62.二人の成長
サツキは火の近くまで一気に近づく。サツキの接近に気づいた鬼がけたたましい唸り声をあげ、睨みつける。
「十六夜、"形態変化"!!」
十六夜は刀から刀身の短い小刀へと姿を変えた。
「サツキ、大丈夫かな 。まだ小刀の使い方にも慣れてないし…… 」
少し離れた場所からナギは不安そうに見つめている。火の壁がある以上、今のナギの攻撃では突破が難しい。だからこそ、サツキに頼るしかない。
「……大丈夫です!十六夜がついていますから 」
そういう霞の声はとても力強い。それほどに霞は十六夜を信頼していることがナギは感じ取ることができた。
「それに、サツキちゃんも走るのは得意なようですし 」
「……うん、そう……だね。私たちもしっかりと準備をしよう 」
霞はナギの含んだ言い方が少し気になった。
ナギは神経を集中させ、サツキの作る好機を待つ。
(大丈夫、サツキなら……)
「それじゃあ、行くよ。"水刃の術"!」
刀が水を纏った。小刀は、急所を狙いやすいだけではなく、あらゆる属性を纏わせることができる。
「消せないなら、水で切り裂くよ! 」
刀を逆手に持ち、炎の周りを走り回る。炎に刃を立てて、水の刃で切り裂こうとする。
「ごがぁぁぁ」
鬼は火のついた棒で再び叩きつける。だが、サツキの速度を捉えることはできず、地面に突き刺さるだけ。
「遅い遅い!」
サツキは鬼をおちょくるように周りを走り続ける。
「ねぇ、十六夜。炎全然消えそうにないんだけど 」
鬼の攻撃は当たらないものの、炎の方もサツキの刃で消えそうにもない。十六夜は呆れるように言った。
「……サツキ、もう少し早く走れないのかい?なんだいこの緩い速度は」
「これでも結構全力なんだけど……」
サツキは全力に近い速度で走っている。それでもまだ速度が足りないようだ。
(悔しい、もっと速く走れたら……)
サツキは唇を噛んだ。
「……仕方ない。今できるやり方でなんとかするよ。いいね?」
「……うん、わかった 」
サツキは静かに頷いた。一度少しだけ鬼から距離を取り呼吸を整える。
「はぁ……はぁ」
「大丈夫かい?」
十六夜はいつもより暗い顔をしているサツキを心配した。
サツキは息を吐き、何かを振り払うように頬を両手で軽く叩いた。
「ふぅ……。うん、大丈夫。いけるよ!」
サツキはいつもの明るい表情に戻った。十六夜はその様子に安心した。
「なら、いくよ。足りない分は数で補いな 」
「オッケー!"月下幻影" 」
月明かりの影から、サツキの分身が10体現れた。全員がその刃に水を纏わせている。
「たぁぁぁ!」
全員が炎の周りを目にも止まらぬ速さで走り続ける。鬼は数が増えた影に困惑して動きが止まっていた。
「もう……少し……」
走り続けているサツキは流石に疲労が出てきていた。さらに分身を呼び出しつつ、全員が水刃の術を使っている。サツキは魔力も限界に近づいている。
(これで決めないと、まずい)
その時、鬼が棒を両手で持ち辺りを薙ぎ払う姿勢に入った。
「まずい……サツキ!一度空中に 」
「ダメ、今止まったらもう……」
サツキはなんとか気力だけで足を動かしている。今回避をする余裕はない。
「ごがぁぁぁ」
鬼は体を回転させようとしている。
「霞、行くよ!"花衣三分"」
後ろからナギが駆け上がってきていた。
「"いばら"!!」
炎のない足元からイバラを伸ばし、両手の動きを一瞬硬直させる。
「……ナギ!」
「少ししか稼げないけど、これなら!」
「……うん。ありがとう。いっくよ!!」
サツキと分身はさらに速度をあげて周り始める。
「たぁぁぁぁぁ!」
サツキの声と共に炎はついに切り裂かれた。
「はぁ……はぁ、ナギ……!お願い」
肩で息をしながら腰をついた。鬼はイバラを力で断ち切り止まっているサツキの方へと棒を振り下ろそうとする。
「私……なんかに……構ってていいのかな?」
サツキは鬼に向かって、にやっと笑った。
鬼は自分の足元に光る何かが接近していることに今更気づいた。
「"椿の舞"!」
素早い居合い抜きで鬼は体勢を崩し、膝をついた。だが、その目にはまだ力が余りに余っていた。
「また炎を撒かれたら、今度は消せない 」
サツキは体力、魔力共に限界。ここで決めるしかない。
「霞、一気に決めるよ!」
「はい!」
ナギは中段の構えを取り、力を溜める。鬼は立ち上がることはできていない。
「行くよ!」
ナギの足元には美しい桜色の光が広がる。勢いよく飛び上がるとその軌跡には桜の花びらがひらひらと舞う。
「ごがぁぁぁあ 」
立てないながらも、鬼は火のついた棒を振り上げる。
「もう……走れ……ないけど、せめて……。分身のみんなお願い!」
サツキは分身に呼びかけで10体が跳び上がった。
「"多重水弾の術"!」
分身たちが一勢に水の弾を飛ばす。水の弾は棒へと次々に直撃して火は消えはしないが、勢いが弱まった。
「はぁ……はぁ……」
サツキの魔力の限界と共に、影へと溶けていった。
鬼の持つ棒の火はかなり弱くなった。ナギの一撃を防ぐ効果はかなり減っている。
(ありがとう……サツキ)
ナギは心で呟いた。
「これで終わりだよ!"花一文字" 」
飛び上がったナギは中段の構えから素早く横に文字通り真一文字に斬りつけ、鬼が刀を防ぐために構えた棒ごと斬り裂いた。
「ごぎゃぁぁぁ」
鬼は断末魔と共に霧散していった。
花びらが舞い、刀の通った軌跡には桜色の一文字がまだ宙に浮いていた。