69.穢れ
「うっ、こっちこないで!」
今のナギは小さなもののけの攻撃ですら掠ればいつもよりもダメージを受けてしまう。ナギはなんとか避け続けている。
(「十六夜!ナギが穢れ状態になってしまいました。
回復の時間をください」)
(「穢れ?なんでこんなもののけが」)
十六夜は霞の方に意識をやるとナギが必死にぎこちなく右に左に走っている。
(「今、なんとかする」)
(「黒い煙を纏ったもののけに気をつけてください!」)
(「はいよ!」)
「サツキ、ナギが少し動けないようだ。あたしらで対処するよ」
「えっ、ナギは大丈夫なの?」
サツキは心配そうな声で言う。ちらっとナギの方を見ると常世の世界ではなく、普段の生活で見慣れたナギの動きになっていた。
「霞が回復できるはずだ。だから、その時間を稼ぐよ」
「了解!」
サツキは術の準備をする。
「"月下幻影"!」
サツキの分身が10体現れる。分身はもののけの対処に。サツキ本体ははナギの方に行った。
「はぁ、はぁ」
ナギは息が切れ始めていた。ナギは元々体力がある方ではない。魔力のサポートがない今、そう長くもののけの攻撃を避け続けられるものではなかった。
「たぁーーー!」
サツキが勢いよく飛びかかり、蝶のもののけを倒した。
「ナギ、大丈夫?」
「う、うん」
ナギは肩で息をしながら腰を下ろす。その目はまだ虚ろでサツキは不安そうに見つめている。
「私に任せてください!」
霞は人の姿に戻り、両手を前に突き出して魔力をこめる。
「"蓮華清浄"」
神秘的な蓮華にナギが包まれる。ナギの虚な目に光が戻り、だんだんといつもの優しい眼差しを取り戻していった。
「力が……湧いてくる。ありがとう霞」
神聖な光を帯びたナギは手のひらを何度も握りしめながら、魔力が戻って来たことを実感した。
「よかったです。蓮華の力が穢れから守ってくれますよ」
「ほんと?はぁ……よかった。もののけが目の前にいるのに魔力が使えないなんてほんと怖かった」
ナギは胸を撫で下ろす。もののけと戦えないことは恐怖以外の何ものでもなかった。
「サツキも助けてくれてありがとう」
「なんのなんの。ナギのピンチはすぐにいつでも助けるよ」
サツキはグッドサインをした。
「サツキ、安心しているとこ悪いけど後ろ見てみな」
「へっ?」
十六夜に言われた通りに振り返ると、蝶に突進され、魔力を封じられた分身が4体ほどすでに消えていた。
「何々、なんでなんで?」
「あの蝶にやられたんだろうね。魔力で動いている分身は魔力を封じられたと同時に消えてしまいます」
「えっ、どうしよう」
サツキも少し慌てている。
「霞、頼む」
「はい!"蓮華清浄"」
霞はサツキにも蓮華清浄を唱える。サツキも蓮華に包まれ神聖な光を帯びる。
「これでサツキちゃんも穢れになりませんので安心を」
「おぉ、ありがとう!これで安心して戦えるよ」
サツキは自分の体を見回している。分身の方を見ると、分身も蓮華清浄の効果に包まれていた。
「よし、準備万端!残りのをさっと片付けちゃおう!ナギ、いける?」
「うん!魔力も戻ったし戦えるよ」
ナギは笑顔で立ち上がった。その表情にさっきの弱々しさはない。
「よーし、あと少し行くよ十六夜」
「はいよ。任せな」
サツキは明るい声をあげると同時に一気に速度をあげて駆け上がる。
「私も、挽回しないとね。霞、もう少しだけお願い」
「もちろんです!」
霞はすぐに刀の姿に戻る。ナギはそれを握り、一気に駆け上がる。
「たぁたぁたぁ!」
サツキは分身と連携しながら次々に小さなもののけを片づけていく。
「大きいのは、私の仕事だね」
サツキの手裏剣や術では倒しきれなかった少し大きなもののけをナギが倒していく。
「はぁぁぁ!」
魔力の戻ったナギはいつも通りの鋭い動きでもののけを次々に倒していく。
そして、ついに
「これで終わり!」
ナギが最後の1体をついに倒した。
「やった」
「はぁ、小さいもののけだけにしてはちょっと苦戦したね」
額の汗を拭いながら、サツキに笑いかける。
「じゃあ、帰ろっか!」
「うん、帰ろっ!」
二人は目を閉じ、魔力を込めて現世の世界へと戻っていった。
ーーーーー
目を開くと見慣れたいつもの街。
「ふぅ……疲れた……」
「お疲れ様です。ナギ」
「霞もお疲れ」
人の姿に戻った霞がナギに笑って一礼をする。
「ねぇ、さっきの蓮華清浄?だっけあれ私も使えるようになりたいな。穢れ状態になっちゃうと戦えなくなるから……」
ナギが不安そうに呟く。
「はい。一緒に鍛錬しましょう。ナギが会得するまでは私が守ります」
「うん。頼りにしてるよ」
霞が胸に手を当てて決意の眼差しを向ける。ナギはその様子を見て表情が明るくなった。霞がついていてくれるなら大丈夫。
十六夜は顎に手をあてて、少し真剣な表情で何かを考えている。その心には一抹の不安があった。
(なんであんな小さなもののけがあれほど強い邪気を……)
「十六夜、じゃあ約束通りお団子買って帰ろう」
「……あぁ、そうしようか」
サツキが無邪気に話しかけてくるので、十六夜は表情を少し崩して笑った。
「じゃあ、コンビニに行こう」
「何言ってるんだい?あの団子屋にいくよ」
「えっ、今から!?」
サツキはポケットからスマホを取り出して時間を見る。時刻は19時を少し過ぎていた。
「ま、まぁ今から急いでいけばなんとか間に合うかな」
「なら、さっさと行こうか。他の団子も悪くはないけどあそこの団子は格別だからね」
「はいはい。はぁ……じゃあ走って行こう」
サツキはカバンを肩に背負い直した。十六夜はにやりと笑っている。
「と、いうわけだからまた明日ねナギ」
「うん、明日も練習頑張ろうね」
「はいはーい。じゃあね」
そう言い切る前にサツキは走り出している。十六夜もその後ろを散歩するように涼しい顔でついていった。
「もうあんなに走ってる……」
「本当に、元気ですねサツキちゃんは。なんだかこっちも元気をもらえます」
二人はだんだんと遠ざかっていくサツキと十六夜を見て笑っていた。
(サツキちゃんが主人で本当によかったですね、十六夜)
霞は心の中でそう思った。
「私たちも帰ろっか」
「はい、帰りましょう」
ナギと一緒に街灯が照らす街の中を歩く。
「ナギ……今日は怖い思いをさせてしまってすみません」
霞が顔を伏せて小さな声で呟いた。前もって蓮華清浄をかけていれば、ナギにあんな思いをさせなくてもよかったのにという後悔があった。
「霞のせいじゃないよ!」
ナギが優しく笑ってくれたので霞は少し安心する。ナギも内心は怖かったが、霞を落ち込ませたくはなかった。
「次までにあの技使えるようになったらいいな」
「私が全力で教えます」
「ふふっ、頑張らなきゃね」
その時、ナギのお腹が高らかに鳴り響いた。
「あはは……結構動いたからお腹空いちゃった」
ナギは顔を少し赤くしてお腹を抑えている。放課後のバレーボール練習から魔力なしの戦いとナギにしては激しい運動が続いていた。
「今日は夕飯はガッツりと食べようね、霞」
「……はい。楽しみです」
霞は夕ご飯を想像して思わず口が綻んだ。
霞もまた、ナギという主人に会えたことで毎日が楽しかった。
(明日は十六夜としっかりと対策を練らねば)
霞は心の中でそう決意するのだった。