65.二つの箱
「ふっ、ふっ」
学校へ行くナギを見送った霞は、道場で木刀の素振りをしていた。
「おはよう。相変わらず早いね」
道場の扉から、欠伸をしながら十六夜が入ってきた。
「おはようございます。そういう十六夜こそ、外で準備運動を済ませてきたんですよね? 」
「まぁね。今日はサツキが出るのが早かったから、たまたま早めにきただけさ」
十六夜が身体を伸ばしながら言った。
「確か、球技大会というものの練習をするとナギが言っていました」
「そう。それで、いつも起きる時間くらいにはもう家を出てたよ」
十六夜はふっと笑いながら言った。
「ナギは少し不安そうでしたが、サツキちゃんがついているなら安心ですね」
「ま、学校のことは私たちが干渉するようなことじゃない」
十六夜も木刀に手にしながら言う。霞は少しだけ目を伏せた。
「……それもそうですね。私たちは、もっと強くなってナギたちの日常を守らないと」
霞は気合いを入れ直してまた木刀を振り始める。その様子を見て、十六夜も笑みを浮かべて木刀を振り始めた。
(いつの間にか、目的が世界じゃなくてナギを守ることになってるじゃないか)
ーーーーー
「ふぅ……」
みっちりと鍛錬を行い、二人は道場の壁際に腰を下ろす。
「十六夜、さっき手合わせした時の最後の動きなんですけど、どうして私の動きがわかったんですか?」
「それは、まぁ。長い付き合いだからなんとなく動きがわかるのもあるけど、踏み込む時の視線が左を向いててわかりやすかった」
「成る程……気をつけなくてはいけませんね」
霞は真剣な顔で、早速ノートにメモをとっていく。
「相変わらず、本当に真面目だね」
「日々勉学、日々鍛錬を怠っていては成長できませんからね」
霞が真面目に答えると、十六夜がふっと笑った。
「十六夜も、時々動きが雑になっているところがあります。しっかりしないといざという時に足を掬われます」
「はいはい」
「なんですか?その気の抜けた返事は」
十六夜の軽ーい返事に、霞はむすっとした顔をする。
「あっ、そうだ。あんたに聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?」
十六夜はお構いなしに自分の懐に手をやる。霞は不思議そうな顔になり首を傾げた。
「これなんだけど」
十六夜が取り出したのは、道場に入るための木箱だった。
「これは……どうして道場に入っているのに木箱を持っているんですか? 」
道場へはこの木箱を通じて入るしかない。出る時も入ってきた木箱のある場所から出る。つまり、この道場の中には入ってきた木箱を持ち込むことはできない。それなのに目の前には木箱があった。
「なぜか、2つ持ってたんだ。何か覚えはないかい? 」
「いえ、私は特に……」
「そうかい」
十六夜は軽くため息をつき、静かに目を閉じながら木箱を懐にしまった。
「普通に考えると、誰かの箱を持っているということになりますよね」
「そう、雀か燕の。まぁあの子達が来た時に返せばいいだけなんだけど。なんとなく気になってね」
十六夜は肩をすくめている。
「そうですね……。でも、どうして十六夜に箱を渡していたんでしょう」
「さぁね。まぁ、邪鬼との戦いの直前は色々とバタバタしてたから、よく覚えてはいないよ」
「……」
霞は黙って膝を抱えて顎を乗せる。霞にとっては前の現世に来た時の記憶にはあまりいい思い出がない。
十六夜はチラッとそんな霞の様子を見る。今の話で何か嫌な記憶でも思い出させてしまったのなら申し訳ない気がした。少しの間静かな時間が流れていた。
「……みんなにも、また会えますよね? 」
霞が寂しそうにポツリと呟いた。
「……当たり前だろ。私だってこうしてここにいるんだから」
十六夜が優しい笑顔を霞に向ける。霞は少しきょとんとした顔をした後、すぐに笑顔になった。
「そうですね。みんなも、十六夜と同じで少し遅れているだけですよね」
「そういうことさ。それより、湿っぽい話はそろそろ切り上げて団子でも食べに行くのはどうだい? 」
十六夜が話を切り替え、軽い調子で言った。これ以上この話を続けると霞がどんどんと暗くなってしまいそうだったからだ。
「……いいですね。ナギも少し帰りが遅いと言っていましたし、行きましょう」
霞も笑って頷いた。
「なら善は急げ。すぐに行くよ」
十六夜はすぐに道場を後にした。
「ふふっ……こういう時も速いんですね」
霞はなんだか嬉しくなり、笑い道場を後にした。