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63.勝利の余韻

常世の世界は静寂に包まれる。

「ふぅ…… 」

花衣を解き、ナギが一息つく。すぐに座り込んでいるサツキのもとへと駆け寄った。

「やったね、サツキ!」

「うん……!」

サツキの顔にはまだ疲れの色が濃く残っていた。ナギがそっと手を差し出すと、サツキはその手を頼りに、よろよろと立ち上がる。

「霞、サツキの回復お願いしてもいい?」

「はい。お任せください 」

霞が人の姿へと変わり、静かに魔法を唱える。サツキの周囲にふわりと花が咲き、温かな光が全身を包んだ。まるで春の陽だまりに身を預けているような、穏やかな気配。

「ふわぁ、気持ちいい……。だいぶ楽になったよ。霞ちゃん、ありがとう 」

サツキの頬に少しだけ安堵の笑みが浮かぶ。それを見て、霞もナギもほっと胸をなでおろした。

「それじゃあ、とりあえず一旦帰ろっか!」

「そだね!」

二人は目を閉じ、常世から現世への入り口を思い浮かべる。気づけば足元の感触が変わり、微かな湿気を帯びたアスファルトの匂いが鼻をかすめた。

「んー。今日は疲れたなぁ。明日学校休みでよかった 」

大きく伸びをしながら、サツキが満足げに声を上げる。その口調には疲労と充足感がまざっていた。

「サツキ、今日走りっぱなしだったもんね。……大丈夫?」

ナギが心配そうに顔を覗き込んだ。

「平気平気!これでもまだランニングとかはしてるから、体力は落ちてない方だと……思う!」

「そっか 」

ナギが安心したように頷く。

「私たちの力だけじゃ、もっと苦戦してたと思う。やっぱりサツキたちがいると頼もしいね、霞 」

「そうですね。負ける気がしません 」

二人は目を合わせて、自然に微笑み合った。これまで孤独な戦いを続けてきた二人にとって、仲間の存在は大きかった。あの大きなもののけさえ、共に挑めばそれほど苦ではなかった。

「へへん、そうでしょ」

サツキが胸を張って得意げに笑っている。

「まぁ、色々と問題点もあったけどね 」

苦笑しながら、十六夜が腕を組む。その言葉は厳しいようでいて、どこか柔らかい。

「えー、私結構頑張ったよ。十六夜!」

頬をぷくっと膨らませて抗議するサツキに、十六夜は肩をすくめて笑う。

「ま、ぶっつけ本番にしては頑張った方だ 」

「でしょでしょ?」

嬉しそうに笑うサツキ。その屈託のなさに、霞の頬も自然と緩む。ナギたちの周囲に、静かで温かな空気が流れていた。


ナギたちは家路をたどる。街灯がポツポツと灯りはじめ、街は少しずつ夜の顔を見せていた。

「ってか、ナギのあの技かっこよかったよ!しゅぱって!横に切るやつ 」

サツキが元気よく身振りを加えながら話すと、ナギは照れたように笑った。

「ありがとう、霞と練習したもんね!」

ナギは右を歩く霞の方へ視線を向ける。

「はい。花衣の三分咲きを使いこなせる今なら、あの技を使えると思いまして 」

以前までのナギなら三分咲きを使うと、使用した時間に関わらずすぐに反動で消耗してしまっていた。戦いと鍛錬を重ねることで、ナギは三分咲きの持続時間を伸ばしただけでなく、短い時間であれば解除した時の反動が少なくて済むようになっていた。

「私もあんな感じのド派手なやつやりたいなー 」

頭の後ろで腕を組みながら、サツキがぼやく。

「私の力に不満でもあるのかい 」

十六夜が目を細め、やや不機嫌そうに口を開く。

「……ううん、全然。速く走れるし、むしろ私にぴったりだと思う! 」

当然と言わんばかりに笑顔を十六夜へと向ける。少しムキになって機嫌を悪くしていた自分がなんだかバカらしくなり、十六夜は吹き出して笑った。

「そうかい……ならよかったよ 」

十六夜は揶揄うように続ける。

「あとは、術の方をもう少しちゃんと覚えてくれると助かるんだけどね 」

「うぅ、やっぱり向いてないかも 」

しょんぼりと肩を落とすサツキに、みんなは思わず笑ってしまった。


やがて、道が二手に分かれる。サツキとナギはここで別れ、それぞれの帰路につく。

「じゃあね、サツキ!」

「うん!宿題わかんなくなったら連絡するから、道場で教えてね 」

「はいはい 」

ナギは苦笑しながら手を振り、サツキたちと別れた。彼女たちの背中が遠ざかっていくのを見届けると、ナギも歩き出す。

「さ、私たちも帰ろう!」

「はい、帰りましょう 」

「今日の夕ご飯は肉じゃがだよ!楽しみにしててね 」

「わぁ、楽しみです 」

その料理が霞にはどんな料理かよくわからない。だが、ナギの作るご飯はいつもおいしい。だからきっと、今日の肉じゃがという料理もとても楽しみに思えた。


マンションにつき、いつも通り階段をナギの後ろに続いて霞は上り始める。

「……!?」

霞は足に痛みが走り、一瞬だけ顔を歪ませる。それは火の鳥と戦ったとき、技を使おうとして使えなかったあの瞬間の痛みと似ていた。

「……霞?どうかしたの?」

ナギが振り返って、上がってこない霞を確認する。

「い、いえ。枯れ葉を踏んで少しびっくりしただけです 」

霞は、咄嗟の嘘と作り笑いで誤魔化した。

「そう……ならいいけど、疲れてたらすぐ言ってね 」

「………はい!わかりました 」

霞の明るい返事にナギは少しほっとしたように息をつき、また階段を上り始めた。

(きっと、休めば痛みはすぐに引くはずです)

霞は自分にそう言い聞かせた。

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