6.とりあえず一息
「や、やった」
「もののけの反応が消えました。一先ずは大丈夫そうですね」
「はぁ〜 」
緊張の糸が切れたナギはその場に座り込んだ。
「お疲れ様でした。それでは、帰りましょう 」
「ま、待って霞。少しだけ休ませて…。なんだか安心しちゃったら力が抜けちゃった。」
へなへなとしているナギに霞が手を差しのべる。
「主人……気持ちはわかりますが、常世に長くいるのはあまりよろしくないです 」
「そ、そうだよね。じゃあ、戻ろうか 」
その手をとり、よろよろとナギは立ち上がった。その足で来た道を戻ろうとする。
「歩いて戻る必要はありません。先ほど入ってきた場所を想像して強く念じてください 」
「う、うん 」
ナギは目を閉じて河川敷を強く想像すると、体がふわりと浮き上がった。足元に感じたのは、よく慣れた河川敷の感触だった。
「元に戻っている 」
「お疲れ様でした 」
無表情の霞が目の前に立っていた。
「ありがとう……霞のお陰でもののけを倒して無事に帰ってこれたよ」
「それが私の役目であり使命なので、お気になさらず。それよりも、これからもまたもののけが現れれば主人にはその度に打ち倒してもらわなくてはなりません 」
「う、うん。わかってる。私にしかできないんだよね。ちょっと怖いけど……頑張らないと 」
ナギは両手の拳を握りしめて言った。
「それと、この事は誰にも話してはいけません 」
「えっ……誰にも……?」
ナギの声は暗く沈んだ。
「力を持っているということを知られれば、悪用されかねません。それに、このことが知られて騒ぎになれば対処が難しいですから 」
「そ、そうだよね。わかった 」
よく考えれば当たり前のことだったが、ナギは心のどこかで一つを抱えていた。
ーサツキに相談したい
この大きすぎる使命を一人で抱えていかなくてはならないことに怖さと不安を覚えた。
「それでは、そのほかにも色々とお話することはありますが……それは後ほど 」
「うん…。とりあえず帰ろうか。霞も一緒に帰るよね?」
「……はい。もののけとの戦いに備えてなるべく主人の近くにいなければなりませんので 」
霞が申し訳なさそうに下を向いていた。その様子がナギの心に少しだけ引っかかった。
「わかった!じゃあ、時間も遅いし早く帰ろっか 」
「はい。このままの姿と刀の姿どちらの方が都合が良いですか?」
「そのままでお願い……。刀持って歩いてたら目立っちゃうから……。」
空は夕闇に包まれ、街の灯りがポツポツと灯り始めていた。仕事や学校から帰る人たちが動き始めている時間帯だ。
霞は歩きながら初めて見る街並みに戸惑っているのか、時々辺りをキョロキョロと見回している。同じようにすれ違う人が時々霞のことを見ていた。
「どうしたの、霞? 」
「いえ、すれ違う人が物珍しそうにこちらを見てくるので 」
「あー。まぁ霞の格好はちょっと目立つからね。」
現代社会においてはしっかりとした和装の霞は物珍しく映ってしまう。
「私からすると皆様のお召し物の方が珍しいのですが 」
「あはは… 」
霞と小さな談笑そこそこに、ナギの住むマンションに着いた。ナギが住んでいるのは国が管轄しているマンションの一つで、学生のためにいくつかの部屋は必ず確保されているので比較的安価で借りられる。そんなマンションがこの辺りにはいくつかある。
「ついたよ。ここの4Fが私の部屋 」
「えっと、一応管理人さんに話しにいこう。霞は私の親戚ってことで話を合わせてね!」
「承知しました 」
「あ、あと人の前ではナギって呼んでね!」
霞は黙って頷く。ナギは階段を登り管理人の部屋へ向かった。
「管理人さん、こんばんは 」
管理人の部屋へ行き扉をノックする。
「おや、ナギちゃん。こんばんは。何かご用?」
扉が少し開き、管理人が顔を覗かせる。50代半ばで黒縁の丸メガネをかけている。初めての一人暮らしで不安だったナギに色々と教えてくれた優しいおばさんだ。
「はい。実は、親戚の子としばらく同居したいんですけど、いいでしょうか? 」
「親戚?」
ドアを広く開き、丸メガネをおろしながら霞の方を見る。
「初めまして。霞といいます。この辺りで短い間ですがお仕事をすることになりまして、同居できないかと 」
これはここに来るまで霞と事前に考えていた挨拶と理由である。
「あー女の子ね。はいはい。大丈夫だよ。うちは一応ルール上同居は2人までOKだからさ 」
「ありがとうございます 」
ナギがお礼を言うと、管理人は優しい笑顔で会釈する。
「ちゃんとルールは守るんだよ?変なことをしたら二人とも出ていって貰わなきゃいけないから。まぁナギちゃんなら変な心配もないけどさ 」
「心得ました 」
霞は深々とお辞儀をした。
「変わった子だね。霞ちゃんだっけ?まぁ、これからよろしくね 」
管理人は笑顔でまた一礼をし扉を閉めた。
「ふぅ、ひとまずは安心だね。断られたらどうしようかと思ったよ 」
「はい 」
挨拶を終えた二人は少し緊張が解けた表情でナギの部屋へ向かった。
ー新しい日常が静かに動き始めた。