「………」
十六夜は何かを感じ取ったが、それ以上のことは追求しなかった。
「ま、楽しかったならいいじゃないか。それより今日は鍛錬は多めに見てあげる。その代わり、明日からはまた頑張るんだよ」
わざと少しだけ話を逸らしながら、十六夜は麦茶を机に置いた。
「……うん。もちろんだよ!明日からはもっともっと速くなって十六夜を追い抜いてやる」
サツキがまた明るい顔で立ち上がって、麦茶を一気に飲んだ。そんな様子を見て十六夜は優しく微笑んだ。
「はいはい。また夢物語かい」
すぐにいつもの調子でサツキを揶揄う。
「夢物語じゃないもん。十六夜より絶対速く走ってやるんだから」
「ま、そんな無理な話よりもまずは気配を消す練習をすることだね」
「うぅ……そういうのは苦手」
しゅんとしてソファに座るサツキを見て、今度は声を出して笑ってしまった。
二人の間にも確かな優しい時間が流れていた。